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お菓子の身体




(甘い、いいにおい……)


 少女は枕にしていた自分の腕から甘い匂いがするのを、お菓子を食べ過ぎたせいだと思いました。

 けれど起きようと身体を動かすとカサカサと音がするのです。

 びっくりして見てみると腕も肩も――足まで全身がビスケットになっていました。髪はチョコレート。服は薄くスライスされた林檎と桃で作られた、まるでお姫様のようなドレス。

 なめてみた唇は、林檎飴の味がしました。


「こんばんは、お姫様」


 なにが起こったのかと戸惑う少女に声をかけてきたのは机の上のマシュマロウサギでした。


「そのドレス、とってもステキね」

「ええ、そう……そうね。とっても素敵!」


 マシュマロウサギにほめられ、少女は嬉しくなりました。

 こんなドレスを着たこともないし、お姫様だなんて呼ばれたのもはじめてなのですから。


「あっちに鏡があるよ」


 マシュマロウサギやチョコウサギに案内された姿見鏡の前で見た顔は、今までの少女の顔とは違って見えました。肌がビスケット、瞳が琥珀糖、髪がチョコレートだからかもしれません。それともこんなふんわりした素敵なドレスを着ているからかも。

 少女は髪についたホワイトチョコとストロベリーチョコのバラや、金色の飴細工でできたティアラの角度を変えてみたり、ホイップクリームがレースのようになったスカートをひらひら揺らしてみます。するとテーブルのうえにいるチョコのクマやパンダ達が「ステキ」だの「キレイ」だのとほめたたえます。


「……だ……」

「え?」


 いよいよ気持ちよく鏡の前でくるくる踊っていた少女の耳に、ぼそりとした男の子の声が聞こえました。


「………い……」


 声の主は、あのお菓子の王子様でした。

 椅子に座ったまま、お菓子を食べる姿勢のまま、ぴくりとも動かないけれど。けれど確かにぼそりと何かをしゃべっていました。


「なぁに?」

「………い、や…だぁ………っ、食…べ………」


 少女が近寄って耳を澄ましましたが、カサカサする声でなんとかしゃべっていた王子様の言葉はそこで終わりでした。

 王子様の琥珀糖の瞳は溶けて、涙のように頬を伝っています。


「大丈夫。彼も完全なお菓子になっただけさ」

「そうそう、お菓子になっただけ!」

「キミももうすぐすっごくおいしいお菓子になれるよ、彼みたいにね!」


 マシュマロウサギ達は無邪気にしゃべりますが、少女は背中に氷を入れられたような気分になりました。

 さっきまで滑らかに動いていた手足は、動く度に関節がこすれてじわじわと痛みました。


「お菓子の幸せは食べてもらうことだもの」

「それまでこの家で僕らと一緒に楽しくおしゃべりしていよう?」


 眠る直前に食べた王子様の糸飴の髪――あれは元々、本当に生きた少年のものだったのだと気づいた少女は、口元を押さえました。


「いやぁっ!」


 少女は口元を覆った自分の手の、甘く香ばしい香りに弾かれるように駆け出しました。


「あっ、この家から出たらいけないよ」


 マシュマロウサギたちの言葉を振り切って、少女はカサカサとこすれるお菓子の身体で精一杯走ります。

 走ってこすれた関節からぽろぽろとクッキーの身体が欠けて、じくじくと痛みました。それに、こすれ落ちたビスケットのかけらにたくさんの蟻が集まってきます。


「いや、いや! わたしを食べないで……!」


 自分の欠片から蟻を必死に追い払っていた少女は、前方の木の上で爛々と光る金色の目に気づきました。

 それは少女と目が合うと、真っ黒な羽根を大きく広げてカー!と一声鳴きました。びくりと足をすくませた少女めがけてまっすぐに飛んできます。

 カラスは少女のチョコの髪に乗せられた飴細工のティアラをさらっていきました。

 そして尻餅をついた少女に、たくさんの蟻が次から次に群がってきます。


「いや、いやぁっ!!」


 少女は必死に逃げました。

 関節がすり減って痛いし、装飾の飴細工も壊れて落ちていきます。だけど止まれば蟻やカラスに食べられてしまうから、必死に家を目指して逃げました。


 そしてついに、懐かしい我が家が見えたのです。

 古くてあちこちガタがきているけれど、大好きな両親と兄弟がいる家が。

 けれど家までもう少しという時になって、夜露に湿ったビスケットの足はぐにゃりと歪み、倒れ込んでしまいました。

 身体が重くて起きることもできませんし、指一本動かすこともできません。


(……い…や……た…すけ……て………)


 泥のように重く沈んでいく思考は、眠気にも似ていました。

 けれどぐずぐずと崩れる鈍い痛みの中で、簡単には眠りにつくことも許されません。

 ちくちくと刺すような痛みは蟻に噛み切られているせいかもしれません。もう、それを確かめることもできませんでした。


「あっ、だれか倒れてる!」


 絶え間なく襲い来る痛みの中で、少女は懐かしい弟の声と足音を聞きました。



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