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Panopticon  作者: Chiot
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二・忍び寄る闇

「お前、はぐれたかと思ったら、ナンパとはいいご身分だな」


 少女に手を貸し、病院までやって来たロックに背後から声を掛けて来たのは腰に手を当て、呆れた様子のガドールだった。


「ガドール!よかった…、あいつは?」


「悪い、取り逃した。逃げ足速すぎだわ、クソ」


「また見つけりゃいいよ」


「…だな。で、お前がナンパしたあの子は?」


 ムッと眉間に皺を寄せていたガドールだったが、不意に悪戯っぽく笑みを浮かべるとロックの数メートル先にいる少女を見やる。


「俺がナンパ出来るとお思いで?」


「いや、全然」


「どうせヘタレですよ、俺は。…あの子はクルッカ。見ての通り、バウンティーハンターだよ」


 ロックは少女――クルッカのいる方に向くと自分の首元を指差す。ロックの首には何もないけれど、クルッカの首には紫色の首輪が付いており、それがバウンティーハンターの証だった。


「ロック、そっちの人は?」


 ロックとガドールの視線に気付いたクルッカが先程の男を医者に任せ、こちらに戻って来る。


「こいつはガドール、俺の幼馴染なんだ」


「どうも、初めまして。ガドール=クーリッジだ」


 にこやかに挨拶するガドールをレモン色の瞳がじぃっと見つめる――瞬間、ロックは嫌な予感を覚える。ガドールのご尊顔を前に惚れない方がどうかしている。そう思ってしまう程には見慣れた光景に今更ながら後悔に襲われる。


「…俺、お前の事好きなのか、嫌いなのか、分かんなくなって来た」


「紹介したのお前だろうが。つか、挨拶しただけで妬むな、嫉むな」


「お前、それで何人落として来たか忘れたんか!?」


 鋭い目付きでそのご尊顔を睨むも、そんな事には慣れっこなガドールは涼しい顔だ。それが余計にこちらを惨めにさせ、ロックはわなわなと手を震わせるもどうにも出来ずにその横顔を眺めるしかなかった。


「…初めまして、あたしはクルッカ、クルッカ=クレセント」


 無表情のまま、上目遣いのクルッカが挨拶を返す。ただ、それだけだというのにロックの沸き上がる感情は一気に消し飛び、可愛いという感情のみが頭を支配する。恋は盲目とはよく言うけれど、これはきっと重症だろう。現にガドールからのマジかよ、こいつと言いたげな痛々しい視線が刺さりまくっている。


「さっきはありがとう。おかげで助かった」


「い、いや、役に立てたならよかったよ」


「…アンタ、仕事中だったりするか?何なら、さっきの奴の事引き継ぐけど」


 ドギマギしているこちらを他所にガドールがクルッカに尋ねる。すると、クルッカはフルフルと顔を横に振ってみせる。


「今は待機中というか、エージェントと待ち合わせしてる所だから大丈夫」


「そっか。なら、ちょっと話さねぇ?ここで会ったのも何かの縁って事で」


「いいよ。じゃあ、移動しようか」


 クルッカはそう言うと病院のロビーの方へと歩き出す。後ろ姿も可愛いな。そんな事を惚けた頭で考えていると後頭部に軽い痛みが走る。どうやら、呆れたガドールに叩かれたらしい。


「初恋拗らせてんのは分かるが、少しはシャキッとしろ」


「分かってる。…分かってるけど、あんな美少女がいて緊張しない方がおかしくない?俺、目合っただけで動悸止まんないんだけど」


「…馬鹿に効く薬はねぇってか」


 至って真面目に言った言葉に返って来たのは深いため息一つ。やはり、恋愛面では相容れないなと改めて思いながら、言い返そうとするもそうはさせまいとガドールの手に口を塞がれてしまう。


「はい、そこまで。後でちゃんと聞いてやるから、とりあえず行くぞ」


 話している間にすっかり見えなくなったクルッカの姿に我に返ったロックは促されるまま、ロビーの方へと歩いて行く。廊下の角を曲がった先にあるロビーには順番を待っている人や付き添いの人で溢れていた。


「あ、いた!」


 その中でもクルッカは特に目立っていて、長椅子に座っているだけだというのに妙な神聖さが感じられる。また惚けてしまいそうになるも、流石に学習して来たので自身の手の甲をつねって正気を保つ。その間も隣からの冷たい視線は健在だ。


「ごめんな、こっちから誘ったのに。こいつが緊張しちゃって」


「お、おい!それは言うなって」


「緊張?」


「あ~、気にしなくていいから!」


 不思議そうにこちらを見上げて来るクルッカに頬がカッと熱を帯びる。ジンジンとつねった手の甲の痛みなんてあっという間に消え失せてしまった。けれど、これ以上惚けている場合ではないので何とか理性を保つとクルッカの向かい側の席に付く。


「…なぁ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」


「何?」


「お前はこの街の異常気象、どう思う?」


 ガドールの突然の問いにクルッカは驚く素振りもなく、表情一つ変えないまま、「誰かが意図的に起こしてると思う」と冷静な声で返す。


「まず疑うべきはNumber6。消滅したって言われてるけど、実は生きてて暗躍してる可能性だってある。次に疑うべきはダミーのクリスタルで能力を使っているFake Numbers。あたしはこっちの可能性の方が高いと思ってる」


 おとぎ話でヴァンパイアがばら撒いたという、楽園への鍵となるクリスタルを模した、最古のマジックアイテム。それを悪用しているのがFake Numbersと呼ばれる、能力者もどき達。奴らはCode Numbersが表向きに公表されていない事をいい事にその力を悪用している。だが、所詮は偽物。本物の能力には勝てないようで、年に数十人掴まっているという。


「二人はその事でこの街に来たの?」


「まぁ、そんなとこ。詳しくは聞かないでくれると有難い、訳ありなんでな。あぁ、もちろん、俺達が知ってる限りの情報はお前にも教える。借りっぱなしは性に合わないんでな」


「分かった。と言っても、あたしもそんなに詳しくはない。ここには最近来たばかりだから」


 クルッカが小さく頷いてみせる。そろりと隣に視線を向ければ、同じくこちらを見ているガドールのヴァイオレット色の目とかち合う。声色とは裏腹に真剣みを帯びた、その目にさっきまでのふわふわとした気分は一気に消え失せる。


――そうだ、目的を忘れるな。


 犯人が誰であろうと自分達はその関係者なのだから。


「Fake Numbersなら早く見つけないとまずいんじゃないか?その、暴走ってやつが万が一にでも起きたら…」


「今以上の被害が出るだろうな。あいつらはNumbersと違って、完全に力を使いこなせる訳じゃねぇ。そうなる前に止めねぇと」


「そうだね。こっちでも犯人を捜してるみたいなんだけど、なかなか尻尾を掴めてなくて」


 クルッカはそう言うと目を伏せてしまう。不甲斐なさを感じているのだろうか。一瞬そう思ったけれど、クルッカはすぐにこちらに視線を戻すと口を開く。


「犯人と対峙するつもりなら気を付けて。ただの愉快犯とかではないと思う」


「ご忠告どうも。ま、俺達の事は気にすんな。そんな相手には慣れっこなんでね」


 場を和ませようとしたのか、真剣な眼差しを一転ヘラリと笑ったガドールはテーブルに頬杖を突き、こちらに同意を求めるように視線を投げる。それにうんうんと頷くと、クルッカの口から「そっか」と小さく言葉が漏れる。


「あ!いたーーー!!」


 突然、ロビーに大きな声が響く。何だと一斉にその場にいた人物が声の主の方へと顔を向ける。何処かで聞いた事のある声に内心、嫌な予感を覚えながらロックもそちらに目をやるとそこには数十分前に道でぶつかったエージェントがいた。


「げッ…」


「知り合い?」


「さっき道でぶつかった奴。追いかけて来たのかよ…」


 エージェントはこちらを指差したまま、つかつかと歩み寄って来る。初めこそ、どうしたもんかと頭を悩ませていたが、近付いて来るにつれ、どうにもその方向がおかしい事に気付く。


「やっと見つけた!捜したんだからね、クルッカ」


 ロックを押しのけ、その後ろにいたクルッカに近付くエージェント。対してクルッカは「ここ病院なんだけど」と言いたげにエージェントを睨み付けている。


「え、もしかして…クルッカのエージェントだったり?」


「えぇ、そうよ!私はレイユ、この子のエージェント!」


「……レイユ、ここ病院」


「え、分かってるけど、何?」


 あっけらかんと言ってのけたレイユの両肩にクルッカがおもむろに手を置く。先程とは纏っている雰囲気が明らかに違うというのにソレも察せないのか、レイユは何?と相変わらず呑気している。


「レイユ、TPOは弁えろって何回も言った。なのに何で学習しない?」


「あ、え、えっと…。その…、見つけて嬉しくてつい…」


「つい?」


 手の置かれた肩から骨の軋む音がする。


「ひッ!?ご、ごめん。ごめんなさい…」


「毎回毎回何で同じ事ばっかりするかなぁ」 


 クルッカの気迫に押され、涙ながらに謝るレイユ。少し可哀想な気にもなるが、クルッカの言葉からこれが一度や二度ではないと察せられるので自業自得だ。助けてくれと視線を向けられてもガドール共々素知らぬふりに徹する。


「ハンター殺しの疫病神は伊達じゃねぇって事か」


「何、それ。つか、ガドール、あいつの事知ってんの?」


「割と有名だぞ。色んなハンターと組んでたらしいが、あの調子で組んだら最後人生狂わされるってな」


 落ちこぼれ、面倒の塊。貼れるレッテルは全て制覇する勢いで貼られ、剥がす気なんて更々ない。やる事なす事、常識外れ。ドジはタガが外れたように連鎖していき、最後には全てを人に投げて、知らん顔。おまけに厚顔無恥でかなりしつこい。

 ガドールの言葉に開いた口の塞がらない。何でそんな相手とクルッカが組まされているのか。そもそも、何故辞めさせられないのか。疑問が止まらない。


「わ、私の話も聞いてよぉぉ~~~ッ!!」


 終いには泣き出してしまったレイユにもはや諦めの境地に至ったらしいクルッカは手を離す。


「この街のマフィアが数人、この病院に向かってるのッ!!何でも、自分達のシマで魔女の血?ってのを売ろうとしてる輩を探してるとかって」


「あ~~…、マジかぁ…」


「……へ~、魔女の血ねぇ。誰かさんの十八番だったような気するけど」


 思い当たる節しかない。お前またやったのかと言いたげな視線を手で遮りつつ、あいつらマフィアにチクる事ないだろうと心の中で叫ぶ。が、どうしたって後の祭りだ。観念したロックは先程の売人とのやり取りを洗いざらい話した。


「…っという訳で」


「レイユ、そのマフィアが来るまでどれくらい掛かる?」


「あ~…、それがぁ~…」


 クルッカの問いに言い淀むレイユ。何だか嫌な予感がする。気のせいか、入り口付近が騒がしい。そろりとそちらに目をやれば、見るからにガラの悪いスーツ姿の男達がキョロキョロと辺りを見渡していた。取り巻きの中には先程の売人二人の姿もあり、レイユの言っていたマフィアだと分かる。


「わぁ、時間ピッタ!」


「…この馬鹿は置いて、とりあえずここから離れよう」


「そうだな」


 こちらに今だ気付いていない様子のマフィア達を一瞥し、その場から離れる。ちなみにレイユは先程の発言通り、ロビーに置き去りにして来たせいでロビーは再び騒がしくなる。周りがそれに気を取られている内にさっさと脱出しよう。患者に紛れ、中庭に出ると辺りを警戒しつつ、ガドールが先陣を切って、柵を越え外に出る。幸い、外に仲間はいないようで次いでクルッカも外に出る。


「よっと…」


 最後にロックが外に出ようと柵に足を掛けた――瞬間、中庭に先程のマフィア達が押し寄せて来る。見れば、捕まったらしいレイユが首根っこを掴まれた状態でなおも叫び続けている。


「いたぞ!!」


「ッチ、ロック早くしろ!」


「分かってる、って!」


 ロックは持っていたトランクを勢いよく放ると、柵から一気に飛び降りる。着地と同時にじんと両足に痛みが走るが、そんな事を気にしている暇はない。転がっているトランクを拾い、二人の元へと走り出す。


「逃がすな!追え!!」


三人同様、柵を越えて来たマフィア達がこちらに迫って来る。飛び道具のような物は見えないけれど、後ろから撃たれては堪ったものではない。必死に身体を動かし、走り続けるもマフィア達は諦める様子もなく、前や後ろから次々と仲間が飛び出して来る。


「この、邪魔なんだよ!」


走りながら、邪魔者を薙ぎ倒して行くガドール。しかし、土地勘のあるマフィア達の方が上手らしい。気付けば、目の前には高い壁がそびえ立っていた。


「ハァ、ハァ…。ックソ!行き止まり、かよ…」


 膝に手を付き、上がった息を整えようと深呼吸をする。そんなロックに対して、ガドールとクルッカは涼しい表情で本当に同じ人間なのか疑いたくなる。


「仕方ねぇ、ここで迎え撃つしか…」


「いや、ガドールはロックと一緒に先に逃げて」


 クルッカは獲物を構えているガドールを手で制すると、前に躍り出る。


「は?んな事出来る訳ないだろ」


「誰かが残らないと、この状況は逃げきれない。土地勘がないなら、尚更」


「土地勘ないのはお前も一緒だろうが。それにこいつだって、頷けねぇよ」


 ガドールがロックに同意を求めるように視線を向ける。息も絶え絶えで返事も出来ないが、もちろんダメだとブンブンと首を縦に振ってみせる。足手まといは重々承知だが、元はと言えば自分が吐いたしょうもない嘘のせいだ。だというのに自分が一番に逃げ出すなんて、そんな状況だけは絶対に嫌だ。


――あれ、何か前にもこんな事、あったような…。


 ふと脳裏に何かが浮かびそうになる。けれど、それは酷く曖昧で霧がかかったように何も見えない。はっきりしない、そのデジャヴの正体が分からなくて気持ちが悪い。


「…ロック?」


「……おい、大丈夫かよ」


 様子のおかしい事に気付いた二人がこちらに駆け寄って来る。一方のロックは頭を抱え、その場に蹲ってしまう。


――許さない。


 声が響く。聞き覚えのある、その声は紛れもない自分の声なのだが、声色は今までに出した事もない程、怒りに満ちていた。そんな感情、これまで抱いた事もないというのに、自分の声は霧がかった何かを呼び起こそうとする。 


――俺は、あいつを…。


「ロック、しっかりしろ!おい!」


 ガドールがロックの両肩を掴み、懸命に声を掛ける。いつもの冷静沈着なクールな顔は見る影もなく、何処か怯えたような目でこちらを見るガドールに何でお前がそんな顔しているんだと疑問が浮かぶ。


「いたぞ!」


 大人数の足音が混乱した耳にも届く。このままでは囲まれる。頭では分かっているのに、身体はどうにも動いてくれず、焦点の定まらない目も見当違いな場所ばかり見せて来る。


「ガドール、早く!」


「……ックソ」


 クルッカに促され、ガドールは眉を歪めながらロックの腕を取り、自身の肩に回す。


「な、何、してんだよ…。まさか、置いてく気じゃ…」


「お前がこんなんじゃ、どっちみち足手まといだろうが」


 何とか声を絞り出すも、ガドールの鋭い声に次いで出るはずの言葉は喉から引っ込んでしまう。力の入らない身体はガドールにされるがままの状態でその場にどうにか留まろうと意識するも、指の一つも動いてはくれない。


――俺は、また…逃げるのか。


 途切れ途切れになっていく意識の中、ふとそんな事を思う。しかし、すぐに引っかかる。また、とは何だ。こんな事が前にもあったような記憶はない。


「ダ…ダメ………だ……」


 だというのに、身体は逃げてはダメだと制するかのように身体を支えているガドールの手から離れる。が、それは一瞬の事で再び力を失った身体はその場に倒れ込む。


――許さない。


 また、あの声だ。


――俺は、あいつを許さない。


 脳裏に浮かんだのは幼少期の頃の記憶。今と同じく、地面に倒れ、歯を食いしばっている自分は泣いていた。


――殺してやる。絶対に!


 ロックを助けてくれる人はいない。みんな、ちらりとこちらを見るだけで手を差し延べようともしない。ただ、哀れんだ目でロックを見ているだけだった。


『世界は誰も助けてくれないんだから』


 今になって、その言葉の意味が痛い程に分かった。


「うっ………」


「ロック」


 ガドールが目の前にしゃがみ込む。茜色の髪から覗く目は相変わらず、何かに怯えているみたいな暗さを宿している。霞んだ視界の中でもそれだけははっきりと分かって、どうにか安心させようと口の端に力を込める。いつもなら難なく上がってくれる口角も今はピクリともしてくれない。


「……文句なら後でいくらでも聞いてやる。だから、今は眠っとけ」


 重い瞼を手で覆われる。その手を払う事も出来ず、されるがままのロックの意識は一気に闇へと沈んで行く。その刹那、聞こえて来たのは「次に目が覚めた時には全部終わってるから」と優しく囁くガドールの声だった。

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