裏切られた勇者の話
「王女!? いったい何を!!」
「龍兵様、貴方がいけないのですよ。私の求婚を断った貴方が……」
荒木 龍兵は妻子持ちの会社員(32歳)である。
そこそこ優秀で、同期の中では頭一つ抜き出た存在であった。
とはいえ「そこそこ」優秀止まりであるため、大きな成功も無く、平凡だが幸せな会社員としての一生を終えるものだと、“その時”までは思っていた。
「これからアンタを剣と魔法の異世界に勇者として送りこむから。魔王を倒したら帰っていいわよ。
あ、断ったら一生異世界暮らしね。年老いた両親や嫁と子供が泣くけど、それでいいならそうしなさい」
横柄な女神に異世界に送りこまれ、勇者をやる羽目になったのだ。
いわゆるチート、強力な能力を与えられていたが、それが慰めになる筈も無く。
龍兵は、家族のために日本へ帰るべく、勇者稼業に手を出すのだった。
「龍兵様、ご迷惑をかけて申し訳ありません」
「貴殿の事は我らが命を賭けてお守りします」
勇者になったからと言って、龍兵一人で戦わせるほどその世界の王族は酷薄ではなかったらしい。優秀な魔術師だという王女「晶香」に、そのお付の女性騎士「理美」が龍兵のサポートとして配属された。ついでに密偵兼任のメイド「ありす」も付いてきた。
また、現地の神殿もサポートに回った。
「神殿を代表して、ワタクシがご一緒させていただきます」
拉致女神の印象もあり宗教お断りな龍兵であったが、神職だけが使えるという回復魔法は旅に必須という事で、神官の女の子「心音」が付いてくることになった。
若い娘が付けられたのは、王女のそばに若い男を置きたくないというのと、旅をするなら体力がある者がいいという理由からだ。
龍兵としては話の出来る男の仲間が欲しかったが、これと言って知り合いがいる訳でもないから、女性ばかりの仲間に妥協するほか無かった。
なお、この国の女王(王女の祖母)からは「全員、孕ませても構わない」とお墨付きを頂いている。若い男女が一緒に行動するなら、もう手を出されたモノとして扱うしかないからである。
もちろん、龍兵はそんな事をする気はみじんも無かったが。
そうして龍兵は勇者として、王都から若い娘たちが作る人の壁の間を通って魔王退治の旅に出たのである。
龍兵たちの旅はそこそこ厳しかったが、幸いにも勇者である龍兵の戦闘能力はこの世界の一般常識の外にあったらしく、たいして苦戦する事も無く魔王戦に挑むことになった。
龍兵にとって特に問題だったのは旅そのもので、若い娘たちと同じ馬車で野宿をするなどといった、共同生活が厳しかったぐらいである。風呂とトイレが異性と一緒というのは、龍兵の精神力をガリガリと削っていたのである。
そしてそれらに頓着しない女性陣は龍兵に肌色を見られても気にしないので、龍兵は彼女たちの裸身をしっかりと見る羽目になっていたのであった。
彼は連れの少女たちを性的な目で見る事をしない。自分の娘ほどと言っては大げさだが、一回りも二回りも年の離れた“女の子”という生き物は彼にとって未知の異種族に近く、そういった対象とは思えない存在だったからだ。龍兵は、ロリコンでは無いのである。
道中の戦闘?
それは与えられた勇者パワーと仲間の助力によって楽勝であったため、特に問題になっていない。
勇者パワーは「自身と仲間4人までの超強化」というのもあったため、何気に仲間の方が強かったり活躍したりするのだが。
道中はともかく、魔王の城に行ってからは苦戦の連続であった。
道中にいる魔王の手先というのは、ぶっちゃけ雑魚でしか無かったのだ。精鋭は重要拠点に配備されており、龍兵らがそれらを回避しつつ魔王の居城を目指していたため、苦戦らしい苦戦を経験していなかったのだ。強敵を避けるのは敵に与える情報を制限する目的もあったが、勇者の侵攻速度のためでもある。下手に強い連中にぶつけて大きな怪我をさせては治療にかかる時間がもったいないと判断したのである。
とにかく、魔王城にいる軍の幹部たちは一騎当千の強者であった。それこそ、勇者たちが苦戦するほどに。
それでも勇者パーティー全員がギリギリの戦いの中で急成長をして、仲間たちが道中の大幹部を足止めすると、勇者・龍兵は魔王の元にたどり着く事に成功し、魔王と一騎打ちをするに至ったのである。
勇者と魔王の決戦は、それはもうすさまじい物だった。
己の全てを賭して戦う二人の間には、勇者の仲間や魔王の部下の大幹部たちであっても入り込めない力が凝縮されていた。並の者なら二人の100m先に近寄っただけで蒸発してしまうだろう。
繰り出される必殺の一撃、その応酬はいつまでも続くように見えたが、戦神の天秤は勇者の側に傾く。
勇者の全身全霊を込めた聖剣の一撃が魔王の胸元に突き刺さり、とうとう勝利をもたらしたのだ。
「終わった……。これで妻と子に会える」
龍兵は万感の思いを込めて、自身の偉業にうち震え、喜びをかみしめる。
会えなくなった家族に会える、その喜びが、龍兵の明暗を分けた。
龍兵の体に突如巻き付く鎖。
龍兵の力を封じ、動きを妨げるそれは、神官の女の子・心音の手から放たれた物だった。
龍兵がもしもまだ油断していなければ、疲れ切った体でもその鎖は躱せただろう。しかし油断していた龍兵は心音に捕まり、囚われの身となってしまったのだ。
もう、結果は出てしまっている。「たられば」に意味は無い。
「何の真似だ!!」
龍兵は怒りをもって仲間たちに問う。
しかし、彼女たちはそんな龍兵の問いを馬鹿にしたふうでも無く、嘲る事も無く、慈愛と親愛の表情をもって受け止めた。
その表情に戸惑う龍兵に、王女・晶香が微笑みかける。
「龍兵様」
そして、彼女は己の目的を口にする。
「これまで生死を賭けた戦いを共にしてきたのです。
ですから――――今度は精子を共にしましょう」
「誰が親父ギャグを言えっつったぁぁーーっ!!」
「女神様も仰いました。「男を襲ったっていいじゃない、女の子だもの」と」
「女神ぃーーっ!!」
晶香の微笑み、その目の奥にあったのは「性欲」である。
ぶっちゃけ彼女たちは龍兵を性的な目で見ていたし、いつでも襲ってほしかったクチなのであった。それなのに一切手を出されない事に焦りを感じ、凶行に至ったのであった。
メイド・ありすが鎖でガチガチに縛られたままの龍兵の服を脱がす。無駄に高度な技術を使っている。その手に迷いは無い。それを見ている他の女性陣も我慢できなくなったのか、自分の服を脱いでいく。
そして全員が全裸になったところで晶香が龍兵に死刑宣告を突きつける。
「ふっふっふ。龍兵様。貴方は栄えある私の子作り相手に選ばれました。それを称して着床するまで褥を重ねる栄誉を授けましょう」
「やめろ、やめろ晶香! ぶぅっとばすぞぉー!!」
「よいではありませんか、よいではありませんか。体は正直ですよね、龍兵様」
「ノォォーーっ!!」
ありすがどこからともなく布団を用意し、騎士・理美が龍兵を布団の上へと誘う。心音は鎖を離さず、晶香が龍兵へとにじり寄る。
第一種接近まで、後数秒――――
こうして、勇者・龍兵は王女たちに裏切られ、日本に戻ってきたときは「汚れちゃったよ。僕、汚れちゃったよ」とエグエグと泣きながら妻に謝っていたという。
日本に戻ってきたから王女たちに復讐もできないし、女神から慰謝料が支払われたけど龍兵の心の傷を癒やすには至らない。
それでも時間が経てば傷は癒えていく物である。
安全な場所でいつもの仕事をしていて、愛する妻と子が隣にいてくれるなら、龍兵は徐々に立ち直っていく。
しかし――――
「来ちゃった。てへ」
「お久しぶりです、龍兵様」
「娘たちは連れてきてないから、存分に楽しみましょうねー」
「ダーリン、また子作りをしましょう」
出産を終えた悪魔たちが日本に現れる。
「いあいあ……いやぁぁーー!!」
頑張れ龍兵。
負けるな龍兵。
きっと最強の勇者が君を守ってくれるさ。
でもこれ、もしかすると毎年の恒例行事なんだぜ。