第三十五話
真っ白だ。
俺の頭の中と、前の景色が真っ白だ。
何でこんなに白い?
わからない。
わかりたくない。
ああ、光が収まる。
わかりたくないのに、状況が分かってしまう。
俺の脳がわかろうとし出してしまう。
「マジカルマジカル☆」
先ほどくらむが居た場所には誰もいない――くらむも、魔法少女さえいない。八岐大蛇だけが墓標のように地面に突き刺さっている。
死んだ。
くらむが死んだ。
目の前の光景が、俺にその現実を突きつけてくる――あの殺しても死にそうにないクソババアが死んだのだという現実、あまりにも嘘くさくて笑いさえ込み上げそうな現実。
「マジカルマジカル☆」
殺す。
「マジカルマジカル☆」
殺した奴を、
「マジカルマジカル☆」
殺す。
「マジカルマジカル☆」
そうしてそいつは目の前に降り立った。
くらむを殺した魔法少女――黒髪ツインテールの魔法少女、光輝くライフルのようなステッキを持った魔法少女……そいつが降り立った。
高らかに、自分の存在を主張するように、
「魔法少女マジカルかのん、参上よ☆」
「嘘……だろ?」
俺の視界が一点に集中されていく、その先に居る魔法少女。
黒を基調に赤のアクセントが入ったフリフリの服――魔法少女特有の衣装をまとったそいつは……夏音だ。
さっき魔法少女が自ら名乗った通り、どうしようもなく夏音だった。
「むぅ、反応が薄いわ」
彼女はゆっくりと俺の方まで歩いてくる。
そんな動作を見てまた思う――夏音だ、これは間違いなく夏音だ。
彼女は俺のすぐそばでピタリと止まり、
「天才魔法少女が参上したのよ? もっと褒め称えなさい☆」
言って、こちらをビシッと指差す夏音。
「お前……冗談だろ?」
「?」
俺の言葉に首を傾げる夏音。
そんな細かい動作一つ一つが愛おしい夏音の物だ……だから、この先を言うのが怖い。しかし、俺は心のどこかに希望を持ちながら言う。
こうであってほしい。
こうであるはずだ。
そんな希望を抱いて、
「お前……魔法少女じゃないよな? お前は、お前はエクスキューショナーの……っ」
「わたしは魔法少女よ」
だが、俺の希望は即座に打ち砕かれた。おまけに、
「さっきから慣れなれしいわね、あなた誰よ? 話しかけてあげているからって、勘違いしないで欲しいわ」
人間に心というものが有るのなら、きっと心臓の右横あたりだと思う。だって、夏音に「あなた誰」と言われた時、そこに焼けつくような痛みが走ったのだから。
「さて、先輩も蒸発しちゃったし……代わりにわたしが殺しまくらないとね☆」
夏音はステッキを指揮者のように軽快に降りながら言う。
「まずはあなた、天才の威光の前に消え……」
「待て」
でも、最後まで言わせない。最後まで言わせたら、きっと戦いが始まってしまうから。
「なに? 命乞いなら聞かないわ」
「違う」
命乞いなんかじゃない、最後にこいつに聞きたい事があったのだ。
「お前は胡桃夏音か?」
「ちがうわ、わたしは魔法少女かのん。天才中の天才よ☆」
「…………」
そうか、こいつはあくまで魔法少女か……ならば俺の方針は決まった。
「魔法少女かのん」
「気安く呼ばないで☆」
あぁ、お前を夏音と呼ぶのは最後にするよ。
「巻坂真理の誇りにかけて、お前を殺す」




