第三十二話
時計塔に向かう最中、くらむが見たのは地獄の様な光景だった。いや、そこに有ったのはまさしく地獄そのもので有ったかもしれない。
商業区の至る所で火の手が上がっている。
あらゆる場所で魔法少女とエクスが戦っている。
一歩進むたびに両者の死体が転がっている。
「くせぇ」
おまけに空気は血の匂いがした。
長年戦場で戦い続けてきたくらむだが、ここまで酷い物は初めてかもしれない。
「っち、呼吸するたびに……気分がわりぃ」
くらむの気分を害したのは空気中に漂う煙である。
建造物が焼けて発生した煙なら、まだ我慢できる。というより、その程度なら我慢するまでもない、くらむにとってはそんな物は今更だ。しかし、
人間が焼けた煙。
魔法少女が焼けた煙。
「ここまで酷いのは本当に初めてだな」
さきほどは比喩表現で地獄という言葉を使ったが、本気で地獄とは思っていなかった……しかし、
「知らない間に、本当に地獄にでも迷い込んじまったか?」
地獄と言うものの定義はわからないが、「ここは地獄だ」そういう確信がくらむにはあった。
しかし、ここがどんなに酷い場所だからと言って心が折れるくらむではない。彼女の場合はむしろ、
「おそらく時計塔の上に居る魔法少女が、今回の襲撃の指揮官みてぇな立ち位置なんだろう」
そいつを殺せば、他の魔法少女は撤退し始めるかもしれない。
だからくらむは急いだ。
時計塔の頂上を目指してひたすら走り続け、
「殺してやるよ……」
時計塔の頂上――言い換えれば屋根へと出たくらむは、斜めった屋根から滑り落ちないように、魔女狩を地面に突き刺してアンカーにしながら、魔法少女を獰猛に睨みつける。
「お前の事を……このあたしが殺す」
こいつだけは絶対に許さない。
くらむ自身は認識していたかはわからないが、彼女の瞳には「仲間を殺した罪は絶対に償わせる。仲間を殺したお前は許さない」そんな意志が確かに宿っていた。
もし仮に、くらむが自らの気持ちを理解していたとしても、絶対に口には出さないであろう台詞であはあるが、彼女は確かにそう思っていた。
「一人で来たのかしら?」
最強のエクスに問いかけるのは、最強の魔法少女。
「ずっと見ていたけれど、強いのね……あなた」
「見ていた? 舐めてんのかテメェは?」
くらむが怒るのも無理はない。
その魔法少女は虚空を見つめたままで、一度として視線を別の場所へと向けていないのだ
――常識的に考えて、ずっと見ていられる訳がない。それに、
「話す時は人の眼を見て喋れ、そう教わらなかったか?」
「おかしなことを言うのね、私はいつも人間の事を見ているは」
「なに?」
「そう、私は人間の事を見ている……だって、この世に存在する人間はお母様だけですもの」
何をいっているのかわからない。
くらむが抱いた感想はそれだけだった。そして、くらむにとってわからないものは、
「まぁいいや、とにかく死ねや……化物」
破壊対象でしかない。
「野蛮ね。化物はあなた達の方よ、お母様は何も悪くないのに」
「ほざいてろ!」
これ以上、魔法少女の戯言を聞くに堪えなかったのか、くらむは魔女狩、八岐大蛇を地面から盛大に引き抜く。
「本当に野蛮だわ」
屋根を思い切り蹴り、くらむが魔法少女に向けて走り出すと、魔法少女はようやくくらむの方を見る。
彼女はどこかからステッキを取り出して、
「戦ってあげるわ、化物」
こうして最強のエクスと、最強の魔法少女の戦いが幕を開けた。




