第三十六話
「巻坂真理の誇りにかけて、お前を殺す」
だからせめて、安らかに眠ってくれ。
「はっ!」
決めてからの行動は早かった。
左腰にぶら下げた天魔を高速で抜き放ちながらの斬撃、右斜め上へ向かって切り上げたそれは、まるで俺の行動を呼んでいたかのような魔法少女の動作により、軽く避けられてしまう。
っ! 躱し方はバックステップ、こういう躱し方も夏音そっくりだ……ちがう、何を言っているんだ俺は! さっき自分で決めたばかりだろ。
こいつは夏音の形をした別の物、ただの魔法少女だ。
そんな彼女は俺の攻撃を余裕で躱せたのを誇っているのか、「次はどうするの?」というような顔で、俺の攻撃を誘っている。
そうか、そんなに余裕か……ならば追撃をかけさせてもらう。
左足を軸に体を右回転させ、裏拳の要領で相手の首を狙った一撃。
「おそい☆」
かなりの速度と重さで放った一撃だったが、ステッキによって簡単に軌道を逸らされてしまう。
「まだまだぁあああああああああ!」
三発、四発と攻撃を続けていくが、その全てが決まらない。その全てが逸らされる。
こちらは文字通り全身全霊で攻撃しているにもかかわらず、向こうはまるでお遊びのような感覚でそれらを受け流していく。
くそっ!
相手は黒髪とはいえ、最高ランクのツインテールの魔法少女……力の差はかなり開いているとは思っていた。正直言えば勝てるとも思っていなかった。
だけど、だけど傷くらいは追わせられると思っていた。
とんだ思い上がりだ。
これクラスの魔法少女を目の前にすると、俺とくらむの力の差がよくわかる。改めて思う、くらむは強かった。そして、
俺は弱い。
どんなに作戦を立てようと、どんなに必死になろうと、その事実は変えられない。
俺にはくらむのような経験もなければ、夏音のような才能もない。
俺は弱い。
だから今こうして、地面に転がっている。
「どうして……」
「どうして? どうして攻撃が当たらないかってこと?」
魔法少女はステッキを空中でバトンの様にくるくる回転させながら、俺へとと話しかける。
「それとも、どうしてわたしの攻撃が避けられないかって事? 惨めよ、敵にそんな事を聞くな……っ」
「違う!」
そもそも俺は魔法少女になんか語りかけていない、俺が語りかけたのは自分だ。
「どうして俺は……」
こいつを倒せない!?
答えは出ている――俺が弱いからだ。
でも、それでも俺は負けられない。
くらむを殺して……夏音を奪ったこいつを、俺は殺さなければならない。
「あっそ、なんでもいいけど終りよ。そろそろ飽きちゃったし」
言って魔法少女は俺へとステッキを向け、
「マジカルメ……っ」
「ふざけるな!」
ステッキが向けられる直前、天魔でそれを振り払う。俺はそのままの勢いで立ち上がり、魔法少女の顔面へとパンチを繰り出すが、当然当たることもなく、バリアーの様な物に弾き返されしまう。
「くっ」
すかさず後ろへと飛び、態勢を立て直す。
「…………」
とありあえずピンチはやり過ごしたが、こっからどうする?
――もういっそ諦めてはどうか?
どうすればあいつに一泡吹かせられる?
――今逃げれば助かるかもしれない。
「っ!」
俺は頭を左右に振って、次々に浮かんでくる弱音を打ち砕く。
これからどうするか……ね。
本当はそんな事、とうの昔に答えが出ている。
やりたくないだけだ、それを行動に移すのが怖い――失敗するのも怖いし、エクスとして相応しくない行動だから。
でも、
『お前は今、お前だけの道を歩けているか?』
勘違いしていたのかもしれない。
俺は望んでエクスになり、望んで魔法少女と戦っていた――ここだけ聞けば、家族を魔法少女に殺されたのだから、当然の事のように思う。
でも本当にそうか?
俺は望んでそうなったのか?
くらむは言った。
『道は選ぶものじゃねぇ、道は出来るもの……真理、お前が歩んでいくところこそが、お前だけの道になる』
俺の今の道は選んだものじゃないか?
家族を殺されたからエクスになる。
エクスになったから魔法少女を殺す。
目の前に道が提示されてから、俺は動き出してなかったか?
「…………」
そうだ、ずっとそうだった。
思い返してみれば、俺は自分から動いたことが一度もなかったかもしれない――周りで何かだ起きたから動く。
言い換えるのならば、世界という大きな物語が動いたから、俺が動いていたような感覚だ。俺はあくまで物語の登場人物の一人、あらかじめ決められた道を選択していく道化。
「勘違いしていたよ、夏音」
今からでも変えられるかもしれない、だから俺はまた彼女の名前を呼んだ。
「俺はお前を殺すという道は選ばない」
「何を……言ってるの?」
わからなくてもいい、これは俺に言い聞かせているだけだから。
「俺はお前を助ける」
そんな道はない。第三者にそう言われようともいい、むしろ上等だ。
今なら断言できる。
かつて俺を助けてくれたのはクソババアだ。
今だからこそ分かる。
俺の憧れのエクス――叢雲くらむの言った事の全てが。
道はなかったら作ればいい。
思い返せば、クソババアらしいいい加減な言葉だ。
「……なんだか知らないけど、いい加減死んで☆」
予想外に戦闘が長引いたためいい加減焦れたのか、夏音が俺へと光弾を大量に撃ち放ってくる。
「待ってろ、夏音」
もう迷いはない。
俺が本当にしたいことをしてやる。
「っ☆」
俺は無数に迫りくる光弾目指して走る――その光弾全てが俺に向けて向きを変えて迫ってくるが、そんな事はどうでもいい。
「バカみたい」
そう思いたいなら思っていろよ、夏音!
「…………」
――思い出せ、家族が殺された日、俺を救ってくれたくらむが使っていた魔女狩の名前を。
「炎剣 焔! 雷剣 轟!」
名前を呼べば、二個の球体が俺の周りを回りだす。
――思い出せ、あの日、くらむは魔法少女となった妹を殺す時、確かに魔女狩の名前を言っていた。
「水剣 濁! 風剣 嵐!」
さらに二つの球体が追加される。
――思い出せ、あいつの魔女狩の名は天魔ではなかった。
「地剣 山! 木剣 根!」
全部で六つの球体が俺を取り巻く。
――思い出せ、あいつが俺にくれたのは、八本の刀剣のうちの一つ。
「天剣 天!」
左手に刀が収まり、純白の光を放ちだす。
――思い出せ、天魔の本当の名前を。
「冥剣 天魔!」
右手の刀が禍々しい光を放つ。
準備は整った。
――思い出せ、最強のエクスが使っていた魔女狩り、その本当の姿を。
そうだ、思い出せ。
全てを思い出せ。
俺は見ていたはずだ――八本全てが揃った完全な状態の八岐大蛇を。
「神剣 草薙……!」
名前を呼んだとたん、全てが消えた。
六つの球体も、両手に握っていた日本の刀も。
代わりに現れたのは、金の装飾が施された美しい大剣。
神々しさと禍々しさを兼ね備えた、人類の至宝。
八岐大蛇の真の姿。
「…………」
俺は最強の魔女狩を見ながら、思う。
最後に一度だけ力を貸してくれ……俺のもう一人の、母さん。
「あぁあああああああああああああああああああああああ!」
そこから先は単純だった。
自分でもわからないような雄叫びを挙げながら、迫りくる光弾の全てを叩き落とす。技術も何も関係ない、そもそも俺にこの魔女狩を使いこなす技術はない。
最後の光弾を切り終わると、少し離れた位置に夏音の姿が見えた。
「よぉ」
「っ☆」
「助けに来た」
足を止め、俺が語りかけると彼女は不愉快そうに、
「意味が分からないわ、助ける? このわたしを……見も知らないあなたが?」
「知ってるよ」
「?」
もう何を言われても俺の心は揺れない。
決めたからな。
「お前は俺の事を知ってる……俺もお前のことを知ってる」
「何を……言っている……の?」
俺の言動が煩わしいのか、何かを思い出しそうなのか、頭を押さえ始める夏音――できれば後者であってほしい。
「なぁ、夏音」
「……さい」
「まだお前に言ってない事があったよな?」
「……るさい」
「胡桃夏音、俺はお前の事が大好きだ。最近、お前の事以外考えられない……だから」
「うるさい!」
夏音のステッキから、くらむを殺したのと同じ大口径のビーム放たれる。
当たれば死ぬ……が、俺は気にせず走り出した。
「だからな、責任取れよ! 責任とって……ずっと俺の傍に居ろ!」
ビームめがけて叢雲を振り下ろす。
黄金の装飾剣はやすやすとビームを切り裂くが、無茶な使用が祟ったのか粉々に砕け散ってしまう。しかし、全てが砕け散った訳ではなかった――手元には純白の刀だけが残った。
「夏音!」
夏音はもう目と鼻の先だ。
「あ、あなたになんか!」
再度光弾を放とうと、俺にステッキを向ける夏音。
ステッキに集う全てを打ち消す清浄なる光、俺はそれに対抗するつもり……という訳ではないが、天をその辺に投げ捨てた。そして、
「な!?」
夏音を正面から思い切り抱きしめてやった。
「は、放しなさいよ!」
「嫌だ」
「ば、バカでしょ!? こんな時になにをやっているのよ!」
「こんな時だからだよ」
そんなやり取りをしてるうちに、ステッキに集まっていた光は霧散していく。それが意味するのはきっと、
「さっきの……本当?」
「さっきの?」
「魔法少女なのに、傍に居させてくれるの?」
「あぁ、お前が戻ってきてくれたらな」
「で、でも! 他の人達はきっとわたしを殺そうとするわ。魔法少女はエクスの敵だもの……それに、わたしは叢雲隊長を……っ」
「夏音!」
俺があげた大声に、夏音は黙る。
それでいい、今は黙って俺の話を聞け。
「くらむを殺したのはお前じゃない……とは言わない。でもな、アレはお前の意思じゃなかっただろ?」
「……うん」
今にも消え入りそうな声、早くいつもの夏音に戻って欲しい。
「あとそうだな、他の奴らがお前を殺そうとしたら……」
「したら?」
「居たぞ! あそこにも魔法少女が居る!」
少し離れた位置に、こちらを指差すエクスの姿が見えた。




