プロローグ 神と世界とヴァンパイア
それは禁断の果実を食べた二人の神の子の話。
神の怒りを買い、楽園を追放された神の子――アダムとイヴは果実から与えられた知恵を携え、辺境の地に隠れ住んでいるヴァンパイア達に楽園に帰れるよう、協力してほしいと頼んだ。初めこそ、耳を貸さなかったヴァンパイア達だったが、アダムとイブの巧みな言葉と積もりに積もった神への不満からとうとう、その手を取ってしまう。
――さぁ、神に鉄槌を。
アダムの一言で、ヴァンパイア達は楽園へと乗り込んだ。
――我らに久遠の楽園を。
イブの一言で、神はあっけなく殺されてしまった。
無事、楽園を取り戻したアダムとイブは協力の褒美として、ヴァンパイア達に人間と同じように暮らせる世界を創り変えた。新たなる世界――エデンは、その名の通り、楽園になるはずだった。
創り変えられた世界はひょんな事から意思を持ち、アダムとイブに代償を求めた。結果、力の半分を差し出す事となった二人は、神をも殺したヴァンパイア達を恐れるようになった。
――粛清だ。
アダムの命に人々は立ち上がる他ない。相手は世界の創造主にして、神の子だ。逆らえば、どうなるかなど、考えるまでもない。
――これは運命だ。
イブの命でヴァンパイアと人々の殺し合いが始まった。彼らは犠牲を厭わない。運命という清らなる言葉で虚飾した、彼らの気まぐれによる殺生は止まらない。
――お前達は神なんかじゃない。
そんな中、とあるヴァンパイアがその身を擲つ覚悟で単身、楽園へと乗り込んだ。
――楽園は神へ返す。
そのヴァンパイアは楽園への鍵となるクリスタルをダミーと共に世界にばらまいた。これにより、ヴァンパイア達と人々の殺し合いは収束するかのように思われた。
だが、再び楽園から追放されたアダムとイブが大人しくしているはずもなく、二人はエデンの人々に呼びかける。クリスタルを集めた者には、褒美として、楽園へ住む権利と一つだけ望みを叶えてやる、と――。
その言葉に目の眩んだ人々は、クリスタルを求め、再び武器を取る。
――誰か、助けてくれ。
殺し合いは終わったというのに、人々は止まらない。やっと掴んだ平和を壊してでも、叶えたい願いの為に人々は奪い合う。救いを求めて、もがくそれを踏み潰しながら。
――蝕む者に鉄槌を。
しかし、そんな人々に救いの手は突如として現れた。それは――世界だった。
世界は人々の心を蝕んでいる、アダムとイブの呪縛から人類を守ろうと、代償で奪った彼らの力を一部の人間に分け与えた。
――人々の心を蝕んでいるモノを取り除いてほしい。
力を与えられた者は世界の願い通り、その力を行使し、人々の心を蝕んでいたモノを取り除いた。それにより、人々はようやく武器を捨てる事が出来た。
こうして、世界は平和になった。しかし、アダムとイブの脅威が去った訳ではない。彼らは今も世界を彷徨っている。帰り道の分からない、子供のように。
それを知っている世界は、粛清を逃れたヴァンパイア達を保護し、誰にも見つからない場所へと隔離した。
アダムとイブの最大の被害者であるヴァンパイア達は、今も生きている。終わりなき、人生の中で彼らを呪いながら。
これはそんなヴァンパイア達の悲劇の記憶。そして、今に続く物語。おとぎ話のように人々に語り継がれ、誰もが嘘だと嘲る、真実の物語。
久遠の楽園を巡り、生みの親さえも手にかけた、哀れで罪深き神の子は果たして、真の神となり得るのか。
――全てはここから始まった。