王女と罪人
王城地下、普段は保存のきく食糧を置く倉庫の奥の壁
祖母が手を触れた瞬間、なんの変哲もなかった壁から淡く光る魔法陣があらわれる。
『おばあさま・・・これは一体・・・』
『・・・本当ならあんたに教えるのはもうちょい先の予定だったんだけどねぇ』
何もなかった壁、その魔法陣から光が消えると、目の前には扉が現れた。
『ここに入るには条件があってね。王家の血を受け継ぐ人間であること。その人間が代々受け継ぐ特殊な術式で、はじめてこの扉が認識されるのさ』
扉を抜けた先にあったのは地下への螺旋階段だった。
『トーチ』
祖母が魔法を唱える。
暗所を照らすための初級の光魔法だ。
『これを知っているのはあたしとあんたの父親だけ。いいかいマリー、この先にあるのはこの王家の、それも正当な後継者のみが語られ続ける秘密さ。』
明かりも何もない階段を、祖母の魔法を頼りに下りながら話は続く。
『この先のものが外部にばれた瞬間、この国にはだいぶ不味いことになる。本来ならこうなる前に手を打つのが王家の仕事なんだけど・・・今回ばっかしは悪いタイミングで全部一気に来ちまったからね・・・』
『リターンに対してリスクがでかすぎる。悪手だってのはわかってんだけど・・・それが最善ってのはなんとも皮肉だねぇ』
一体どれほど歩いただろう。何十、何百と数えるのが馬鹿らしくなるほど、延々とただひたすらに、階段を下りていくと
黒い扉がそこにはあった。
『おばあさま、ここは・・・』
『ちょっと離れてなマリー・・・アリア・シュラインネイルが命ずる!錠よ!われの名にて開くことを許可する!』
瞬間、黒い扉にいくつもの魔法陣が浮かび上がり、先ほどの壁の時同様、それらは鈍い光を放ち、消えていく。
その消えた一瞬の間の後、私たちを招き入れるかのように扉が開いた。
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扉があいた瞬間、目の前に入ってきたものは、壁しかない少し大きな部屋だった。
・・・いや、何もないわけではない。
おそらく広さだけなら、王城の客室4つ分くらいあるだろう。
そこには何か物があったりするわけではなく、ただ壁があるとしか言えない。
しかし・・・その部屋の中心、そこだけが異質だった。
光の入らない地下で、床の中心から巨大な魔法陣が淡く輝いている。
そしてその魔法陣の上には
ほとんど裸・・・かろうじでボロ布を腰に纏い、うなだれた状態で、天井から伸びる鎖に両腕を吊るされた男がそこにはいた。
『匂い・・・匂うぞ・・・』
一瞬体がビクッと震える。
現実離れした空間に理解が追い付かないまま、いきなり男がじゃべり始める。
『懐かしい・・・匂いと・・・声だ・・・』
『・・・久しぶりだね、アーゼ』
地を這うように低く、擦れた声で男は続ける。
『ああ、その声、その匂い、忘れるわけがない・・・忌々しい戦乙女、アリア・シュラインネイル!!!』
『・・・あたしがここに来た意味は分かるだろ。』
『憎い・・・お前のすべてが憎い!その声も!においも!目に映るその姿も!お前が生きて・・・呼吸して・・・声を出していることも!』
『状況が状況でね。不本意だがこれで契約も終わりにする。それとあたしはもう戦乙女じゃない、ただの老いぼれさ。』
いきなり男が顔を上げて、私たちを視界に入れる。
病的に白い肌、伸びきったぼさぼさの黒い髪、その隙間から見える眼球は血のように赤く濁っている。
『隣にいるのは・・・お前の血のものか・・・ああ、憎い。お前の血を受けついでいるのが憎い、一緒に並んでいるのが憎い、俺の視界に二人でいるのが憎い』
『・・・本当はね、もうちょっと後になってからの予定だったんだけど・・・まあタイミングが悪かったんだね。恨むんならあんたの運のなさを恨みな』
ぎょろりと男の眼球が私たちを睨み付け
男から怨嗟の言葉が続く。
『お前の肌が憎いお前の髪が憎い年を重ねているのが憎い家族がいるのが憎い憎い憎い憎い憎いお前が憎いのが憎い』
『そういうわけで・・・元々はあんたの撒いた種でもあるし、その責任を取るってことでお前の服役もこれで終わりにしてやるよ』
『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いい憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いい憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い』
まるで会話が成立していない。
祖母が話している間も、この男は延々と、ただひたすらに『憎い』といい続けている。
自分の歯が鳴る音が体の中に響く。この異質な空間で、理解の追いつかないまま呪いの言葉を浴びせ続けられ、恐怖と混乱で自然と体は震え、頬から冷たいものが流れる。
『どうやって殺そうかどうして殺そうか何して殺そうか切って刺して殴っ撲って圧っして絞めて・・・』
『・・・いい加減に・・・』
『あっはhっはhhhっははっはははははっはは!!!』
急に男は笑い出す。
私の中では恐怖が限界を迎えていた。
逃げ出したい逃げ出したい逃げ出したいなのに体が動かない。あまりにも怖くて、体が動いてくれない
『憎いに悔いにくい肉いに苦い!お前の存在全てが憎い!殺す!殺し尽くす!殺してばらして並べて揃えて晒し『話を聞かんかいおんどりゃあああああ!!!!』でぶおぁっつぁぐあぁああぁ!!!!』
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王歴553年 3の月初めの日
戦乙女の加護を持つ王女、私、マリー・シュラインネイルはこの光景を生涯忘れないだろう。
王城地下封印の部屋
涙にぬれる私の視界に移ったのは
それはそれは美しい祖母の華麗なジャンピングニーであった。