真実の愛というもの
リボンが胸から腰に掛けていくつも結ばれた状態で付けられていて、腰から床に就くほどの長さのスカートはふんわりと広がり、これでもかと言うほどにレースが付いている。
人によっては下品とも悪趣味とも言えるくらいに派手な、薄桃色のシルクのドレス。
けれど着ている人間が彼女であるから、それは下品でも悪趣味でもなく、天上人が与えたと言ってもいいほどに神々しく、美しい。
プラチナにほんのりと太陽の色を乗せた何よりも輝く細くしなやかな金糸の髪がふんわりと結い上げられ、扉の開閉によって時折入ってくる風に後れ毛が揺れる。
山の湧水のみによって作られた泉のように透き通った、宝石よりも価値のある神秘的な薄緑色の瞳が私を見つめる。
「残念だよ、クリス」
美しい彼女の横に立つ男がそう嘯いた。
残念なのは私ではなく、彼の方であるというのに。
愚かな彼の横に立つ美しい彼女は私から目を背け、俯いた。
「アイリアとの婚約を即刻解消したまえ、クリス」
誰の許しを得たのかこの世の至宝である彼女――アイリアの名前を呼び捨てる盗人の男。
アイリアは俯いたまま、恋を歌う小鳥のように可憐でいつまでも聞いていたくなる声を発してくれない。
私が聞きたいのはこんな男の物ではなく、彼女の生み出す言葉であるというのに。
「――アイリア」
私が呼べば、アイリアの肩がピクリと反応する。
その小さな反応に、男が目ざとく気が付き目を吊り上げた。
「か弱い女性を威圧して黙らせようとするとはどこまでも卑劣な男なんだクリス!
……大丈夫だよ、アイリア。僕がいる」
男が私に怒鳴り、そのままアイリアの細い肩を抱き耳元にささやいた。
どちらの言葉も私の耳にも届く。
「アイリア。君はそれでいいのかい?」
男に肩を抱かれたアイリアに問いかける。
彼女は何を恐れているのか、狼に狙われた兎のように小さく震え、おずおずとその美しい顔を上げた。
私と彼女の視線が合う。
けれどもそれは一瞬の事で、彼女はすぐにまた俯いてしまった。
「……クリスっ!」
男が何度目かわからない怒鳴り声をあげ、私を睨む。
何がそんなに気に入らないのか知らないが、そんなに怒鳴っていては彼女はますます怯えてしまうだろう。
そう注意をしようと口を開きかけた時、彼女の物である小さな妖精のささやきが聞こえた。
「……大丈夫です、アレン様」
小さな赤い口から零れるアイリアの声に、私はうっとりと聞き惚れる。
惜しむらくはその言葉が私ではなく、怒鳴ってばかりのうるさい男へと向けられている事だ。
男が彼女に下心しか見えない視線を向け、けれど神の御使いである天使よりも清らかで優しいアイリアはそんな男にも微笑む。二言三言、男と彼女は言葉を交わし、私は彼女の声を一言一句聞き漏らすまいと静かに耳を傾けた。
そして彼女は顔を上げ、もう一度私を見つめた。
何かを決意したかのように上がる眉も、強い意志を秘めた視線も、一文字に結ばれた可愛らしい唇も、全てが可愛らしく美しい。神の芸術とは彼女の事を言うのだろうと私は確信した。
「クリス様。私は貴方様とは結婚することはできません」
「そうか」
アイリアがそう言うのならそうなのであろう。
とても残念であるが、彼女の言葉は正しい。了承の意味を込め、私は頷いた。
彼女はどこか安堵したように息を吐き、男は信じられないモノを見るかのように私を見ていた。
その男の視線が不快で、私は男へ向けて言葉を吐いた。
「何か?」
「お、おまえは…っ」
私の質問に男は答えようとでも思ったのか、けれど途中で口を閉じ、私を睨む。
アイリアが男へ宥める言葉を贈っているというのに、男はそれを受け取らない。
その事がとても不快で、けれど彼女はそれを咎めない。大丈夫ですからと何度も言う。
「……私はアレン様のおかげで真実の愛を知る事ができたのです。
彼は私を愛してはくれませんでしたが、貴方様は違いました。
だから、いいのです。私はアレン様と結婚いたします」
愛をささやくアイリアの濡れた瞳もシャンデリアのように輝く。
彼女の言葉に男が振り向き、男の目にも彼女が映る。男は不快だが、その目の中に映る彼女に罪はない。
どんなものであっても、彼女はこの世で一番素晴らしく、この世の何ものよりも美しいのだから。
「……アイリア」
「私は幸せ者です。アレン様にこんなにも想っていただけるのですから」
アイリアと男は手を組み、見つめ合う。
そんな彼女も美しい。
けれど私はそんな彼女へと言わねばならない。
か弱く儚げな彼女は悲しむであろう。
嘆く彼女を頭に浮かべ、罪悪感に胸が焼かれる。
嘆き力尽きる彼女もまた危なげな色香を纏い美しくあるのであろう。
今までにない美しさを夢想し、期待という名の喜びが胸に溢れる。
期待と罪悪感の二つを持ったまま、私は口を開いた。
「さようなら、アイリア」
その言葉が、アイリアへ贈る最後の言葉になった。
紅いドレスを纏ったアイリアを抱き、口づける。
花の香りに混ざる鉄の味に、けれどそれも彼女から溢れるものであり、この世のどんな美酒よりもまろやかで甘美なものだ。
私はうっとりと彼女の頬へと顔を寄せた。
長い睫に縁どられた瞼は半開きに、隙間から見える薄緑色の瞳はもう何も映さない。
カナリヤよりも可憐で淑やかな声も失われ、鮮やかな赤から暗く変色していく命の水は零れるばかりで戻らない。
それでも彼女は美しく、可愛らしく、愛らしい。
彼女を手に入れた私はきっと、この世で一番、誰よりも何よりも幸せな男であろう。
そう確信し、私はアイリアをそっと抱きしめ、目を閉じた。
アイリア嬢とクリス(主人公)が婚約者同士。
主人公の無表情で無口なのを不満に思っていたアイリア嬢が、主人公の深すぎる愛情に気が付かないまま、主人公の元上司であるアレン様(王太子)に相談。
そのまま出来ちゃった~、という感じです。
基本的にアイリア嬢しか見ていない主人公なので、浮気した事にも気が付いていました。
彼女が望むならと思う反面、自分の物にしたい欲求も強かったようです。
最終的に、婚約解消の場を使って謀反を起こし、国ごと乗っ取れるくらいには有能でした主人公。
普通の婚約解消の王道路線な転生悪役令嬢っぽいものを書いてたはずなんです。
それが、どうしてこうなったんだろうかと、不思議でなりません。
転生設定が消え、主人公の性別も変わり、ざまぁを通り越してしまいました。
ちなみにあらすじに書いてある通り、短編の練習でした。




