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Panopticon  作者: Chiot
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七・傍観者からの脱出

※ただいま添削中の為、話の辻褄が合わなかったり、設定が違う所があります。徐々に直していきますのでご了承ください。

 朝の祈りの時間を終えた教会は、しんと静まり返っていた。太陽の光を受けているステンドグラスは、誰もいない席を鮮やかに照らしているもそれは何処となく寂しく見える。そんな中、ロックは別の事で一人項垂れていた。


――目撃情報なし、かぁ…。


 あの後、クルッカ達の事を色んな人に聞いて回ったけれど誰もそんな人は見ていないと言うばかりで気付けば朝になっていた。


――…大丈夫かな、クルッカ達。


 酷い目に遭っていない事を祈る事しか出来ない。歯痒さからグッと奥歯を噛み締める。しかし、気持ちばかり急いても結果は付いて来ない。一先ずは休憩と教会に立ち寄ったはいいものの、思考は休む間もなく巡り続ける。


「…ダミーの実験かぁ」


 思い出すのはゼータの持っていた薬品で眠らされていた時の話。ヴァルゼルド曰く、ロマノフ=ジョーヴァンは銀の光輪に全てを任せていたので詳しい事は知らないと言っていた。ただの夢だったのかも知れないがもし、本当にそうならば腑に落ちてしまうのだから質が悪い。一応、ガドールにも夢の事は伝えているが鵜呑みにしてしまうのも危ないような気がする。


「……やっぱ、あそこに行くしか」


 思い当たる場所はヴァルゼルドが教えてくれた、ロマノフ=ジョーヴァンのアジトくらいだが、たった二人で乗り込むのは流石に軽率だ。とりあえず、ガドールが一人で様子を見に行っているけれど、決戦の時は刻一刻と迫って来ているような、そんな嫌な緊張感が身体を強張らせていく。


「お前、いつまでいる気?」


 不意に誰かに声をかけられ、ロックはビクリと肩を揺らす。恐る恐る、ロックが振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。フワフワとした少し癖のある水色の髪に鋭くて綺麗な紅蓮色の瞳をした少年は少し眉を顰めて、こちらを見ていた。


「そこ、俺の席なんだけど」


「えッ……。あ、悪い」


 ロックは慌てて席から立ち上がると邪魔してはいけないとそこから離れようとした。が、それを制したのは少年の手で、ロックの服の袖を掴む。


「別に移動しなくてもいい」


 ロックのいた席に座り、こちらをじっと見上げる少年。可愛らしい顔立ちとは裏腹にここから離れるなという無言の圧力を掛けて来る。その圧に負けたロックは少年の隣の席に座り直した。


「俺はマティアス、マティアス=バルディ。…人に名前聞く時は、先に名乗るのが常識って聞いた」


 「違う?」とマティアスが首を傾げる。何処か幼さの残る仕草に何だか可愛いなと口の端に笑みが浮かぶ。


「マティアスな。俺はロック、ロック=ペプラム」


「ロックは旅人?」


「あぁ。マティアスはこの街の出身なのか?」


 「ん」とマティアスが頷く。


「祈りに来た。今の時間なら、人いないから」


 マティアスはおもむろに指を組むと、目を閉じた。言葉通り、祈っているのだろう。神のいない世界で何に対して祈っているのか、何て皮肉は呑み込む。ここがこの世界で唯一、神の存在を証明する場所なのだから。


「……ロックも祈りに来たんじゃないの?」


「いや、俺は…」


「違うの?」


「たまたま寄っただけなんだ。ちょっと休憩したくて」


 昨日からずっと街を駆け回って、気を張り続けて、正直身体は疲れ切っていた。そんな中、目に付いたのがこの教会だっただけ。ガドールと合流する間、少しだけ休もうと席に座っただけの事。だというのにマティアスは腑に落ちないとばかりにこちらをじぃっと見つめている。


「…ロックには、大切な人っている?」


「え、何だよ、急に」


 唐突な問いに戸惑いながらもロックの脳内に浮かんだのはクルッカだった。出会って数日も経っていないというのにこうも惹かれてしまうのは初恋だからか、一目惚れの効力なのか。


「…まぁ、いるけど」


「その人がもし、ロックを裏切ったら……どうする?」


 淡々とした声色で発された言葉に理解が追い付かない。


――裏切る…?クルッカが?


 否定したかった。そんな訳ないと、言い切りたかった。でも、そう言葉に出来ないのは心の何処かでその考えを持っていたから。クルッカこそ、銀の光輪ではないかという疑惑が。


――ゼータと一緒にあいつに手を貸してるとしたら。


 今に至る状況の全てに合点がいく。もしかしたら、自分と出会った事すら計算の内だったのではないかと疑心暗鬼が止まらない。貿易の街でマフィア達に囲まれた中、無傷だったのも仲間だったのなら当然だ。


「…それでも、俺は信じたいよ」


 ポツリとロックが呟く。クルッカの言動全てが嘘だったとは思えない。怪我をしたホームレスに手を貸し、病院へ連れて行こうとしたあの姿はまごう事なき天使そのものだった。あんな優しい人がロマノフ=ジョーヴァンに手を貸しているなど考えるだけでも吐き気がして来る。だからこそ、何か理由があるのではないかと考えてしまう。それこそ、ヴァルゼルド達みたいに理不尽な契約をさせられたとか。


「だから、会って話がしたいんだ。本当に裏切られてたとしても、そうでなかったとしても」


 毒を食らわば皿までという言葉を思い出す。あの時、姿に見惚れて手を貸してしまったのは自分の方だ。ならば、それが罠だったとしてもその結末を見届けたいと思った。


「俺は今度こそ、みんなを守りたい。この手でちゃんと…」


「強いんだね、ロックは」


「……ごめん、今のは恰好付けた。本当は言う程覚悟が決まってないんだ」


 マティアスの純粋な目に見つめられ、罪悪感を覚えたロックは自身の胸の前で小さく両手を上げると白状した。


「本人を目の前にして冷静でいられる自信がないんだ。きっと、感情のままに色々口走っちゃう」


 答えを求める子供の様に、抱えている感情の全てを吐き出してしまう。そんな自分が容易に想像出来た。信じたいと思う以上に裏切られたという事実をどうにか覆したくて。納得出来る理由付けが欲しくて。


「…何より、俺自身自覚したくないんだ。裏切られたって。一緒に過ごした日々が嘘だったって。そんな事ないって言い切りたいのに、自信も覚悟も足りない」


 膝の上に置いた掌に爪が食い込む。今だってそうだ。事情も知らないマティアス相手にどうにもならない感情を吐き出している。


「俺はそれでも強いと思う」


 マティアスの声に俯いていた顔を上げると、紅蓮色の瞳とかち合う。


「本当に弱い人なら逃げ出してる。裏切られたって事態に打ちのめされて、本当の事も知ろうなんて思えない」


 真っ直ぐにこちらを見据える瞳は何もかもを見透かしているような、不思議な感覚に襲われる。何処となく、クルッカを思わせる雰囲気にロックは何だか親しみを覚える。


「傷付くって分かってても、それでも向き合おうとする人を俺は偉いと思う。そういう人がいなかったら、今の俺もいなかったと思うから」


「マティアス…」


「昔の俺は誰も信じなかった。いや、信じるって事自体知らなかった。誰も教えてくれなかったし、それでいいとみんな思ってたから。でも、それじゃいけないって教えてくれた人がいて…」


 マティアスの目がロックから教会のステンドグラスに向けられる。その穏やかな横顔を眺めつつ、その人がマティアスにとって大切な人なのだろうと思い至る。


「俺はその人に人間にしてもらった。…だから、俺は今の俺が好きだよ」


 ふわりと浮かべられた笑みは年相応で、何処か達観しているとはいえ、マティアスもまだ子供なのだと思い知らされる。


「その人がしてくれたみたいに俺も誰かに返してあげたい。いつか、変わった自分の方が好きだって言ってもらえるように」


「…俺も、そう言えるようになるかな」


「ん、ロックの行動次第だけど。……そんな顔しなくてもロックには俺がついてる。大丈夫だよ、きっと」


 握り締めていた手にマティアスの手が添えられる。子供体温なのか、温かい手に不思議と力が抜けていき、食い込んだ爪の感触が消えて行く。


――本当、不思議な子だな…。


「…神なんていないはずなのに」


「ん?」


「いや、何かマティアスと会ったのは運命なのかなってさ。ここ、教会だし」


「そうかもね。偶然だったとしてもロックがそう思うなら、きっと運命だ」


 ロックの言葉にマティアスは小さく頷いてみせる。会って間もないのにどうしてこうも親近感を覚えるのか。マティアスの独特な雰囲気がそうさせるのだろうか――なんて考えていた時、マティアスの顔から笑みが消える。どうしたのかと声を掛けようとしたが、それよりも早く、席から立ち上がったマティアスは教会の入り口の方に視線を向ける。


「マティアス?」


「ロックはここにいて、危ないから」


「あ、おいッ!?」


 勢いよく教会を飛び出して行ったマティアスを追いかけ、ロックも外へ出る。ふと吹き付けた風に乗って、嗅ぎ慣れない匂いが鼻に付く。


――これは、火薬…?


「伏せろ、ロック!!」


「え…」


 聞き慣れた声と友に視界に広がる紫。それがガドールだと理解すると同時に覆い被さるようにその場に倒れ込む。瞬間、近くから轟音と地響き、何かの燃える匂いがロック達を襲う。


「ガドール、これって」


「あぁ、お察しの通り。あいつら、仕掛けて来やがった」


 垂れる茜色の髪の隙間から辺りを伺えば、爆発したであろう数件の建物が抉れたような歪な形で今にも崩れそうだ。その付近にいた人々は振って来る瓦礫や窓ガラスから逃げ惑い、阿鼻叫喚の巷と化している。


「落ち着いて避難してください!!」


 そこへ騒ぎを聞きつけた青い制服の騎士団員が数人、声を張り上げる。


「建物に近付かないで。また爆発する危険が――」


 一人の騎士団員が言い掛けた時、再び轟音と共に地面が大きく揺れる。劈くような悲鳴は爆発音にかき消され、煙る視界で何も見えない。


「…治まったか?」

 どれくらい経っただろうか。視界が落ち着いた頃、ガドールがゆっくりと上半身を起こす。砂埃や小さな瓦礫を一身に受けたガドールは手でそれらを掃いながら、こちらに視線を向けて来る。


「ロック、大丈夫か?」


「おかげさまで。ありがとな」


 立ち上がったロックはガドールにお礼を言った後、視界の端に見えた自身の帽子を手に取る。倒れた拍子に落としたらしい。砂埃に混じってキラキラと光っているのは粉々になったガラスだろうか。入念にそれらを手で掃い、帽子を被り直す。


「おい、手を貸してくれ!」


 騎士団員の一人が瓦礫の山の傍で声を上げている。よく見れば、瓦礫の下からは人の手らしいものが力なく地面に横たわっている。場所から考えて、先程の爆発に巻き込まれたのだろう。しかし、他の騎士団員は避難誘導や怪我人の手当てなどでとても手が貸せる様子ではない。


「誰か、助けて…」


 その光景にあの夜の惨劇が重なる。ここも、またあの村のようになってしまうのではないか。そんな不安が身体を蝕み、思わず駆け出しそうになったロックの前にガドールが立ち塞がる。


「街の奴らは騎士団に任せるって言ったろ?」


「でも――」


「ここは俺達の村とは違う。子供一人が守る訳じゃねぇんだ。俺達は俺達でやれる事をする、そうだろ?」


 ガドールのヴァイオレット色の瞳がこちらを見据える。その冷静さに我に返ったロックは助けを求める声の方を一瞥する。


「…ごめん。行こう、ガドール」


 大丈夫、きっと騎士団が助けてくれる。そう自分に言い聞かせて、ロックはガドールと共にその場から駆け出した。

____________


 ガドールの案内でやって来たのは街の外れの港だった。倉庫が立ち並ぶそこには人の気配はなく、本当にここがアジトなのだろうかと一抹の不安を覚える。しかし、ガドールはそんなロックを他所に一角の倉庫の中へと入って行く。年季の入った外観とは裏腹に中は埃一つなく、酷くこざっぱりしていた。


「――ッ!」

 

ふと人の気配がした。二人は視線を合わせると、一斉にその気配の方へと向き直る。すると、そこには先程までいなかったはずの人が立っていた。フードの付いたマントを着た人物は顔こそ見えないけれど、足元の黒のショートブーツが彼女だと物語っていた。


「よぉ、昨日ぶりだな」


 殺気を放っている相手にガドールは何て事ないと明るい調子で声を掛ける。けれど、その手に持った警棒からはバチバチと電気を漏れ出ていて、心中穏やかでないのが伺える。


「クルッカ――いや、銀の光輪」


 ガドールに名を呼ばれ、フードの人物はその顔を見せる。照明の光を受けて、キラキラと輝く銀髪から覗くレモン色の瞳。昨日までの優し気な雰囲気は何処へやらまるで別人のように冷めた視線をこちらに投げて来るクルッカはおもむろに戦闘態勢へと入る。


「…あの二人は何処にやった」


「さぁ?ゼータが何処かへ連れて行ったから、知らない。…生きてるとは思うけど」


「そうかよ」


 興味がないと言いたげに放たれた言葉にガドールの声色も低くなる。先程までよりも更に電流を帯びた警棒を振り払い、ガドールはクルッカと対峙する。


『ロックの大切な人がもし裏切ったら、どうする…?』


 不意にマティアスの言葉を思い出す。あの時、言った通り今にも色んな言葉が口から飛び出そうと燻っているけれど、冷静であろうとその言葉を、感情を抑え込む。


「戦う前に聞かせてほしい」


 今にも飛び掛からんばかりの二人の間に割って入る。


『現実は残酷で、だから目を背けたくなるのは分かる。でも、目を背ける事は、知ろうとしなかった事は、自分を臆病にするだけ。貴方の傷は深くなる一方だ』


 出会ったあの日、そう言ったクルッカに魅せられた。その生き方がかっこいいと思った。そう生きられたら、どれだけいいかと心の底から憧れたんだ。だから、向き合わなきゃいけない。知らなきゃいけない。無知なままじゃ誰も救えないと痛い程知っているから。


「クルッカ、お前がここにいるのは自分の意思?それとも、仕事だから?」


 ロックの問いにクルッカはフッと鼻で笑う。


「仕事だからに決まってる」


「……そっか、分かった。じゃあ――」


 銃口をクルッカに向け、帽子の下からキッと睨み付ける。その目に一瞬、クルッカの目が揺らいだように見えたけれど、次の瞬間には殺気の混じった視線が返って来た。


「戦うしかないな」


「貴方はもっと感情的になると思ってたのに」


 冷たい目のまま、そう言うクルッカにロックはニッと笑って返す。


「残念でした。俺は、もう傍観者は止めたんだ」


「…そう。なら、容赦はしない」


 地面を蹴った音が耳に届いたのと同時にクルッカの拳が視界いっぱいに飛び込んで来る。が、間一髪、ガドールに肩を掴まれたロックの身体は後ろへと投げ飛ばされる。


「っと、あっぶな…」


「大人しく援護射撃してろ」


 ロックと入れ替わるようにクルッカの前に立ち塞がったガドールは警棒でクルッカの攻撃をいなしていく。


「あ~…、本当恰好付かない!!」


 ズレた帽子を被り直し、ロックは拳銃を取り出す。


『知ろうとしない人間に運命の輪は廻せないんだよ』


 この一歩を足掛かりに無知で弱い自分を変えるんだ。

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