第二十四話
くらむは、気を失った真理に肩を貸して撤退する夏音を見やる。
「ふむ、少し言い過ぎたかもしれねぇが……ああいえばどっか行くのも事実だ」
あれだけの傷を負っている真理を放置しておくのはマズイ。そのために夏音を戦闘に参加させる訳にはいかなかったのだ――仮に夏音が戦闘に参加してしまえば、重傷を負っている真理の生存確率が著しく低下してしまっていただろう。
故にくらむは、夏音をここにとどめる訳には行かなかった。
「あいつには真理を医療班……錬金術師の所に運んでもらわねぇとな」
「痛いのです☆」
「おっ! アレ喰らって無傷かよ、おい!」
久しぶりに楽しめそうだ。
くらむは獰猛な笑みを浮かべて魔法少女を見る――その様はまるで獲物を見るオオカミの様だ。
「エクスさんは強いエクスさんなのです?☆」
「あたし? まぁ強いんじゃねぇかな……つーか、一つ言いたい事が有んだけどさ」
魔法少女は年頃の可愛らしい少女のように首を傾げる。
「なんなのです?☆」
「おぉ、おぉ! 聞いてくれるか、じゃあ言わせてもらうぜ」
「クソガキに何してくれてんだ、テメェ」
常人なら気をおかしくしても仕方がない程の殺意を放ちながら、最強のエクスは最強の魔女狩を構える。
「それはなんなのです?☆」
「魔女狩、八岐大蛇」
くらむがポケットから無造作に取り出した七つの球形の何かは、彼女を中心にゆっくりと回転しながら形を変えていく。
最初は人間の心臓の様な形に、次に剣のような形に……最終的にそれらはくらむの前で一本へと集まりだす。
現れたのは二メートル超えるいびつな形をした大剣。
全体的に黒ずみ、至る所がおかしな方向に捻じれているその大剣は、パッと見ただけではもはや剣とは思えない姿をしていた。
そんな異形の大剣だが、形よりも目を惹く部分がった――大剣の刀身、その至る所に脈を打つ真紅の心臓が埋め込まれているのだ。
その数は全部で七つ。
「はい、少し調子に乗っちゃったクソ野郎には……罰といたしましてぇ」
くらむは八岐大蛇を右手掴むと、魔法少女へと突っ込んで行く。
「死刑」
もはや常人では持ち上げる事の出来ない重量の八岐大蛇を、片手で魔法少女へと叩きつける。しかし、相手は仮にも最強ランクの魔法少女。
くらむの一撃は先ほどとは違い、片手で受け止められてしまう。
「強い! エクスさんは楽しいのです☆」
「そうかぁ? じゃあもっと楽しくしてやるよ!」
くらむは八岐大蛇を手放すと、体に猛烈な勢いのひねりを咥えながら、後ろ回し蹴りを放つ。ターゲットとなるのは魔法少女ではない……八岐大蛇だ。
「!?☆」
くらむの蹴りが八岐大蛇に当たった瞬間、八岐大蛇は七つの剣にばらける。
巨大な大剣を受け止めるのに力を使っていた魔性少女は、受け止めるべき重さが消失したためバランスを崩す。
「ついで一本一本、剣の紹介でもしてやるよ!」
七つに分かれた剣、その全てを使って攻撃を仕掛けていくくらむ。
「まずは炎剣 焔!」
別れた剣の内の一本を空中で掴み一撃。
「続いて雷剣 轟」!」
焔を投げ捨てながら、別の剣の柄に掌底をし、押し込むような一撃。
「水剣 濁、風剣 嵐!」
左右に有った剣二本を掴み、左右からの交差切り。
「地剣 山、木剣 根!」
上空に浮かんだ二本を掴み、叩きつける様に振り下ろす。
「これで……ラストだぁああ!」
くらむが手にしたのは真っ白い剣……否、白く美しい輝きを放つ一振りの刀だった。
「天剣 天!」
神速で振りぬかれた一撃は、幾多の攻撃により破れかかった障壁をついに突破し、魔法少女の懐へと潜り込む……が、
「浅いか」
くらむがどれほど強かろうと、相手は魔法少女。そもそもの身体能力が違うのだ、おまけに目の前に居るのはピンク色のツインテール――名実ともに最強ランクの魔法少女なのだから。
「い、痛いのです~☆」
魔法少女は最後の一撃を咄嗟に身を引くことで躱していた。
常人では目視する事さえ不可能な速さの一撃を躱したのは驚嘆に値するだろう。しかし、人間の限界を超えて放たれたくらむの一撃は、浅いとはいえしっかりと魔法少女を捉えていた。
「痛いか? いや悪いなぁ……でもクソガキはもっと痛いんじゃねぇかなぁ?」
くらむは、腹を押さえながら臨戦態勢を取っている魔法少女を見ながら考え始める。
でも、アレか?
痛いってのは所詮は個人個人の主観によるものだし、このクソ野郎の「痛い」をクソガキの「痛い」と比べるのはおかしいよな。
「よし」
くらむは思考を終えると、天を真っ直ぐに魔法少女に向ける。
「とりあえず死んどけ」
なんてことはない。
くらむは自らの疑問の答えを見つけて思考を終わらせたのではない。ただ単に、これ以上考えるのが面倒くさいから終わらせただけなのだ。
怠惰でルーズな彼女らしい考え方と言えるだろう。
一方、殺害宣言をされた魔法少女は、腹を切られたにも関わらず笑っている。まるで心底おかしい物でも見るかのように。
「死んどけって……冗談が上手いのです☆」
「あぁん?」
「エクスさんは、エクスさんが私を殺せるって言いたいんです?」
質問されたのなら仕方がない、面倒くさいが答えてやる――くらむはおかしなところで律儀な女性だった。
「そういう事だ、お前はあたしが殺す。ついでに言うなら、あと十秒以内に殺す」
「面白いのです~☆」
「い~~~~~~~~~~~~ち」
「たかが人間が魔法少女に勝てるけないのです☆」
「に~~~~~~~~~~~~い」
「……ふざけてるのです?」
「さ~~~~~~~~~~~~ん」
くらむは魔法少女の言葉を無視してカウントを続ける。おまけに魔法少女を挑発するかのように、左手で耳をほじりだす――魔法少女が不機嫌になるのも当然だろう。
「エクスさんは面白いけど、ムカつくエクスさんなのです……死んでください☆」
先ほどまでののんびりとした喋りかたからは想像もつかない速度で、くらむへと突撃してくる魔法少女。
「よ~~~~~~~~~~~~んっと!」
魔法少女との彼我の距離が零になる直前、くらむは魔法少女に背を向け、流れるような動作で逆手に持った天を、脇腹のすぐ横から背後へと突き出す。
「かはっ☆」
魔法少女の速度と、くらむの力が加わった天は、一度破れて綻びを見せていた障壁を難なく突き破り、魔法少女の腹部へと突き刺さる。
「ふむ、これでクソガキの分は返済してやった感じかねぇ」
「こんなんで私を……☆」
「倒せないだろうな、テメェら蛆虫が腐ったクソみたいにゲロひつこいのは知ってるさ。だから更に攻撃させてもらう! ここから先はあたしの分だ……一応大事にしてるんでな」
魔法少女は体に刀が刺さっているのもかまわずに、体を修復させながら進んでくる。
くらむは先ほど魔法少女がしたように後ろへと飛び退り、そんな魔法少女を少年のような笑みを浮かべてみる。
「カウントダウン! 五六七八九!」
「バカにする……あぶっ☆」
「十」
ふと見やれば周りにあった六本の剣は消え、魔法少女の腹部にささった天が何倍もの大きさに膨れ上がっていた――くらむが最初にみせた八岐大蛇だ。
「神剣 叢雲……それが魔女狩、八岐大蛇の最強の姿だ」
くらむが、魔法少女に刺さっていた天に全ての剣を再び融合させた結果、天は魔法少女の腹部に刺さったまま大剣へと変貌を遂げたのだろう。
さすがの魔法少女も、障壁の内側……それも体内からの攻撃は防ぎようがなかったようだ。
「うぜぇな……最近、雑魚とばっか戦ってたからなまってやがる」
くらむは魔法少女から八岐大蛇を引き抜くと、左右に振り回して血をはらう。続いてくらむは八岐大蛇を待機状態である七つの球体に戻し、自らのポケットに無造作にいれる。
「さぁて、これはどうすっかな……とりあえず拾っとくか、真夜辺りならなんとかなんだろ」
「総隊長!」
地面に落ちている物を拾おうとしたとき、後ろから声がかかる。
くらむが声の方へと振り返ると、シュプレンガーに所属するエクスキューショナー達が勢ぞろいしていた――もちろん、先ほどの二人、夏音と真理は来ていないが。
あぁ、そういえばクソガキは大丈夫なのか?
と、そんな事を考えていると、またしても声がかかる。
「総隊長……それ」
「それ?」
「い、いや……それ、大丈夫なんですか?」
二十歳後半くらいのエクスが、くらむの左腕を指差しながら言う。
「ああ、これか? おいテメェ! ハッキリ言わないとわからねぇだろうが! 死にてぇのか!?」
「はっ……す、すみません!」
くらむは先ほど拾おうとしたが、声をかけられたため拾えなかったものを拾う――地面に落ちた自らの左腕を。
「完全に油断したな。叢雲つっこんでやった後……死ぬまでの一瞬に反撃してくるとは思わなかったわ」
「は、はぁ」
「まぁ、お前に言ってもわからんわな」
くらむは自分の左腕をくるくる振り回しながらどこかえへと歩いていく――周りに血が飛び散りまくっているので、周りにはいい迷惑だろう。
「あ、そうだ。おい雑魚ども! お前らはそこの穴あきボロ天井を、どうやって治すか考えとけ! あたしはくっつけてくる……じゃあな」
とまどうエクスをよそに、今度こそくらむは去って行くのだった。




