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Panopticon  作者: Chiot
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18/23

十七・道化師の悪戯

 歓迎会から、数日が経ったある日、チェイスの騎空艇に久々に戻って来たロックの部屋にジェイドがやって来ていた。肩の怪我は今や影も形もなく、ロックはいつもよりはるかに元気だ。


「サーカスのチケットっ!?」


 椅子に座っていたロックが思わず、ジェイドの方に前のめりになる。


「ロックの退院祝いにと思いまして」


「気を遣うなって言いたいとこだけど、サーカスのチケットなら別だ!俺、サーカス見たかったんだよな」


 大はしゃぎのロックを見て、ジェイドは心底嬉しそうに目を細めている。この頃、ジェイドは表情が豊かになったなとロックはしみじみ思う。


――なんか丸くなったよな。


 正直、第一印象は頑固で無愛想という感じだった。口調もキツく、協調性のないジェイドをロックは何となく苦手だと感じていた。けれど、今のジェイドは少しづつではあるが、柔らかくなって来ている。


「何です?急に黙って」


「いや。ジェイド、丸くなったなって」


「そうでしょうか。私は別に」


 ジェイドがキョトンと首を傾げる。


「その調子でいけば、モロとも仲良く出来るんじゃないか?」


「私はあのキトゥンブルーと馴れ合うつもりはありません」


 キッパリと断言したジェイドの表情があからさまに不機嫌になる。歓迎会の時も一言も言葉を交わしていなかった二人は相変わらず、仲が悪い。というか、相容れないようだ。ちなみにキトゥンブルーとはモルドレッドの青い瞳と子猫の青い瞳をかけた皮肉めいた呼び名で、ジェイド的には未熟者といった意味合いらしい。


――とか言いつつ、チケットは用意してんのな。


 何だかんだでジェイドは優しいのだなと改めて、ロックは思った。


「ロック、チェイスがご飯、出来たって」


 コンコンとノック音の後にマティアスが部屋のドアを開けた。寝起きのマティアスの髪はいつも以上にクセっ毛になっている。意識がまだ完全に覚醒していない、紅蓮色の目がじぃっとジェイドの方を見る。


「ジェイド、それは?」


「サーカスのチケットです」


 ジェイドの言葉にマティアスが分かりやすく、目を輝かせた。あどけなさの残るマティアスの顔がいつものように可愛く、ロックは不覚にもドキッとしてしまう。


「いつ?」


「今日です」


「そう。じゃあ、みんなにも伝えてくる」


 フワフワとした寝癖混じりの髪を靡かせ、マティアスは部屋から出て行った。足取りの軽いマティアスの背中からは嬉しそうな雰囲気が漂っている。


「彼はもう少し冷めていると思っていましたが、意外と子供っぽいのですね」


「そうか?まぁ、大人びてんなとは思うけど……」


 ジェイドと一緒に部屋を出たロックは、マティアスに言われた通り、食堂へと向かった。汚れ一つない、綺麗な廊下は清潔感があり、清々しい朝にはピッタリである。


――前々から思ってたけど、いつ掃除してるんだろ。この艇内……。


「おーす。お二人さん」


 ロックがそんな事を考えていた時、モルドレッドがいつになく陽気に声をかけてきた。「おはよう」と返すロックに対し、ジェイドは少し困ったように「おはようございます」とぎこちなく返した。


「んだよ。別に喧嘩売りに来た訳じゃねぇよ」


「……分かっています」


 言葉とは裏腹にモルドレッドに疑惑の視線を向けるジェイド。仕事のせいか、自然と手がレイピアの柄を掴んでいる。何とも分かりやすい、警戒体勢にロックはため息を吐く。


「いや、分かってないだろ。つか、朝からやり合うつもりはねぇって言ってんだろうが」


 モルドレッドがライオンのようなボリュームのある、自身の髪をわしゃわしゃとかいた。


「ジェイド、手」


「……失礼」


 ロックに言われ、ようやく事態に気付いたジェイドが柄から手を離す。


――やっぱ、無自覚だったのか……。


「ったく。お前、いっつも気ぃ張ってっと、その内倒れんぞ」


「平気です。これくらい何て事ない」


「そーですか。そりゃ、悪うございました。これだから、ジョックは……」


 モルドレッドがベッと舌を出す。一方のジェイドはモルドレッドの態度にムカついたのか、ムッと眉を顰めている。


「茶化さないでくれますか?」


「短気すぎ。すぐキレんなって」


「貴方のせいでしょう」


 ジェイドの言葉に「そうだったか?」とはぐらかすモルドレッド。どうやら、本当に喧嘩をする気はないらしい態度にジェイドは更に警戒の色を見せる。


「……いきなり何ですか?少々気味が悪いのですが」


「…別に。いい年した大人が喧嘩ばっかってのも、かっこ悪りぃなと思っただけだ」


 真剣みを帯びた、モルドレッドの声にジェイドの目が揺らぐ。


「ま、慣れねぇ事はしねぇもんだな。さっきからむず痒いわ」


 「つー訳で、お先に」と一方的に会話を終わらせると、モルドレッドがジェイドの傍を通って行った。


「モルドレッド」


 ジェイドの声にモルドレッドが足を止める。まさか、呼び止められるとは思っていなかったという表情のモルドレッドがジェイドの方を見た。


「この間は、本当に申し訳ありませんでした」


「………はぁ?お前、いつの事言ってんだよ。つか、謝ってくんな。気持ち悪りぃ」


 先程とは打って変わって、早口でジェイドに毒を吐くモルドレッド。らしいと言えばらしいが、何とも早い切り替えにあ然とするロックとジェイド。折角、まともに話せていたような気がしたのにと少し残念に思う。


「おいおい……」


 そこに一部始終を見ていたであろう、チェイスが現れた。頭を抱え、呆れた顔をしているチェイスは「何でそうなる」と言わんばかりにモルドレッドを見ている。


「諦めろ、チェイス。あの二人はこのままでいいじゃん、な?」


 微かな希望を打ち砕かれたチェイスの肩に手を置き、ロックが慰める。そんなロックにチェイスは薄らと涙を浮かべた目で柔らかく微笑んだ。


「朝っぱらから騒がしいな」


 茜色の長髪を靡かせ、いつも通りかっこよく登場するガドール。スカウターの付いていない左目が鬱陶しそうにロック達を見ている。


「おっす、ガドール。聞いてくれよ、こいつがさ……」


「分かった分かった。後で聞いてやるから、先に飯食おうぜ」


 くわっと大きなあくびをして、ガドールは食堂へと入って行った。その後に続いて、廊下にいたメンバーも食堂へと入っていく。


「おはよーさん」


「おはよう、ガドール」


 食堂にはクルッカとマティアスがいた。少し眠た気に目を擦り、ガドールを見上げているクルッカに朝からロックはときめいてしまう。


「おーす。お前ら、朝から癒しだな。何か和むわ」


「そう?何もしてないけど」


 首を傾げるマティアスを愛おしそうに眺めつつ、モルドレッドがマティアスの隣の席に座った。今ではそこがモルドレッドの定位置となっている。


「しっかし、いつも思うがここの食事はちゃんとしてるよな。おまけに美味いし」


 モルドレッドが目の前に置かれている皿をまじまじと見て、言った。本日の朝食はポーチドエッグにキャベツと玉ねぎのサラダマリネ、かぶとベーコンのミルクスープだ。

 ちなみに今日の食事当番はチェイスである。


――みんな、料理上手だな。


 ロックはナイフでポーチドエッグを切り分けると、フォークを使って、それを口に運んだ。

 食事当番は一週間で交代制となっていて、ジェイドを始め、ここにいるメンバーは料理の腕が半端ないのだ。


「ちなみに来週はお前だからな、ロック」


 一仕事終えたチェイスが淹れたてのコーヒーを優雅に啜りながら、ロックに言った。マグカップの端からちらつく瞳がイジワルそうにロックを見ている。


「こいつはやめといた方がいいぞ。ダークマターしか作れねぇから」


 ロックの隣に座っていたガドールがフォークの先をこちらに向ける。


「料理が出来ない……のですか?」


「……はい」


 ジェイドの「ありえない」と言わんばかりの刺さる視線に耐え切れず、ロックは顔を伏せた。帽子を持ってくればよかったとこれ程後悔したのは初めてだ。


「仕方ないですね。君の当番の時は私が手伝いましょう」


「俺も手伝う」


 パンを頬張っていたマティアスがニコッとロックに微笑む。


「ありがとう、二人とも」


 優しい二人にロックは頭が下がる思いだった。


「へぇ〜、あの堅物が手伝い……。ロック、お前相当気に入られてんだな」


 皮肉混じりにモルドレッドが言った。しかし、先程とは違って、ジェイドは食ってかからない。それが気にくわなかったようでモルドレッドはバスケットの中のパンを勢いよく取った。


「けっ。気取りやがって」


「別に気取ってなど……」


「うっせぇし」


 ご機嫌ななめなモルドレッドはパンにかじりついた。その様子は肉を貪るライオンのように荒々しい。


――仲良くすりゃいいのに。


 ロックは火花を散らし、睨み合っている二人を眺めて、短いため息を吐いた。


―――――――――――――――――


 朝食後、ロック達は王都の一角の広場へとやって来ていた。


「おい、前見て歩け。危ないぞ」


 辺りをキョロキョロと見渡しているクルッカにガドールが釘を刺す。その後ろでは、チェイスとマティアス、モルドレッドがジェイドに注意されていた。普段落ち着きのある三人が浮かれるのも無理はない。


「すっげぇ!!」


 目の前に広がる、赤々とした大きなテント。あちこちから流れてくる、軽快な音楽。そして、これから何が始まるのかとキラキラと目を輝かせている人々。


「ロック、君も落ち着きなさい」


「わ、悪い」


「まぁ、喜んでくれたようで何よりですが」


 ジェイドは独り言のようにボソッと呟くと、先頭にいるクルッカとガドールの方に目をやった。楽しそうに頬を赤く染めているクルッカにクールにきめているガドール。傍から見れば、まるでカップルのようだ。


――……超絶美男美女カップル。


 そんな二人を見て、楽しかった気持ちは一気に消えていき、ロックの胸はズキリと傷んだ。負けないと意気込んだクセに負けっぱなしな自分が情けなくなってくる。


「ロック?」


 不意に声がして、ロックが顔を上げるとそこにはクルッカがいた。綺麗なレモン色の瞳とロックの灰色の瞳が互いを見合う。


「何、ボーっとしてんだよ。とっとと行くぞ」


 キョトンとしているロックにガドールがぶっきらぼうに言った。それを聞いたジェイドは「いってらっしゃい」と一声だけ残し、後ろにいるマティアス達の方に行ってしまった。


「ほら、行こう」


 クルッカの手が迷う事なく、ロックの手を掴んだ。あまりにも自然な行動にロックの思考回路は停止しかける。


「だらしねぇ面」


 色々な感情が入り混じって、ロックはどういう顔をしていいかが分からなかった。今、自分がどういう顔をしているかさえ、分からない。が、ガドールの呆れ顔を見て、ロックはようやくどんな顔をしているかを理解した。


――嬉しいんだから、ニヤつくだろ。普通……。


「えっと、席は……」


「貸せ。……おっ!すげぇいい席じゃねぇか」


 ガドールはクルッカの持っていたチケットの座席を見ると、口笛を吹いた。チラッと見えたチケットには最前列の座席が書かれていた。


「こっちか。はぐれんなよ」


「御意」


「久々に聞いたな、それ」


 人の群れをかき分けながら、三人の会話は進んでいく。


「にしても、大人ばっかだな」


「そりゃそうだろ。サーカス見に行く暇なんて、普通の奴らにはねぇよ」


「マティアス達、大丈夫かな」


「ジェイドがいんだから、大丈夫だろ」


 そうこうしている内にロック達は自分達の座席に辿りついた。サーカスを見るためだけの席にしては少々豪華な座席に三人は目を丸くした。他の座席は長椅子の中、最前列のここだけに王座のような椅子が並んでいる。


「さっすが、ジェイド」


「よっぽど喜んでほしかったんだね、ロックに」


 座席を眺め、呆れたような声色のガドールは迷う事なく椅子に座った。王座のような椅子にガドールが座っただけだというのに、周りの空気はガラリと変わる。先程からガドールを見ていた女達がさらに熱い視線を送る。


――ハーレムだ。


 ガドール本人も気付いているくせにあえて、気付いていないように振るまっている。長年の経験から、ああいうのは相手にしないと決めているようだ。それ以前にガドールはクルッカにしか興味がないのだ。


――……同じ人種なはずなのに、何でこうも違うんだ。


「ロック、さっさと座って下さい」


「うわっ!?」


 ボーっとしていたロックはビクリと肩を揺らした。見ると、そこには心做しか、不機嫌そうなジェイドが立っていた。何となく心当たりのあるロックは「すいません」と謝る事しか出来ない。


「謝りすぎ」


 そんなロックを哀れに思ったのか、ジェイドの左側に座っていたマティアスが言った。先程とは打って変わって、落ち着きを取り戻したマティアスはロックを見て、微笑む。


「ロックはロックなりにやればいいよ」


「マティアス……」


「貴方、意外とませてますね」


「意外とって?」


 ムッと不服そうにマティアスが眉を顰めた、その瞬間。パチンっと小さな音と共に辺りから光が消えた。いよいよ、サーカスの始まりだ。


「Ladies and gentlemen!ようこそ、夢の世界へ」


 スポットライトの降り注ぐリングの中央にいるピエロが大きく両手を広げる。白塗りのピエロの仮面をした、その人物はピエロには珍しく、とてもスレンダーだ。


「ここは魔法も科学もない世界。ありえない事が当たり前に起きてしまう、まさに夢のような世界。さぁ、忌ま忌ましい現実はほっぽいて、我らと一緒に楽しみましょう」


 オールドローズ色の髪を靡かせ、ピエロはリングの端へとはけて行った。


「まず、ご覧にいれますのは、猛獣使いと猛獣による曲芸です」


 ピエロが目の前にある紐を引いた瞬間、リング上に一匹のライオンが飛び出して来た。牙をむき出し、ギラつく瞳で客席の方を見ている。最前列のため、迫力が半端ではない。


「猛獣使い――獣王の登場だ!」


 先程、ライオンの出て来たカーテンの紐をピエロがもう一度引いた。勢いよく開かれたカーテンの向こうにはピエロ同様、仮面を付けたスーツ姿の男が立っていた。

 身長は190cmくらいだろうか、かなりの長身だ。腰まで届きそうな程の長い灰色の髪は獣王が動く度に揺れている。


「お集まりの皆様方、ご安心を。あの猛獣は私の支配下にあります。皆様方に危害を加えるような事は決してありません」


 低く、通った声で獣王が言い放つ。その声に反応して、低く唸り声を上げているライオンが獣王の方を見た。「獲物が来た」と言わんばかりの目に観客は小さく声を上げる。

 鞭も何も持っていない獣王は仮面越しにライオンを見ると、恐れる事なく、自ら歩みを進める。コツコツと観客の不安を煽るように獣王の靴音が響く。


「Let's play!」


 ピエロがパチンと指を鳴らしたのは、ちょうど獣王がリングの中央にやって来た時だった。それが合図だったかのように身構えていたライオンが獣王に飛びかかった。

 ライオンの爪がリングの床を抉る。獣王はライオンの爪から逃れるため、宙へと跳んだ。華麗な獣王の動きはまるで舞でも舞っているかのようだ。


「かっこいい……」


 ガドールに熱い視線を送っていた女達の目が今度は獣王に釘付けになる。女達は悲鳴を上げる素振りも見せず、黄色い声援を送り始めた。これではサーカスというよりも、コンサートだ。


「うるさい」


 マティアスが紅蓮色の目で後ろを睨み付ける。けれど、暗がりのせいで女達は全く気付いていない。その事にイラッとしたマティアスはホルスターの中から一本のナイフを取り出し、後ろへ投げた。

 ロックとジェイドが止める暇もなく、鮮やかすぎるナイフ投げに飛んで来たのは、声援でも悲鳴でもない、沈黙だった。


「やっと静かになったな」


「そうだね」


「そこ、スルーすんなよ!ツッコめって!」


 ロックが右隣にいるクルッカとガドールにツッコんだ。その一方でジェイドもチェイスとモルドレッドにツッコんでいた。

 そんな二人を当の本人であるマティアスは愉快そうに眺めている。


「お前の事だからな」


「貴方の事ですよ」


 マティアスを指差し、ロックとジェイドが同時に言った。最近、息の合う二人にマティアスは嬉しげに微笑む。無邪気で悪気のない笑顔にロックとジェイドは何も言えなくなる。


――分かっててやってるだろ、こいつ。


 言いたい事はまだまだあったが、ロックはぐっと言葉を飲み込んだ。今はマティアスの件よりも、サーカスを楽しもう。ロックがそう自分に言い聞かせていた時、突如として観客から悲鳴が上がる。

 何事かとリングの方に目をやると、そこにはライオンに押し倒された獣王がいた。先程まで軽快に動いていた足は、二、三度痙攣した後、力なく床に落ちた。


「なっ………!」


 ロックは驚きのあまり、椅子から立ち上がる。その拍子にふわりと香る、血のニオイ。そして、リング中央に広がる鮮血――。

 それを見た途端、会場は阿鼻叫喚の巷と化した。観客は席を立ち、我先にと出口に向かって走っていく。


「胸くそ悪りぃ……」


 リングを見つめていたガドールが不意に呟く。茜色の長髪のせいで表情は一切見えないが、声色から怒っている事が分かる。


「よく見ろ、この節穴共が!!」


 ガドールの怒号が雷を起こし、テントに付いている照明に当たった。バチバチっと音を立て、照明が一斉につく。キューを出すのも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりのガドールを一瞥し、改めてリングの方に目をやった。

 リング上には、獣王が何事もなかったような様子で客席を見て、立っていた。その足元には、ピクリとも動かなくなったライオンが転がっている。


「何で……」


 ワァーッと会場中が歓声に包まれる。出口に向かっていた人々はその場で拍手をし始めた。獣王は長身を曲げ、恭しく頭を下げている。


――武器も何も持ってないのにどうやって……。


 ロックはリング上で片付けられているライオンに目をやった。特に目立った外傷はない。


「ふんっ……」


 ドガッとガドールが席に着く。先程の一件から不機嫌になった様子のガドールにロックは違和感を覚えた。いつものガドールなら「面白い」と言うはずの演出に、何故不機嫌なのだろうか。

 しかも、それはガドールだけでなく、クルッカ、ジェイド、チェイス、マティアスの四人も少し様子がおかしい。

 ロックは席に着くと、まじまじとリング上にいる獣王を見た。


――どっかで見た気がするんだよな……。


「………」


「っ!!」


 不意に獣王と目が合い、ゾクリと背筋が凍る。仮面の下から覗いている、ココナッツブラウンの瞳は数日前、病室で見た男のものだった。


――――――――――――――――


「ロック、どこへ行く気ですか」


 テントから出ようとしたロックの腕を、追って来たジェイドが掴んだ。


「分かってるくせに聞いてくるのかよ」


「何の事ですか?」


 キョトンとしているジェイドに拍子抜けするロック。


「私はただ、リング上にいる知り合いに腹を立てていただけですが」


「知り合い?」


「あのピエロですよ。チェイスもクルッカも気付いています」


 ジェイドの言葉にロックの脳裏にスレンダーなピエロの姿が浮かんだ。


――てっきり、ジェイドもあいつの事かと思ってた……。


「全く、いつまで経ってもチャランポラなんですから」


 腕を組み、ため息を吐くジェイド。話によると、ピエロはジェイド、チェイス、クルッカの幼馴染でトレジャーハンターをしていたそうだ。


「それでロックはどこへ?」


「俺は獣王のとこだ。あいつに聞きたい事がある……」


「ほぉ。それは手間が省けるというものだな」


 不意に誰かの声がして、ロックが振り返ると、そこには長身の男――獣王が立っていた。先程着ていたスーツとは違い、真っ白な服に身を包んだ獣王がゆっくりとこちらに歩み寄って来る。


「初めましてっとでも言っておこうか、オールマイティー」


 紫色のフレーム眼鏡を押し上げ、獣王がロックを見据える。ロックは不躾にこちらを見てくる獣王の瞳に威圧的なものを覚えた。


「何なんだよ、そのオールマイティーって」


「知らないのか。どんな教育を受けてきたんだか……」


「私の友人を罵倒する事は許しません」


 ジェイドは腰からレイピアを抜くと、剣先を獣王に向けた。


「ジェイド=ミラーか。貴様に用はない」


 獣王がパチンッと指を鳴らした、その瞬間、シュンッと風を切る音と共に見覚えのあるナイフが飛んできた。


「……マティアスか」


「どういうつもり?ゼータ」


 ドスの効いた、低い声でマティアスが獣王――ゼータに尋ねた。普段のマティアスからは想像もつかない、恐ろしい程の殺気を帯びた瞳がギロリとゼータを睨み付ける。

 ゼータ=レオニード、最年少で国家試験に合格したという大賢者だ。


――こいつが、ゼータ=レオニード……。


「ロックに何する気?」


「悪いが君に言う義理はない」


「なら、聞き出すまで」


 マティアスはタンッと地面を蹴る。小さなマティアスの体は弾かれたボールのようにゼータに迫り、ゼータの頭上で足を振り上げた。マティアスのブーツの踵から鋭い刃が飛び出す。


「実力行使か、面白い」


 マティアスの攻撃を軽くかわし、ゼータが言った。そこへすかさず、ジェイドのレイピアがゼータに斬りかかる。軽快なリズムでジェイドがゼータに鋭い突きを御見舞いする。華麗な動きに靡く髪が綺麗でロックは思わず見入ってしまう。

 二人の同時攻撃に流石のゼータも焦り始めた。どこからともなく飛んで来るナイフとレイピアの凄まじいコンボの末、マティアスとゼータが対峙する。


「マティアス、やはり強いな」


「嬉しくない。というか、余裕なのが腹立つ」


 マティアスの紅蓮色の目がゼータを見上げる。上目遣いというには目つきが鋭く、目に宿っている光には先程よりも強い殺気が込められている。


「ロックに何かしたら、許さない」


「そんなに気に入っているのか。それはそいつがオールマイティーだからか?」


「違う。ロックは俺の親友、だから」


――マティアス……。


 はっきりとそう言い切ったマティアスにロックは嬉しくなって、泣きそうになった。そんなロックに気付いたジェイドが「もちろん、私もですよ」と小さな声で囁いた。優しい声と眼差しにロックの目が潤む。


「貴方、バネッサと組んでいるのですか?」


「バネッサの知り合いか」


「腐れ縁なだけです」


 バネッサというのは多分、あのピエロの事だろう。バネッサの名前が出た途端にジェイドはムッと眉を顰めた。あまりいい思い出がないみたいだ。直感的にロックはそう思った。


「酷いなぁ、ひさしぶりの再会なのに」


「……バネッサ、何の用だ」


 不愉快そうにゼータが見た先には、オールドローズ色のセミロングをしたバネッサ=ジンライムがいた。身長はロックより少し低めな170cmくらいだろうか。


「ゼータも酷くない?仲間でしょうが」


 赤橙色の瞳は言葉とは裏腹に嬉しそうに輝いている。


「おっ!初めまして、ロックん」


 ニカッと屈託のない笑顔を浮かべ、ロックに手を振るバネッサ。殺伐としていた空気をもろともしないバネッサにロックは「はい?」と間抜けな声を上げてしまう。


「へぇ〜。写真よりも可愛いじゃん。こりゃ、もう1人も期待大だわ」


「バネッサ、邪魔をしに来たのか?」


「あんたがチンタラやってるから、ヘルプに来てやったんだよ」


 バネッサはそう言うと、地面を蹴った。次の瞬間、ロックのみぞおちに痛みが走った。金属で殴られたような、重い一撃にロックの視界は眩む。


「ロックんはもらっていくよ」


「ロック!!」


「待て、バネッサッ!!」


 ジェイドの言葉を最後にロックは意識を失った。


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