第六話
「お前は除隊処分な」
「……は?」
今何て言ったこいつ?
「おいおい、何すっとぼけた面いてんだよ? あたしが言った事の意味が分からない訳であるめぇし。なんならもう一回、同じこと言ってやろうか?」
ババアはデスクの上に肘を付き、両手を組んでその上に顎を乗せると、口元に笑みを浮かべながら上目使いで見てくる。
こうしていると、同世代の女の子が意地悪そうに微笑んでいるという、可愛らしいものに見えなくもなかったが、この時の俺にはババアの笑みが心底恐ろしく見えた――きっと、ババアの一言が俺の一生を左右しかねないという事を本能的に分かっていたのだろう。
ババアは散々勿体ぶると、ようやくその口を開く。
「お前は仲間の二人を無駄死にさせた。しかも、その内の一人は魔法少女化という最大の不名誉な状況まで追い込んだ。よってお前は除隊処分、これからエクスとし今までの様な活動は出来ないと思え」
「っ」
なんだよそれ。
何かの間違いと言う期待も込めて、ババアの話を最後まで聞いたが、そんな俺のささやかな期待は木端微塵に打ち砕かれた。
「なんだぁ? 納得できねぇって顔してんな」
「当たり前だろ!」
このババア……何を当然の事言ってやがる。
「こんなの納得できるかよ」
「ほぉう、つまりお前はこういいたい訳か? 自分の仲間をぶっ殺しちまった罪にしては重すぎる。もっと軽い罪でいいんじゃないか……と」
「それは!」
「バカじゃねぇの? 死んだ仲間も可哀そうだなぁおい! 部隊長が仲間の命をこんなに軽く思ってたんなら、死んだのもしかたねぇな」
黙れ。
「あぁ嫌だ嫌だ。あたしならお前の部下には絶対になりたくねぇな、無駄死にさせられたらたまらねぇっての」
「黙れ!」
気が付けば、俺は両手をデスクに叩きつけていた。叩きつけた両手の平が、まるで俺の内心を代弁しているかのように熱い。
「あぁ? 部隊長としたクソったれでも、人間としてはクソったれじゃねぇってか?」
「ババアの言ってる事は意味が分からないんだよ」
俺は内心のイライラを隠そうともせずに言う。
「だいたい豪と莉奈は無駄死になんかじゃない。あいつらが居なけれは俺は勝てなか……」
「っぷ、あはははははははは。おいコラ、笑かすなよガキ! お前一人で勝ってんじゃん! 仲間いなくても勝てんだろ? お前が必要なのは……しいて言えば二人の魔女狩だ。よって二人は無駄死に確定」
ババアは椅子から立ち上がると、俺の後ろまで歩いてくる。そして、俺の両肩に手を当てると耳元でささやくように、
「なんか文句あるか、ガキ?」
文句どころか、俺には何も言い返す事が出来なかった。
ババアは確実に俺に対して害意のある言い方をしているとはいえ、言っている事の意味は全て正しい事だったからだ。正しすぎて俺には何も言う言葉が見つからなかったのだ。
俺はこのままエクスを除隊になる。
それ即ち、魔法少女の討伐には二度と関われない事を意味する。なぜならば、エクスを除隊になると共に、ほぼ確実に魔女狩『天魔』も没収される事になるはずだからだ。
終わり……か、死んでいった仲間の仇を討つことなく俺は終わるのか。仲間だけじゃない、俺は俺の家族の、
「さて、ここらが本題だが」
思考を打ち切るババアの言葉に俺は顔を上げる。
「本題?」
俺に除隊処分を告げる事は本題じゃなかったのか? というか、エクスを除隊になる俺にこれ以上何か用が有るのだろうか?
「聞いているとは思うが一応言っておく、もうすぐ新人がシュプレンガー日本支部に配属になることは知ってるな?」
「知ってるけど、それが今の俺とどう関係が有るんだよ? エクスの事はエクスに言えばいいだろ」
俺はやや投げやりに口にする。少し子供っぽいかとも思ったが、これくらいは許されるだろう――なんせ俺にとっての生きるための目標を奪われたのだ。少しくらいウジウジしたくもなる。
「何腐った事いってんだよガキ? さっきの威勢はどうしたよ」
「うるさい、早く話を続けろよ。本当ならもう帰って寝たい気分なんだよ」
悪態をつきながら俺は気が付いた。
エクスから除隊になったのなら、俺の家は一体どこになるのだろう? 身寄りがないため、シュプレンガー日本支部の外には残念ながら家と呼べるような場所はない。
俺が真剣に自分の将来について危惧していると、再びババアが喋りだす。
「その新人が明日からエクスとして配属されるわけだが」
喋りだしたのもつかの間、その喋りは鳴り響いた電話のベルにより中断されてしまう。
ババアは舌打ちした後、「めんどくせぇな、こんな時に……おいガキ、少し待ってろ」と言いながら電話に出てしまう。
「…………」
帰っていいのかな、俺?
先日の精神的な疲れと、エクス除隊というショックから何もかもどうでもよくなっていた俺は、無性にさっさと寝たい衝動に駆られる。
俺がそんな事を考えている間もババアは電話の相手と会話を続け、
「あぁ!? ざけんなバカが!」
どうでもいいけど、こいつは本当に口が悪いな。こんな口でよくエクスキューショナー総隊長兼、シュプレンガー日本支部副指令なんかやってられるな。
いったいどこのバカがこいつをこんな重要な役割に置いたんだ? 気がくるっているとしか思えない。俺ならこいつだけは絶対に副指令になんかしない――下手したら組織崩壊につながるだろ。
「クソが!」
電話は終わったのか、ババアは電話を叩きつける様にして切ると、俺に向き直る。
「面倒な事になった」
「俺にとって、こうしてババアと話す以上に面倒な事が有るのかよ?」
「言ってろガキが……とにかくだ、さっき言った新人のエクスの話あったろ?」
俺は黙って頷く。
この時、俺は珍しく真剣な表情のババアから非常に嫌な予感がするのを感じ取っていた。さらに言うなら、こういう時のそういう予感は当たるものだ。と、確信的なものも抱いていた。
「そのエクスが乗った車がな、さっき魔法少女に襲われたらしい。新人とはいえ一応エクス、魔女狩は保持しているみたいだが、連絡のあったエクス育成機関によるとガチンコには向いていないエクスらしい」
俺は黙って続きを聞く。
「そのエクスは非常に優秀なため、絶対に失いたくないそうだ。そこであたしに命令が下った」
「だから何だよ」
「ガキ、メンドイからお前も手伝え」
「は? 俺はエクス除隊処分じゃねぇのかよ!」
「気にすんなよそんな事」
一瞬自分の耳を疑った。と言うより自分の脳を、そして精神状態を疑った。度重なる心労のせいで、ついに俺はおかしくなってしまったかと思ったのだ。
ん? 俺は今自分の正気を疑ったが、良く考えてみるともう一つの可能性も考えられないか? 即ち、目の前のババアの頭が行かれているのではないか、と言う可能性だ。
何度も言う通り、見た目だけで見たら高校生……中学生と言っても通りそうな外見をしているが、中身は三十代のババアなのだ。しかも、こいつは常時タバコや酒を飲み、自由気ままな生活を送っている。そんな生活を送るうちに、頭のネジが凄まじい速度でスピンしながら飛んで行ってしまった可能性はあるまいか?
「ババア……お前……」
俺は思いっきり憐れんだ目でババアを見る。
ババアの事はあまり好きではない。むしろ嫌いだが、一応はシュプレンガーで働く仲間だ。どんなに嫌いな相手だとしても、そんな仲間が狂ってしまったとなれば心配せずには居られない――より正確にいうならばババアが心配と言うより、そんな狂った上官の下で働く全員が心配だ。いつ狂った命令を出すか分かったもんじゃない。
「おい」
「なんだ……ぶっ!?」
痛っ……クソババア! こいつ急に顔面をグーで殴ってきやがった。
「おい、ババア! 人の顔面に何フックかましてくれてんだよ!?」
「てめぇがクソを見るような目で、あたしの事を見てたからだろうがぁ。それに何だ? 鼻っ柱にストレートじゃなかっただけ有難く思えよな、クソガキ」
「有難く思えるか、クソババア!」
「誰がクソだコラ?」
「お前だよ!」
「……よぉガキ」
「何だよ、ババア」
俺がクソババアに吐き捨てるように言うと、ババアは俺の頭に手を置きながら、
「少しは元気そうになったじゃねぇの?」
「っ」
「元気になったところで、そろそろ行くぞ。お前の新しい所属だが……道中で教えてやるよ」
頭の上に載せられた手を払いながら、俺は「了解」と言う事しかできなかった。
いつもならばバカにされてると感じるババアの行為だが、今日に限っては不思議とそんな感じはしなかった。何だかんだでババアが励ましてくれたからだろうか? もしそうだとしたら、
……なんか悔しい。




