第1章〜シツマという少女〜その1
ある掲示板が丑三つ時に現れ、書き込んだ本人の命が奪われてしまうという都市伝説。
しかしこの噂には根拠と呼べるものが何もなかった。
なんせ死亡者が出たニュースなどがなかったため、誰もこの噂を気に止めていなかった。
そしても一つ、奇妙な噂もあった。
掲示板に書き込んだ人間は、存在そのものが消されてしまうと言われているものだった。
つまり、書いた人の存在そのものが消えてしまうため、みんなの記憶にないーーというものだった。
これは、そんな噂が流行り始めた頃のお話である。
ある街の警察署内でのこと。その年は誘拐事件、失踪事件が相次いでいる頃のことだった。毎日のように問い合わせの電話が鳴り響く刑事課の部屋、そこにやる気のない男が新聞の一面をタバコを吸いながら見ていた。
「消える少年少女失踪事件、か」
今回の事件、10代の若者を中心に被害が出ていた。ここ1カ月で30件以上の被害、死体すらまだ見つかっていなかった。
彼の名前はカオル、30歳独身。彼女いない歴は5年ほどでその年に離婚をした。原因は仕事で帰れない日が続き、嫁が愛想を尽かして娘を連れて出て行ったのだった。
「……あ、お昼の時間か」
タバコを揉み消し、椅子にかけていたスーツの上着を自分の肩にかけ、奥にいる課長に声をかけた。
「お昼行きますね!」
「カオル君、ついでにパトロールも行ってきて。交通課、今電話で席立てないからさ」
「俺がパトロールぅ〜?」
嫌な顔を隠そうともせずに出すカオル。
「どうせ暇だろ君?街周辺で、あとパトカーは今空いてないから歩きでお願い」
「まじかよ……こんなクソ暑い日に」
この年の夏、35度強の熱帯であった。カオルは仕方なく部屋を出て、ゆっくりと足を動かし外へと向かう。その途中、喫煙室でコーヒーを飲みながらタバコを吸う交通課の女性2人の会話にカオルが足を止めた。
「聞いた?例の事件、まだ誰一人見つかってないんでしょ?」
「これって絶対【マ】の仕業だよ!」
「(……ま?)」
入り口で立ち聞きをするカオル、女性2人がそのまま会話を続ける。
「あぁ、あの都市伝説でしょ?あんたそんなの信じてるの?」
「だってこんなに子供ばかり消えるとかあり得なくない?いるだって【マ】は!」
「はいはい。それより午後の会議なんだけどーー」
都市伝説の【マ】についてカオルは気になった。そのまま外へ出ると炎天下、とりあえず駅の方へと向かい、行きつけの昼間でもタバコの吸える喫茶店へと向かうのだった。
「あぢぃ〜……つーか捜索で署のパトカー0台って……バカだろ」
駅近くの電気屋のテレビでもメディアが大きく取り上げていた。消える少年少女、犯行は集団の可能性が高いと偉そうに専門が語っている姿にカオルは冷たい視線で見送った。
「集団だろうと独断だろうと手掛かりがないのに変わりないんだぞ。まったく、分かった口で話すんじゃねえよ」
何故消えるのかも分からない。
家出や自殺の可能性は既に被害者の両親、学校からの証言で完全に無くなり、あるのは失踪と誘拐だけとなった。
だが犯人がどこで、そしてどの時間帯で動いているのかも分からない状況。
「さてと、行くか…………うん?」
テレビを後に去ろうと後ろを振り向くと、1人の女子高生がこちらを見ていた。いや、きっとテレビを見ていたのだろうか。カオルがそっと離れようとすると、人差し指で指される。
「直ぐにそこから離れた方がいいわよ。死相が見えるわよ」
「おい、もしかして、俺に言うてるのか?」
「……」
少女が無言で去る。それに腹を立てたカオルが少女に向かって走る。
「おいお嬢ちゃん!あまり変なこと言うとーー」
ーーと、女子高生の肩に手を置こうとする手前でーーガッジャーン!!!とガラスが激しく割れる音が鳴り響く。
「キャー!」
近くの電気屋のお客さんが悲鳴をあげた。
何処からか車を思い切り吹かす音に気づき、首を後ろに向けた時には既に、電気屋に車が突っ込んでいたのだった。
「……なんてことだ」
「ばいばい」
「あっ!……ったく……」
女子高生は去り、カオルは目の前の被害を無視出来ないため、職務を遂行しかなかった。
少女が放った予言が本当に起ろうとした。偶然なのだろうか。そんなことを頭の隅に置き、大声で野次馬を被害のあった電気屋から離れさせた。
「ハイハイ下がって下がって警察のものですよぉ!近づくなよ、仕事増えるからマジで!」
( っ`-´ c)マッ
電気屋に突っ込んだ車の運転手はエアークッションのお陰で左腕の骨折、ガラスにより軽い怪我のみで済んだ。
カオルは人数の要請と救急車を呼んだ後、お昼を食べに喫茶店に来ていた。
「……都市伝説【マ】、か」
スマホで検索をしてみるもののヒットしなかった。手掛かりが【マ】という単語だけではどうにもならなかったのだ。都市伝説というワードも一緒に検索にかけたが、それもダメだった。
「う〜ん……あぁもぉ!!なんだよ【マ】って!」
「もしかして、都市伝説の【マ】のことですか?」
そう声をかけたのは喫茶店のマスターの娘さんだった。名前は千代、近くの私立の高校に通う16歳、身体はすらっとしていて背は160cmほどだった。
「千代ちゃん、知っているのか?」
「コーヒーどうぞ。はい、流行ってますからね。スマホ貸して下さい」
カオルが自身のスマホを千代に渡す。
「……えっと……あれ?……うーん……あらら?」
カオルのスマホを借り、【マ】の記事を出そうと文字を打とうとするものの、焦る千代。
「千代ちゃん?」
「すいません、カオルさんの機種古すぎて文字バケしますよ。それじゃあ検索で出ないのも分かりました」
「なるほど。仕方ない、近い内に買い換えるか。ならどんなのか分かれば署のパソコンで調べるんだが」
「えっと……こ、こういうのです!」
千代が突然ポージングを取る。両手をグーの形に顔の近くに置く。 顔の表情は一生懸命に力を入れているような、そんな表情であった。
「ち、千代ちゃん……何してるの?」
「え、えっと……【マ】のマネです!」
「いやあのさ……検索にかかるワードを教えてよ。メモに書くとか方法あるだろうに」
「あっ…………で、ですよね!あはは!私も今やろうとしていたのですよ!いやほんとほんと!あはは!」
( っ`-´ c)マッ
「なるほど、これが【マ】か。いや、【( っ`-´ c)マッ】だったのか」
カオルのスマホでは出なかった【( っ`-´ c)マッ】は顔文字のことだった。これが都市伝説の名前であった。
「もしかして、この顔文字の都市伝説と今回の事件、何か強い関係性とかーー」
「ーーないよ?」
「即答!?な、なんで調べてたんですか?」
「今は昼休み、俺の自由時間。つまり今俺がやっているのは趣味、休む時は休まないとな」
「じゃあカオルさんはただ気になったから調べただけだと?」
「まあな。そんなところだ。ごちそうさん」
カオルは千円札一枚を置いて喫茶店を去り、辺りをパトロールをする。仕事は仕事、今回の件とこの顔文字が一致していると断定するのは難しかった。それにカオルは【( っ`-´ c)マッ】の都市伝説の内容をこの時まで知らなかった。
「……あっ、腕章付けておかないとな」
カオルは腕章を腕に付けていないことに気づき、ポケットに手を入れると、小さく折れた紙切れが入っていた。
「……なんだ。レシート、じゃないよな」
折られた紙の中身が気になり、その場で広げて見た。そこには地図が書かれている。場所はその場からそう遠くない空き地、よく子供などが集合場所としても使っていた。恐らくさっき近づいた時に少女が紙を入れたものだと思い、会いに行こうと思った。
「まどろっこしいマネだな……」
カオルは腕章を付けながらそこの場所へと向かう。そしてこれから知ることになる。信じていない都市伝説は、思っているほど恐ろしい存在であることに。
空き地に着くと少女はいた。
近くの倒れているドラム缶に座り、こちらが来るのをずっと待っていた。
「また会えて嬉しいぜ」
「……」
「何とか言えよ」
「あなた、【( っ`-´ c)マッ】について調べるんでしょ?」
「別に。ただ一部の人の噂じゃこの変な顔文字が誘拐や失踪の事件と一枚絡んでいると思って、気になっていただけだ。だがそれもないと思ってな」
「どうして?」
「どうしてって……警察がそんな証言を真に受ける訳にもいかないだろ。変な噂が一人歩きしてる可能もあるし。それに俺はまだその都市伝説の内容を知らないしな」
「知ったら、調べる?」
「おいおい、随分と食い気味だな。まるで俺に【( っ`-´ c)マッ】について調べてほしいみたいだな」
「……そうよ」
緊迫した表情の彼女にカオルは驚く。余程この噂について長けている人間なのだろうか。それともただ興味本意なだけなのか。見定める必要があった。カオルは一応警察官、事件にヒントになれば思い、少女の側に寄る。
「聞かせてくれ。都市伝説の内容を」
「……じゃあついでだから、都市伝説の前に1つ、昔話をさせてくれないかしら」
「……いいだろう。その前に、お前の名前を聞かせてくれ」
「……ツシマ」