第二十六話
「う、む」
目を覚ますと、目の前に夏音の顔が有った。
「うお!?」
「うおって何よぉ! ふん、まあいいわ……お、おはよう」
「あ? おはよう……ってか何でここに居るの?」
夏音は体をモジモジさせながら「……覚えてないみたいね」などと呟いているが、一体なんの事だろう?
アレか、夏音がさっきバスタオルを落として全裸になり、恥ずかしさのあまり、怪我人である俺の顔面にパンチして気絶させたことか?
忘れる訳がねぇだろ。
こいつはバカか? そんなに都合がいい展開はフィクションの中だけだ。
まぁいい、夏音が何でここに居るのかは知らんが、忘れていることにした方が円滑に進む事柄というものもあるだろう。
俺は夏音にもう一度、同じ質問を投げかかる。
「で、何でここに居るの?」
「……から」
あまりにも夏音の声が小さくて聞こえなかった。それに何だろう? 夏音の表情が心なしか青くなり、さっきまでの元気がなくなっている気がする。
「わたしのせい……だから」
夏音のせい? それは一体何が、
「わたしが真理の言った事を守らないで暴走したから……真理が死にそうになる怪我を、だからわたしが……わたしが真理の看病しなきゃって」
涙を浮かべて上目づかいで見てくる夏音。
「っ」
まずい、これがナイチンゲール症候群という奴か? やたらと夏音が可愛く見える。
っていうか、待て。
まさか俺って夏音の事が、
「もう大丈夫なのよね?」
「あ、ああ! 大丈夫……かな」
「かな……って!?」
夏音は先ほどまで座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がると、俺に詰め寄ってくる。
「本当に大丈夫なのよね? いきなり死んだりとかしないのよね?」
「いきなり死ぬわけないだろ」
いきなり死んだら驚きだ。
まぁ、アレから何日たったかは知らんけど、俺の傷が相当深かったのは確かだ。現に今でも痛いくらいに……夏音が心配するのも無理はないだろう。
「あと、夏音」
「へ?」
「お前のせいじゃないよ、アレは俺が……」
「違う! 真理のせいなんかじゃっ」
「……わかった」
暴走した夏音も悪いし、夏音を止められなかった俺も悪い。
「じゃあ、二人のせいってことにしよう。だから夏音、あんまり気にすんな」
「あ……」
夏音はしばらく何かを考えるように俺を見ると、「うん」とゆっくり頷いた。
それを確認して、俺はずっと気になっていたことを聞く。
「アレから何日たった? それと……魔法少女はどうなった?」
俺はあの時、途中で気を失ってしまったため、魔法少女がどうなったのか知らなかった。といっても、今これだけ平和なのだから、現在も戦闘中という事はないだろう。
しかし、あのランクの魔法少女はまともに戦えば、百以上の犠牲者を出してもおかしくない。一体何人の犠牲が出てしまったのだろう?
俺にはその点だけが気がかりだった。
「えっと……」
「アレから一週間経った、魔法少女はあたしがぶっ殺してやったよ」
扉を開けて室内に入ってきたのは、クソババアだった。
うむ、夏音といい不法侵入者が多いな……いつから俺の部屋は無法地帯になったのだろう? まぁ夏音は看病してくれたみたいだからいいけどさ。
「ノックくらいして入れよ、ババア」
「気にすんなよ、クソガキ」
いつも通りムカつく言いぐさのババア、そのババアは俺達の事を見ながら言う。
「朝っぱらから嫌だなぁおい! あんまり腰ふりすぎると、いざって時に使い物にならなくなるぞ?」
言いながらゆっくり歩くババア。
「そ、そんなことしてません!」
頬を真っ赤に染めながら、夏音が咄嗟に言い返すが、クソババアはもちろん全く聞いていない。
俺はそんなババアを見て、何も言えなくなってしまう。なぜならばババアにはいつもと違う所が有ったから、
「おい、クソババア……それ、左腕どうしたんだよ?」
「その反応、この一週間で言われ飽きたよ」
ババアはふざけた笑みを受けながら左肩を動かす。
「少し油断しちまった、さきに言っとくがお前のせいじゃねぇ」
「っ」
そう言われて気にしない奴が居るかよ。
俺の表情からその事を読み取ったのか、クソババアは更に言葉を続ける。
「今回あたしが一人で戦ったのは、気絶したお前を逃がすためなんかじゃねぇ。あたしはお前が居てもいなくても、一人で戦ったよ……他の奴が居ると足手まといだからな」
クソババアはボリボリと頭をかく。
「んで、どっちにしろ最終的には油断して腕を失くしてただろうよ」
「真夜は? 俺の傷も治せたんだから、そんな傷くらい!」
「あたしもそう思ったんだけどよぉ、ビーム抉り取られたみたいでな……要はビームが当たった部分が消失しちまってたらしい」
なるほど、いくら真夜でもそれは治せないか。
クソババアはああ言っているが、あの時俺が気絶さえしていなければ、こんな事にはならなかったのに。
「とか思ってんだろうなぁ」
「っ!?」
「その表情からすると図星か?」
「勝手に人の心を読むな!」
「別に読んでる訳じゃねぇよ、てめぇがわかり安いだけだ」
ババアはやっぱりババアだ。
腕を失くしたから少し遠慮していた俺がバカだった。こいつはただのムカつくクソババアでしかない。
「用はなんだよ? 用が無いんなら出てけよ!」
「別に、クソガキどもが盛ってないか心配してきただけだよ。もしメスガキが妊娠して……」
「クソババア!」
「叢雲隊長!」
俺と夏音の声が重なる――夏音は心なしか目元が潤んでいる。そんなに恥ずかしいのだろうか? まぁ男の前で、自分に関係する下ネタを連発されたキツイかもな。
「おーおー、仲がよろしい事で! 元気な子供が生まれてくるように応援してやるよ、じゃあな」
「~~~~~~~~っ!」
お湯でも沸かせるのではないかというほど、顔を真っ赤にした夏音をよそに、クソババアは楽しそうに俺の部屋から出て行った。
「……何をしに来たんだ、あいつは」
問題発言をするだけして帰って行きやがった。
えーっと、とりあえず、
「なぁ、夏音……恥ずかしいのはわかったけど、俺の腹を叩くのは止めてくれるかな?」
「し、真理の子供なんてう、生まな……くも……ごにょごにょ」
「ああ、はいはい」
こいつはバカだ。
俺は塞がっているとはいえ、腹に穴開けられていたんだぞ? しかも塞いだのも自然治癒ではなく、真夜の手による無理なもの……急に動けば痛みが走ったりもする。
それを叩くか普通?
はぁ……本当にバカって嫌だ。
「あ、そうだ」
するとさっき部屋から出て行ったはずのクソババアが顔を出す。また何か頭の悪い事でも言いに来たのだろうか? 本当に面倒くさいのでやめて欲しい。
少しは怪我人をいたわって……ん? そういえばクソババアも怪我人なのか。ならば怪我人らしく少しは静かにしていて欲しい。
などと俺が考えていると、
「お前ら少し休暇だ、しばらく休んでろ」
「長期休暇って事か?」
「ああ、クソガキはまだ本調子じゃないし、メスガキは……なんだろうな? まぁクソガキのおまけって事でいいんじゃねぇか?」
クソバババアはそれだけ言うと、「じゃあな、クソガキども!」と言いながら今度こそ去っていく。
「……ふぅ」
ようやく真の平和が戻ってきた。




