第七話
ガタガタと揺れる悪路を走るエクス専用車の中、俺は助手席に座っていた。後部座席に座っているのはエリスとレイナ、俺の後輩にあたる双子の姉妹だ。
「…………」
「…………」
エリスとレイナは二人そろって人形のように座っているが、助手席に座る俺は気が気ではない。なぜならば、運転席に座っているお方はババアこと叢雲くらむその人だからだ。
時々「うぃ~ひっく」などと言うババアの息は酒臭い。むしろ車の中が酒臭い。文明崩壊以前ならば、確実に飲酒運転だか何だかで捕まっているだろう。
危険だ。
俺は今現在体感している危機に身を震わす――ひょっとすると車がガタガタ揺れているのは、ガタガタの悪路を走っているからではなく、ババアの運転のせいでガタガタ揺れているのではないか? もしそうだとすれば、新人を救援する以前に俺達がババアに殺されそうだ。
クソババアに殺されるという下らない死に方をするくらいなら、まだ魔法少女と戦って死んだ方が幾分かましだ。
「何黙ってんだよ、ガキ?」
「あんたが怖いんだよ」
「はぁ? 大丈夫かお前?」
いっそのこと「大丈夫じゃねぇよ!」と言い返してやろうかと思ったが、こいつに言うだけ無駄だと考え直した俺は、さきほどの続きをババアに促す。
「で?」
「で……とは?」
「察しろよ、ババア! さっきの話の続きだよ! 俺の所属がどうなるかは、道中で話すだのなんだの言ってただろうが!」
「あ、忘れてたわ」
こいつ……本当に大丈夫か? もちろん頭が大丈夫か、という意味ではない。こいつの頭はおそらくすでに駄目だ。俺が心配したのは、ババアに運転を任せている俺達の心配だ。つまり、こいつの運転で本当に俺達は大丈夫なのか? と言うことだ。
「何だったっけかな?」
「おい」
俺がババアのとぼけた横っ面を睨むと、ババアは「あはははは、冗談だよ冗談。ガキには大人の冗談は難しかったかな?」などと言いだす。
本当に冗談か怪しいところだ。
「あんまり意地悪すると、ガキがごねだすからな。教えてやるよ!」
ババアは今まで大音量でかかっていたデスメタルのCDの音量を弱めると、いかにも面倒くさいという、ババアにとってデフォルトの顔をしながら語りだす。
「こんだけ勿体ぶった割には大したことじぇねぇんだがな、お前の所属は件の新人に関係が有る」
「新人ね……期待の新人、胡桃夏音だっけ?」
「お、良く覚えてたな。ガキしては偉い偉い」
言って猿のおもちゃの様に手を叩くババア……って!
「運転! ちゃんと運転しろ!」
俺が死にそうな思いで言うと、ババアはハンドルに手を戻して、「さっきからうるせぇな」とぼやく――この瞬間、ババアの運転によって殺される未来が、常識外の速度で現実味を帯びてきた。
「めんどいから簡単に言うと、お前はエクスからエクス補佐に降格な」
「エクス補佐? なんだよそれ、聞いたことないぞ」
「当たり前だ、つい最近出来た役職だからな」
ババアは前を向いたまま続ける。
「何でも本部の連中は件の新人様を将来のエースに育てらしい。そこで目をつけられたのがお前だ」
ああ、何となくわかってきたぞ。
「突然だがお前は有能だ。つい最近ミスをしたとはいえ、お前が有能な事には変わりない……だが、ミスをして何の罰もないってのは示しがつかんだろ。そこで上はお前に」
「新人エクスが一人前になるまでのお目付け役として俺を選んだと?」
「って言うよりは、エクスのイロハを教えてやれって感じだな。それにほれ、お前と新人はどっちも十六歳、同い年だしな。何かと話もあうだろ」
「話してみないと、そんなのはわからないよ。それにしてもなんだそいつ? 随分と期待されてるんだな」
「育成機関をトップの成績、それも二位と大差をつけての卒業らしい」
「トップで卒業ねー」
それは確かに凄い事だとは思うが、授業で習った事と実践はまるで違う。成績がどんなによかったとしても、それは所詮安全を保障された中での結果に過ぎない。その新人、胡桃夏音はこの地獄の中でどこまでやって行けるのだろうか?
「お、なんだ? 早くも『可愛い女の子かな』とか考えちゃってんのか? このスケベガキが!」
「っ、そんな事考えてねぇよ!」
「恥ずかしがるなって! お、お前が妄想している間に到着したみたいだぞ」
「だから……!」
もういい、面倒くさい。
俺は言いかけた口を閉じて、車の窓から外を見る。
「酷いな、これ」