お菓子の森
両親もすっかり寝入った真夜中に、少女はこっそりと家を出ました。
水飴のことも、水飴売りの言葉も、思い出すたびに目が冴えて眠れず、じっとしていられなかったのです。
(あの子たちにも、たくさんおみやげを持って帰ってあげなくちゃ)
お菓子なんて滅多に食べられるものではありませんし、7人兄弟で分けるのですからいつもほんの少しだけなのです。
だから騒ぐ胸を押さえ、少女は暗い森に踏み込みました。
明かりも持たない少女は、知らない森の細道に歩きまわります。
帰り道もさっぱりわからないのですが、それでも少女はずんずん森の奥へと入っていきました。だって水飴売りは、お菓子の森は道に迷ったこどもを迎え入れてくれると言っていましたから。
そしてどれくらい歩いたのかわからないほど森を歩いた少女は、風に乗ってどこからかおいしそうな焼きたてのカステラの匂いが流れてくることに気づきました。
少女はうれしくなって匂いのするほうへと駆け出しました。
一歩、一歩。
少女が駆けるごとに甘い香りは強くなっていって、いつのまにか周りの木の幹は香ばしい香りのパイに、生い茂った果実は飴になっていました。
踏みしめる大地はざくざくしたクランキーチョコで、生える草花は飴細工。地面を歩く蟻までもチョコでできていました。
「まぁ!」
少女が見上げた夜空に浮かぶのは、無数の金平糖。
キャンディーの月は暑さにとろけて、したたる雫は美しい光を放っています。
そう、あの水飴と同じように黄色と緑と青と紫が入り交じる美しい光を。
「なんて素敵なのかしら!」
落ちてきそうな月の雫を受け止めて味わってみようと、心躍らせてざくざくとクランキーチョコの大地を駆けた少女は、あの水飴の泉を見つけました。
昼間はほんの一滴しか食べられなかったあの水飴が、食べきれないほどたっぷりと湛えられた泉です。
少女が指ですくってなめてみると、黄色はレモンの味でした。緑は青林檎、紫は葡萄、青は食べたことのない不思議な味。ひととおり味見をして満足した少女が顔をあげると――泉の脇に、小さな家がありました。
話に聞いていたとおり、壁はビスケット、屋根はウエハース、柱は色とりどりのキャンディーで、窓硝子は飴細工の、お菓子の家でした。