第三十一話
「さすがにここまで出てこられるとなぁ……」
ぼやきつつも、くらむは足元に転がった魔法少女にとどめを刺す。
彼女が今いるのは商業区――真理たちが懸念していた事は現実になっていたのだ。
「商業区と居住区の奴らは避難をし始めるとはいえこの物量戦、こっちの人数が全くたりねぇ……おまけに」
くらむ商業区でひときわ目立つ時計台の天辺を見る―――そこに居るのは、
「…………」
無言、無表情、無関心と言った体で虚空を見つめる魔法少女。
くらむですら戦闘経験がない金髪ツインテールの魔法少女だった。
「なんだか知らねぇがよぉ」
くらむは金髪ツインテールの魔法少女から視線を外し、一番近くに居た魔法少女へと突っ込んで行く。
「あいつが動き出す前に、てめぇらを粉みじんにしなきゃなぁ!」
最初の目標に定めたのは黒い髪をしたポニーテールの魔法少女。
突っ込んでくるくらむに気がついた魔法少女は、咄嗟に迎撃態勢を取るが、
「おせぇんだよ、バカが!」
魔法少女が態勢を固める前に、くらむは魔女狩、八岐大蛇を自らの相対する敵へと真っ直ぐに投げつける。
魔法少女は鬱陶しい羽虫を払うように、ステッキでしれを払おうとしたが、
「これは!?☆」
ステッキは空を切る。
ステッキに触れる間際、魔女狩が空中で七本の刀剣に分裂したのだ。意表を突かれる魔法少女、当然この隙を逃すくらむではない。
「っ!」
しかし、魔法少女の方も一筋縄ではいかない。
彼女はすぐさまステッキをくらむに向け、
「だからおせぇんだよ!」
くらむが空中で掴んだ刀、天によって胴体を切り離された。
どこからどう見ても勝利だった、くらむの完璧なまでの勝利。くらむが勝つことはあらかじめ決められていたのではないか? そんな疑問すら浮かんでしまう程の鮮やかな勝利……そう、くらむは勝者だ。
あくまで、この一戦に限ってはだが。
「っち! 本当になんて数だよこりゃあよぉ? ゴキブリかってんだ……クソがぁ」
勝利の美酒に酔う暇もなく、くらむの周囲からは三人の魔法少女が出現する。
「あぁ、いいさ……付き合ってやるよ!」
現れては殺し、現れては殺し、現れては殺し、現れては殺し……。
魔法少女は侵入してきてから、くらむはそんな行為をし続けていた。
斬って。
刺して。
潰して。
投げて。
戦闘が開始してから十五分間、くらむは同じ事を繰り返し行ってきた。とっくに賢者の石によるストックはなくなり、文字通り自らの命を燃やして戦っている。
そしてくらむは文字通り、命が尽きるまで戦うだろう。しかし、
「くっそ……が」
命が尽きるよりも先に、体力が尽きる事もあるのだ。
すでに限界は来ていた。
くらむがどんなに強いとしても所詮は人間、人間は超常の相手と戦い続けられるような体力を獲得する事は出来ない。
くらむにあるのは三つ、
――魔法少女を遥かにしのぐ技術。
――半ば未来予知と化した戦闘経験。
――全てを破壊しうる最強の剣。
例え総体的に最強と言われようと、最強を動かすための燃料がなければ、それは最強足り得ない。結果として、
「倒した数は五十ちょい……か?」
まぁこれだけやれば一人の成果としては良い方だろう。と、くらむは地面に突き刺した自らの魔女狩に寄り掛かりながら、辺りを見廻す。
「「「「……………☆」」」」
くらむの周りを囲むのは四人の魔法少女。
万全の彼女なら、もう少しでも体力が残っていれば楽に倒せる相手。
「うっぷ、酒が逆流しそうだ……あと、はぁ……息が切れるのもはえぇ」
オフの時に襲われたのだ。酒はしかないとしても、この息切れはまずい。
「禁煙してみるか……生き残れたらだけどな」
くらむが意を決して魔女狩を地面から引き抜くと同時に、魔法少女が一斉にステッキを掲げる。
「上等だぁああああああああああああああ!」
くらむが雄叫びのような声を上げたとたん、
「なんだぁ?」
四人中三人の魔法少女の頭が爆ぜる。
仲間の頭が爆発し、呆気にとられた残り一人も、
「なにやってんだよ、クソババア」
背後から胸を黒い刀に貫かれ絶命した。
まるで人形のように倒れた魔法少女の背後から現れたのは、不機嫌そうな顔をした巻坂真理だった。彼の少し後ろからは魔女狩、黒点を肩に載せて歩いてくる胡桃夏音の姿も見えた。
「それはこっちの台詞だよクソガキどもが、今まで何してやがった? はっ、聞くまでもなかったなぁ……どうせ乳繰り合ってたんだろ?」
「なっ!? そ、そんなこと……!」
心当たりが有ったのか、真理は黙りこむ。
そんな真理を見たくらむは、思わず自分の額に手を当てて、
「はぁ……っち、マジかよ」
「まだ何にも言ってないだろ!」
「騒ぐな、鬱陶しい!」
「あ?」
「文句あんのか?」
いつもの様に始まりかけた二人の喧嘩を収めたのは、
「はい、そこまでよ」
二人の肩に手を当てて、無理やり引き離す夏音。
「命拾いしたなクソババア!」
「どっちがだ?」
夏音に好意を寄せているため、夏音のいう事を無視できない真理。
夏音に対してはあまり突っかからないくらむ。
こうして見ると、この三人はチームとして相性も良く、最適な形なのかもしれない。
「真理、いい加減にして! 叢雲隊長見つけるの結構時間かかったのに、見つけてからも時間取らせないで……それと叢雲隊長、あなたも少しは隊長らしくしてください」
「っち……ガキが」
「ガキでもなんでもいいですから、指示してください。わたしたちはどすすればいいですか?」
「決まってんだろぉが……あたしがあそこの魔法少女を倒す」
言って、くらむは時計塔の上に居る魔法少女を指差す。
「お前らは周りに居る魔法少女の殲滅だ」
「おい、クソババア……大丈夫なのか?」
おそらく真理は、くらむの現在のコンディションで最高ランクの魔法少女を倒せるのか? という事を心配しているのだろう。
論外だ。
真理が抱いた疑問……心配を、くらむは心の中で論外だと切り捨てる。
「あたしが負けるとでも思ってるのか? クソガキ、お前と一緒にするんじゃねぇよ。確かに体力は結構ギリギリだけどよ、今の状態でも勝つ自信はある」
確信がないだけだ。
その言葉は後に続けず、心の内に秘めたくらむだった。
なぜそうしようと思ったかは本人にもわからない――真理の事を心配させたくなかったのか、
「ありえねぇな」
「なにがだよ?」
「なんでもねぇよ、クソガキ。じゃああたしはあいつを殺しに言ってくるからよ……死なないように頑張れや」
くらむは真理からの返答も聞かずに、時計塔に向けて走り出すのだった。




