第五話
それから更に数日後、良い事なのか悪い事なのか……俺があの日の夢を見る頻度が少なくなってきた頃、上官である叢雲くらむ(むらくもくらむ)から呼び出しがかかる。
上官からわざわざ呼び出しがかかる以上、やはり今までの休暇は休暇ではなく、俺の処遇を決めるための準備期間だったのだろう。
「これで出向いて行って、また謹慎とかだったら最悪だな」
さんざん休暇という名の謹慎状態を味わったうえ、更に謹慎を重ねがけされたら発狂してしまうかもしれない。もしそんな事になるなら、降格処分の方がまだましだ。
それに俺は最近思っていた。俺には部隊長というものが向いていないのではないか? と、もしも部隊長が豪だったなら、俺達は三人とも生き残れたかもしれない。なぜなら、あの日あの時、豪だけはまっさきに奇襲する事を決めていたから。
「後の祭り……か」
俺はいつまでのウジウジしている俺自身を笑いながら、叢雲くらむの部屋を目指す。
俺達が居るシュプレンガー日本支部は広大な地下シェルターの様な形のようになっている。というより、現在この地球上に生存している人類のほとんどは地下にシェルターを築いて住んで居る。例外的に森の奥深くに隠れ住んでいる者もいるが、いずれにしろ理由は一つ。
十八世紀に突如として発生し始めた現象、魔法少女から身を隠して生活するためだ。
戦うすべを持ち、魔法少女を狩りつくすという目的を掲げるシュプレンガーはまだしも、他の人類はただの一般人だ。そんな人類にとって、魔法少女に見つかることは死を意味する。当然、救難信号を受ければ俺達が駆けつける事になっているが、たいていの場合は到着した時には手遅れの場合が多い。
その場合、残っているのは無残に殺しつくされた人々と、無残に破壊しつくされた建物のなれの果てだ。
「さて」
そんな事を考えている内に、俺はシュプレンガー日本支部の最下層であり最重要エリアでもある場所に足を踏み入れていた。
ここにはシュプレンガーにおいて重要な役割を持つ者だけが済むことを許される。そして、このエリアの居住区、そこに叢雲くらむは居る。
俺は目的の部屋の前に立つと、軽くノックをして言う。
「巻坂真理です」
するとすぐに「入れ」という女性の声が聞こえてくる。
言われるままに俺が室内に入ると、そこにはデスクの上に足を乗せながら「めんどくせぇ」と言いかねないほど怠そうな顔つきをした女性が腰かけていた。
俺と同じく十六歳くらいに見える彼女は態度だけでなく、見た目も怠そうだった――手入れをすれば輝きそうな髪の毛は、適当にバッサリと肩の辺りで切られている。左右で長さが違うのだから、どれだけ適当に切ったのわかると言うものだ。まぁオシャレでやっている可能性も捨てきれないが、徹底的に着崩された……いや、もはや着崩すという言葉の範疇を超えた着方をされている制服を見る限り、それはないように思う。
っ……ブラジャー見えてんぞ、ババア。しかも朝から酒飲んでんじゃねーよ、この飲んだくれ。
俺が頭の中で悪態をつくと、叢雲くらむ(三十五歳)は俺の事を睨みつけてくる。
「おい、ガキ! てめぇ失礼な事考えてただろ?」
「別に何にも考えてないよ。仮に考えられたとしても、そんな恰好して朝から酒飲んでたら、文句は言えないと思うけど?」
俺と同じようななりして三十越えてるのも色々ヤバイと思うが、こんなにだらしない奴が世界最強のエクスキューショナーだと言うのだから世も末だ――実際滅びかけている訳だが。
魔法少女の中で、最も危険と言われているツインテールの魔法少女。ババアはそれを単独で撃破した事が有るらしい。おまけにその時戦った魔法少女の髪の色はピンク色……五段階で表すならば四、上から二番目の進行度だ。
ピンクのツインテール――常識的に考えたら、百人以上の犠牲を出したとしても勝てるかわからない相手だ。
「あぁ? 何見てんだガキ」
俺が考えていると、ババアが酒を豪快に飲みながら言って来た。
っ……いつまでもガキ扱いしやがって。
俺はババアにガキと呼ばれると、何故かイライラする。二年前にコイツと初めて会った時からだ。ちなみに、こいつは初対面の時から俺をガキと呼んでいたように思う。
「ババアにガキ扱いされたくないね」
「ガキが……相変わらず、くちの聞き方がなってねぇな」
あんただけには言われたくない。そう言いたいところをグッと我慢し、
「それで、俺はどうなる? どうせ休暇っていうのも建前だったんだろ?」
俺が聞くと、ババアは口の端を釣り上げながらずるがしこそうな笑みを浮かべる。
「はっ……察しがいいな、その通りだよ。あの休暇はお前が予想している通りのもんだ」
ババアはデスクから組んでいた足を下ろすと、散らかりまくっているデスクの上を探し出す。
いったい何を探しているのか知らないが、こういう事になるなら最初から片づけておけばいいものを……本当にだらしのない奴だ。
「あぁ、どこだったけなぁ。ちくしょう」
「…………」
「…………」
「…………」
それから生暖かい目で見守ること数分。
ババアはようやくお目当てのもとを見つけたのか、
「お、あったあった。これだよこれ!」
机の上から発掘した書類をヒラヒラさせた後、テーブルの上にバンと叩きつけるよに載せる。
「おい、ガキ! こっちこい!」
「……っ」
ガキって言うな、そう言いたかったが、こいつに言ってももう無駄な気がしたので、俺は素直にデスクに向って歩いていく。
「よぉし、ちゃちゃっと終わらせんぞ。あたしはガキに付き合ってる暇ねぇからな! そんでお前の処遇だが」
謹慎か降格か……どっちだ?
どうせなら降格の方がいいな。その方が少しでも早く、そして多くの魔法少女を殺せる――今まで犠牲になってきた仲間達のために、そして豪と莉奈のために。
「巻坂真理、同部隊の仲間を失ったのは……えぇと、めんどいなこれ。簡単に言うとアレだ」
「お前は除隊処分な」