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黄昏色の少女  作者: 多景千紗
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救いの手と別れ




男は軽々と瓦礫を傍へと放っていく。

さすがに男と、フィーエルのような女子供では力が違うらしい。

男も見た目ではひょろりとしているのに、フィーエルと少女を足して、さらに倍にしたような速さだ。衣服も豪華だし、もしかすると貴族なのかもしれない。そうだったとしても、それでもこの状況では関係なく、男手があることを感謝するぐらいしかできないのだが。


「おい!とりあえずこの火の海からずらかるぞ!」


男が少女へと声をかける。

少女は気丈にも、ぐったりとしている兄の手を離し、男へと預けた。


結局、その少年を助け出した時には炎は目前へと迫っていた。

男はさっさと少年を担ぎ、駆け出したが、フィーエルは一瞬躊躇してしまった。

妹を置いてはいけない。

けれど、それを察したようにきゅっとフィーエルの裾を掴んだ少女の縋るような目を見て、頭を振り、フィーエルも少女を背負い、男の後を追う。


今すべきことは、この小さな命を救うことだ。

何のために、妹が命を懸けて戦っているのかを一番理解しているのはフィーエルでなくてはならない。


「―――待っていて、アル。」


「……おねーちゃん……?」


フィーエルの背にしがみつく力が強くなる。

ずいぶん懐いてくれたようで嬉しいが、いつだって、フィーエルの一番はアルティシアだ。アルティシアがいたから、今までどんなに辛くても乗り越えることができた。

いつもいつも、夜に出かけては危険なことをしていることくらい、フィーエルにだってわかるのだ。

すぐに自分を犠牲にしがちな妹を、連れ戻なければ。アルティシアが犠牲になる必要などどこにもないのだから。


男の足が止まる。

いつの間にか、随分の距離を走っていたらしい。

フィーエルが隣町から帰ってきた方とは別の、街の外へと出ることができる門の周りに人々が群がっているのが見えた。

今までに見たこともないような量の人々に、フィーエルは圧倒されたが、少年をゆっくりと下ろした男の声で我に帰る。


「…そーいや名前言ってなかったな。俺はナート。ナート・ヴァイ・エルスだ。一応子爵の位を与えられている。この街を、通りかかったのは偶然だったんだか…。」


「それはお気の毒なことでした。私はフィーエルと申します。しがない町娘ですわ。それで、エルス様はこのまま街を出られますか。」


フィーエルも、少女を地面へ下ろす。少年とは違い、しっかりと自分の足で立ち、すぐに少年の所へと駆け寄った。

少年の顔色はあまりにも悪かった。

フィーエルは医療など全く知らないため詳しくはわからないが、もしかすると何本か骨が折れているのかもしれない。


「ナートでいい。堅苦しいのは好きじゃない。…とりあえずこの街を出て隣町のサドか、その次の街で少し滞在してから、王都の方へ行く。心配しなくても、あんたもこいつらも何かの縁だ。一緒に連れて行ってやるよ。俺の従者が外で馬車を待たせているはずだ。まぁ、あんたら以外も乗せられるほど、立派なもんじゃないから、隠してある場所まではこっそり動かないといけないが。」


確かにこんな人だかりの真ん中に馬車など用意すれば、どんな事態になるか想像に難くない。

少女が少年の手を握りながらフィーエルを見上げる。

なぜか、その光景にアルティシアを思い出し、少し笑った。

小さい頃、少し生意気な風にフィーエルのことを見上げていた妹は、いつの間にか、フィーエルを見下ろすようになってしまった。


――――その瞳を、薄暗い炎で激しく燃やしながら。


フィーエルは、ナートに向き直り、ゆっくりと頭を下げた。


「助けてくださって、そして馬車に乗せると言ってくださって、感謝の念が絶えませんわ。……けれど、」


「けれど?」


「誠に申し訳ありませんが、辞退させていただきます。」


ナートが目を見開く。おそらく、喜ぶことは想定していても、まさか断られるなどとは思ってもみなかったのだろう。


「なぜ…?」


「…私の家族は向こうにおりますから。」


先程走ってきた方角を指差す。


「妹が…まだ。迎えに行かねばなりません。」


「自殺行為だ!あの場に戻るなど…。まだあの化け物はあの場で暴れているんだぞ!今は誰かが食い止めてくれているが、一人二人で抑えられるような魔獣じゃないだろう…。ここにだっていつ来るか。」


「それが、私の妹なのです。」


ナートは、何を言われたのかわからない様子で、フィーエルを見た。


「妹が一人で戦っているというのに、姉の私だけ逃げるわけにはいきません。そんなことをしてしまえば、私は一生自分を許すことなどできず、自分を呪い続けなければならない。」


呆然としたまま、死ぬつもりか、と小さく呟いたのが聞こえた。

それは問いのようであり、ただ口に出てしまっただけのようにも思えた。

フィーエルは、微笑んだ。

もとより、妹が死んだ時、この街の人々の大半が死ぬ。自分もその中に含まれていたとしても、それ程結果は変わらないだろう。


「この子たちのことは、言ってくださったことそのままに。」


「……わかった。他には何か俺に頼みはあるか…?」


「…我儘を許してくださるならば、全てが終わった後に、もしも私に何かあり、妹が生き残っていた場合、妹のことをお願いしたいのです。」


必ず受け取りに行きますので。

そう言うと、ナートはしっかりと頷いた。


「ちなみに妹殿の名前を聞いてもいいか。もしも違うやつが来た場合に間違っても困るからな。」


「ええ、確かに。アルティシア、ですわ。」


「…なるほど。了解した。」


よろしくお願い致します、ともう一度頭を下げた。そして顔を上げると、この少しの間に馴染んでしまった、裾を引っ張る感覚がする。

目を向けると少女が「おねーちゃん」と小さく呼んだ。

少女の目の高さに合わせて屈むと、いっぱいに溜まった涙が一筋こぼれた。

それを指で拭ってやると、またぽろぽろと溢れてきて、フィーエルの指までも濡らした。


「行っちゃうの……?」


「賢い子。お名前は?」


「サン…。」


「では、サン。あの男の人の話をよく聞いて。お兄ちゃんを大切に。」


こくりと頷く。

それを確認すると、フィーエルはサンの頭を撫で、


「あなた方に、神の祝福があらんことを。」


最後にそれだけを言い、駆け出した。







日が傾きだしたのを横目に見ながら。









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