第二十七話
それから更に数週間が経った。
長期休暇という名の療養期間で特に変わったことは起きていない……いや、そういえば一つだけ大きな変化が有った。
俺が寝込んでいる間、ずっと俺の部屋に泊まっていた夏音は、俺の怪我が治ってからもズルズルと俺の部屋に泊まるようになったのだ。
常識的に考えるのならば、ベッドが一つしかないため、同居は不可能に思われた……が、リビングにあるソファーベッドがその不可能を可能へと変えてしまったのだ。
怠すぎる。
だいたい何で俺がソファーベッドで寝て、夏音が寝室のベッドで寝るんだよ。全く意味が分からない、普通逆だろ?
と、文句を言いつつも、夏音との生活を楽しいと思い出している自分も居た。
部屋に自分以外の存在が居る、いつもの俺なら落ち着かなかっただろう。だが不思議と夏音は違った。コイツといると、今は居ない家族のことを思い出す。
家族と一緒に暮らすって言うのは、こういう感じなのかな?
夏音の何が俺にそう思うわせるのかはわからないが、こいつが居るとそういう気分になるのは確かだ――このバカにこういう感情を抱くのは何故か負けた気分になって悔しいが、今ではこいつが居た方が落ち着くとさえ感じる時が有る。
こいつといると落ち着く理由……駄目だ、全く考え付かない。
しいて言うなら、夏音は騒がしいため、話し相手には困らないということだろうか? まれに騒がしすぎてウザイ時もあるが。
とにかく、不覚にも最近の俺は、夏音が居ると落ち着いてしまうらしい。そうやって夏音に気を許した結果、
「……これか」
俺は夏音に占拠され、「わたしのへや」と書かれた元俺の寝室の扉を開く。
いくら夏音が占拠していようと、所詮は俺の部屋。いつまで経っても起きてこない夏音を起こすため、ノックしても起きる気配がなかったので、部屋の中に踏み込んだのだが……、
「マジかよ、これ」
頭が痛くなってきた。
突然だが俺は綺麗好きだ。
そして、自分で言うのもなんだが、俺の家はかなり綺麗にしている方だと思う。一日の半分を過ごすであろう寝室なんてのは、特に綺麗にしていた。
なのに何だこれは?
夏音に占拠された寝室に広がるのは、おびただしい数のクマ、クマ、クマ!
もちろん本物のクマではない、ぬいぐるみだ。
ほこり発生装置のぬいぐるみだ。
「っ!」
ちがう! それだけじゃない!
俺の部屋に起きた変化はそれだけではなかった。
変わっている……だと!?
内装が全体的に変わっている。
昔はこれと言って特徴のない「男の部屋」って感じの部屋だったのだが、今ではどうだろう? ファンシーグッズが至る所に置いてあるだけでなく、目覚まし時計などの小物も全て可愛らしいデザインの物に置き換えられている。
それに何だこの匂い――甘いような、なんとも言えない優しい香りが……っ! これが女の子の匂いという奴なのか!?
俺の寝室から女の子の匂いがする。
ありえねぇ、どうしてこうなった? いや、そんなの簡単だ。俺が夏音と同居しているからだ。
「な、何を考えているんだ俺は」
自分が考えていることがまるでまとまらない。
自分の寝室の扉を開いただけだと言うのに、何故か悪い事をしているような気がして、無性に心が慌てだす。
「慌てるな、俺」
慌てる必要がどこにある? ここは俺の部屋だぞ。
とにかくまずは当初の予定通り夏音を起こすんだ。そして、少しこの部屋について相談しよう。この部屋は散らかりすぎている……汚い訳ではないが、あちらこちらにぬいぐるみやらが散らかっていて落ち着かない。
いくら夏音が占拠しているからと言って、このままにしておいていいはずがない。
「とにかく夏音を起こす、そして片付けさせる」
俺は元俺のベッドまで近づいていき、元俺の布団にくるまって眠っている夏音を見下ろす。
「人様のベッドまで占拠しやがって……」
「むにゃ……」
呑気というか図太いと言うのか……まぁなんにせよ、黙ってれば可愛いんだけどな。
今の夏音を見ていると、起こしに来たのを忘れて、ついつい寝顔をずっと眺めていたくなってしまう。しかし、それは出来ない。
俺達の起床時間はだいたい七時、朝飯を作る当番は六時半に起きる――そんな暗黙ルールが出来ているのだが。
今の時刻は八時ジャスト、完全に寝坊だ。それも二人そろって寝坊だ。
言い訳になるかもしれないが、俺には寝坊してしまった理由がある。
そもそも今日の朝飯当番は夏音だったのだ。普段の夏音は朝飯が出来ると、俺を起こしに来てくれる。だが今日はその夏音が寝坊した……結果として、俺も寝坊したわけだ。
この部屋の目覚まし時計が壊れている様子はないし、大方目覚ましをかけるのを忘れでもしたのだろう。こいつらしいミスだ。
「しんりの……ばかぁ」
「…………」
こいつはいったいどういう夢を見ているんだ?
だけど夏音の口から俺の名前が出ると、なんだか嬉し……、
「どれ~でしょ……つかえないんだから……むにゃ」
「…………」
なんかイラっとした。
危うく騙されるところだった。こいつはどんなに可愛い女の子に見えても、所詮は夏音なのだ。油断していると、その口から吐き出される暴言に轟沈させられかねない。
「おい」
俺は夏音が包まっている布団を引っぺがし、彼女を起こしにかかる。
「いい加減に起きろ! もう八時過ぎてるぞ!」
「ん~~~~~~~っ」
すると夏音は赤ん坊のように体を丸めてしまう。
最近、夏音がいちいち可愛く見えると言う謎の病に侵されている俺にとっては、そんな彼女の動作も中々にきわどいのだが、俺は負ける訳にはいかない。
「良いから起きろ! お前はそれでもエクスか!? 規則正しい生活はエクスとして基本だぞ!」
まぁ俺も寝坊したが、俺の場合は仕方がないと思う。
かたくなに寝ようとする夏音をめげずに起こし続けると、
「~~~~~っもう! うっさいわね、起きてるわよ!」
「はぁ? 寝てただろうが!」
妙な言い訳をしながあら夏音さんが起きた。朝が弱いのか、この時間帯に不機嫌なのはデフォルトだ。
「起きたか?」
「起きてるわ」
恨めしそうな顔でこちらを見上げる夏音……不覚にも、可愛いと思ってしまう。
「と、とにかくアレだ……飯! 飯食いに行くぞ!」
「え、今日はわたしが作る番よ?」
「お前は本当にバカだな、時計を見ろ! 何時に見える?」
「八時十分よ。あと、バカって言わないでほしいわ。バカにバカって言われると、どうしようもなくむなしい気分になるもの」
「ほんっと朝から元気ですね!」
俺は夏音を精一杯皮肉ると、寝室を後にする。
「とにかく着替えろ、今から作ると遅くなるから食べに行くぞ」
「どこに?」
「んあ?」
この時間からやってる店か……モーニングやってるところなんてあったけな?
「…………」
しばらく考えたが、思い浮かばない。まぁいい、
「適当にぶらつきながら探すぞ、二人で散歩ってのも悪くないだろ?
「あ……」
俺が言うと、夏音はようやく意識が覚醒したかのようにパッと笑顔になり、
「うん!」
ったく、いつもこの調子なら可愛いんだけどな。




