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黄昏色の少女  作者: 多景千紗
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姉と妹


「アルティシア!アル!どこにいるの!」


フィーエルが呼んでいる。

夢を見ていたアルティシアは、くすりと笑った。姉は十年前から変わらない。


いや、少しも変わらないというのは間違いだろう。

フィーエルはアルティシアのいない場所でよく泣くようになった。

その代わりとでもいうように、アルティシアの前ではよく笑い、十年前から変わらずに笑う。

アルティシアがそのことに気づいたのは十年前の父と兄がいなくなり、一週間が経った頃だった。





「…フィーエル、アルティシア。しっかり元気で過ごすんだよ。アルティシアはフィーエルを困らせないように。フィーエル、アルティシアを頼む。」

父は笑っていた。


母はアルティシアが四歳の時に亡くなった。

それからアルティシアとフィーエルを育ててくれたのは、間違いなくこの不器用で優しい父だった。

フィーエルは幼いながらも、アルティシアを守らなければ、とでも思ったのか、しっかりした家族想いの良い子に育った。

しかし、アルティシアはというと、男勝りの破天荒少女となってしまったのだった。

自分の育て方が悪かったのか、と嘆く父の姿をアルティシアはくすくすと笑いながら見ていたものだ。


そんな幸せだった時も終わる。


兄は泣いていた。

優しくて強い兄だった。

いつもフィーエルと喧嘩になるのを止めてくれた。

たまに油を注いでいることもあったけれど。


「フィーエル、アルティシア。…二人でも…仲良く、ね。」


最後言ったことも、優しい兄らしくて、アルティシアの顔が歪む。

フィーエルは涙を隠すことなく、しかし、しっかりと「お約束します。」と言った。


「何かあれば、隣のステラさんを頼りなさい。じゃあ……行ってくる。」


父の笑顔が少し震えていることに気づいたのはその時だった。

しかし、気づいてもアルティシアには何も言うことができない。

少し悲しそうな笑顔を残して、去っていく父と兄を見つめる。

アルティシアは、「生きて…」と小さく呟いた。



ーーー生きてさえいてくれれば…



ーーーきっと、私が。



しかしその声が届くことはなかった。


フィーエルがアルティシアの目の前で泣いたのはその日が最後。

それからしばらくした頃に、フィーエルがステラという隣の家のおばさんの胸で泣いているのを見た。



ーーー生きてさえいてくれれば…



アルティシアの瞳に炎が宿る。



ーーー私が、助け出してみせる。



父も兄も、そして姉の本当の笑顔も。

幸せだった時間全部を取り返すために。


そのために、アルティシアは、父の机に残されていた銃を手に取ったのだった。






「もう!いつになったら、あなたは私の言うことを聞くの!危ないから降りなさい!」


フィーエルに見つかったようだ。

十年前よりは、危なげなく身軽にひょいと飛び降りる。

綺麗に着地できたのは、服のせいもあるかもしれない。

今アルティシアは兄の服を着ていた。


「まったく…十八にもなってそんななのはあなただけよ。良い加減女の子らしくして、良い男の子を見つけてちょうだい。」


なんて難しい注文だろう。

こんな、少し見ただけでは男か女か分からないような奴を目に留める奇特な男性がいるのなら、見つけて、と言わず連れてきて欲しいものだ。

アルティシアは自分のことをよく理解していた。


「もとは良いのに、そんななりをしているから男が近寄ってこないのよ?」


そういうフィーエルは、同じ親から生まれたとは考えられないほど、綺麗でふわりとしたドレスがよく似合う。

あまり高くはないドレスもフィーエルが着ると令嬢が最新の流行を取り入れているように見えるのだから羨ましい。

アルティシアはふん、と鼻を鳴らした。

こんな姉に、もとは良い、なんて言われても嫌味にしか聞こえない。


「どうせ、寄ってきてもこの性格に呆れて一週間も持たないよ。それにこの服の方が動きやすい。銃も使いやすいしね。」


投げやりに答える妹にフィーエルは溜め息をつく。

昔はこれほどまでに女という性別から離れた存在ではなかった。

妹が変わってしまったのはやはりあの日。

父と兄がいなくなってから、アルティシアはまるで父と兄の代わりを自分で補おうとでもしているようだ。

今日は休みだが、いつも朝と昼は金を稼ぐために仕事に出かけ、帰ってくると家事を手伝い、夜遅くにまた出かけて行く。…銃を持って。

どこへ行っているのかは知らない。

尋ねてもはぐらかされ、それならとこっそりついて行った事もあったのだが、うまく撒かれてしまったのだ。

毎日そんな妹を見るたびに不安になる。

いつか父や兄のようにアルティシアもどこかへ行ってしまうのではないか、と。

だからこそ、女の子らしくなって欲しいのに姿も性格も男らしくなっていく一方だ。

言葉づかいさえ、ぶっきらぼうになってしまっている。


「まったく…。でも、その髪だけはいつもちゃんと手入れしているわよね。」


少女らしさが抜け落ちてしまった姿の中で、ひとつにまとめ結んでいるとはいえ、その黄昏色の髪だけはいつも美しい輝きを放っていた。


「…まぁね。父様と兄様が褒めてくれた髪だから。」


フィーエルは一瞬何と言えばいいか分からなくなってしまう。

それを見たアルティシアはくすりと笑った。

この姉は真面目で賢く女性らしく、…そして優しすぎる。


「姉様も怒るばっかりじゃなく、私のこと褒めてくれたら言うこと聞くかもよ?」


フィーエルは片眉を上げ、ふっと笑ってから怒ったように唇を尖らせた。


「生意気。お姉様に褒めてもらいたいならそれこそ言うことを聞きなさいよ。今のアルのどこに褒める要素があるの。」


家の中へ歩き出した姉に小走りで追いつく。


「えぇー酷ー。これでも頑張ってるのにー。」


フィーエルも本気で言っているわけではないが、少し言いすぎたかしら、と罪悪感を感じてこほん、とわざとらしく咳をした。


「…そうね。頑張っているのは認めるわ。あと…あなたは美人なんだからそれなりの格好をしないともったいないと思ってるだけよ。アルにはきっと白いドレスが似合うわね。その髪によく映える。」


姉の耳がうっすらと染まっているのを見て、アルティシアは嬉しくなる。

さっきとは違い、嫌味になど少しも感じなかった。

フィーエルのこういう素直じゃないところがアルティシアのお気に入りだ。


「えー、白いドレスなんて私に一番向いてなさそう。汚れるし。それに似合う訳ない。男が女装でもしてるように見えるんじゃない?」


少し拗ねたように言ってみる。

はたから見れば、素直じゃないのはどっちもどっちだ。

フィーエルはいつもの調子を取り戻し、にっこりと笑って言った。



「純白のドレスを買ってきてあげるわ。私の言葉の方が正しいと証明してあげましょう。」







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