第二十三話
何よ、真理の意気地なし! ヘタレ! 最近、一緒に行動しているうちに少しはカッコイイかもとか思ってたのに……所詮は奴隷だわ! 根性が奴隷よ、奴隷根性全開だわ!
夏音は心の中で一通り真理に対する悪態をつくと、魔法少女から死角となる位置で黒点を構える。
腹ばいになり、体が最も安定する状態を保ち、スコープの中に魔法少女の頭を収める。
どんな奴でも一撃で倒して見せる。
夏音には自信が有った――以前より天才と言われ続けてきた自分に出来ない事はない。
そして、今回の件においては彼女の自信を助長する事柄がった。それは叢雲くらむが、かつてなしえた事だ。
さきほど、夏音は真理と話している際に、くらむが一人でピンク色ツインテールを倒した……という話を出したが、この事こそが彼女の自信を助長していた。
「倒せるわ、わたしは天才だもの」
他人に出来たのなら、自分に出来ない訳がない。自分は天才であり、他人より圧倒的優れた存在なのだから。
夏音の中では、他人に出来ると言う事は即ち、自分でも出来ると言う意味に置き換えられるのだ。
故に彼女は自信を持っている――相手の魔法少女がどんなに強いとしても、負けるはずがないと言う自信を。
誤解がないように言っておくが、胡桃夏音は確かに天才だ。どんな事に置いても人並み以上に出来るし、他人に出来る事は夏音も実際に出来るだろう。
「死になさい」
黒点から放たれる銃弾、それは相手に確実な死をもたらす魔弾。
「っ!? なのです☆」
どんなに避けても必ず相手に命中するそれは、
「うそ……でしょ?」
避けられるまでもなく、止められたいた。
魔法少女がなんらかのアクションを起こしたわけではない。しいていうならば、銃弾が放てれた方――夏音が居る方をじっと見つめているだけだ
なのに銃弾は止まっている。
魔法少女の眼前で、まるで何かに阻まれるように……いや、銃弾は紛れもなく阻まれているのだ。魔法少女が発生させているであろう透明の障壁によって。
「っ!」
夏音がすかさず銃弾を動かそうとするが、
「えいなのです☆」
魔法少女が銃弾を一睨みした途端、銃弾が粉々に砕け散ってしまう。
「そこに居る人、遊ぼうなのです☆」
「っ……わたしを舐めるな!」
夏音は魔法少女の前に飛び出し、黒点に再装填した銃弾を再度撃ちだそうとしたが、
「な!?」
魔法少女の姿が消えていた。
気配も何も感じない、まるで存在そのものが消えてしまったかのようだ。
「どこ!?」
「ここなのです☆」
気が付けば、夏音の二メートル前方に夏音へとステッキを向ける魔法少女が居た。
魔法少女の手にあるステッキは光り輝いていて、いつでもビームを撃つ準備が整っているのだろう。
「うーん、エクスさんはつまらないエクスさんなのです☆」
魔法少女はゴミを見るような目で夏音を見ると、本当につまらなそうに呟きながら、夏音へとビームを発射する。
夏音には何が起こったのかわからなかった――何で魔法少女が消えたように見えたのか、そして……いや、そんな事よりも。
あぁ、わたし……死ぬんだ。
二メートルの位置から放たれた攻撃を避けらるはずがない。天才の自分がどうしてこんな状況に立たされているのか?
簡単だ。
間違っていたのだ。
真理が言っていたことこそが正しかった。
「わたしは……」
天才なんかじゃなかったのかもしれない。
そんな事を思いながら、夏音は眼を閉じる。
不本意だが、夏音が自らの死を受け入れようとした瞬間、体が横へと突き飛ばされる。
「なっ!?」
横に倒れながら、先ほどまで自分が居たところを見上げる夏音。そこに居たのは、
「何やってんだよ、バカ女!」
「真……理?」
見上げた先に居たのは巻坂真理だった、。
「合流しに行ったんじゃ……」
そうだ、真理は自分と意見が合わずに帰ったはずだ。どうしてその真理が居るのか?
夏音は思わず聞くが、その答えはわかりきっていた。
「バカ……仲間を置いていく訳ない……だろ」
そう、真理は自分を助けに来てくれたのだ。どんな事でも出来ると増長し、勝手に死にかけた自分の事なんかを。
そこまで考えた時、夏音は真理の異常に気が付いた。
「真理?」
真理の呼吸がやたらと荒いのだ。心なしか体もフラフラとあちこち揺れ、全体的に力が抜けて行ってしまっているような印象を受けた。
嫌な予感がした。
「ねぇ、真理?」
「いや……さ、とりあえず……逃げろ」
そう言うと、真理はまるで糸が切れた人形のように前へと倒れてしまう。
夏音は今度こそ状況が理解出来なくなった、一種のパニックに陥っていたのかもしれない。
「うそ、真理……真理!?」
目の前に魔法少女が居るのも忘れて、夏音は真理のもとへと駆け寄る。
「起きて……っ」
真理を抱き起そうとした夏音だが、その手は思わず止まってしまう。
「なんで」
自分の両手を見下ろす夏音、その手は真っ赤に濡れていた――無論、彼女自身の血ではない。
では一体誰の血なのか?
もはや論じるまでもないだろう。真理の腹部に綺麗に丸い穴が開いていて、そこを中心に真っ赤なものが流れ出しているのだから。
夏音は目の前が真っ暗になった。
わたしの無謀な行動に愛想を尽かしたかに見えた真理だが、最後にはこうしてきてくれた。しかもわたしが死を覚悟した時に……助けてくれた。だけど結果として彼は、
「…………」
このまま彼が死んでしまったら、わたしが殺したようなものだ。
と、夏音は思い至る。
「そろそろ攻撃してもいいのです?☆」
負の連鎖の様な思考をし始めていた夏音を、まともな思考回路に戻したのは奇しくも魔法少女の声だった。
「……うるさい!」
夏音は魔女狩で振り払い、魔法少女に攻撃の意思を示す――と言っても、夏音は魔法少女にダメージを与えるために、その行動をとった訳ではない。第一、黒点を真正面から受けてもピンピンしているような敵に、そんな攻撃が通じる訳がない。
魔法少女は夏音の攻撃とも言えない攻撃を鬱陶しそうに後ろに下がって躱す。
「つまらないのです、二人ともよわよわなのです」
夏音が攻撃を行った理由はこれで果たされた。
彼女は攻撃を行う事によって、魔法少女を真理から離すことにあったのだ
「ごめんね、真理」
何に対する謝罪なのかは夏音にもわかっていなかった。
夏音はゆっくりと立ち上がると、真理を守るように魔法少女の前へと立つ。
勝てるとは思ってはいない。しかし、ただ殺さる訳にはいかない。少しでも抵抗して増援が駆けつけて来てくれるのを待つ。そうすればわたしはともかく、真理は助かるかもしれない。
「あなたはわたしが止める」
「止めるって……よわよわエクスさんがなのです?☆ それは……」
「それは無理ってか……そうかそうか! だったらよぉ、このあたしが相手をしてやるよ!」
声が聞こえたかと思うと、魔法少女が真横に吹っ飛んで行く。何者かが障壁ごと魔法少女を吹き飛ばしたのだ。
「よぉ、待たせたな。テメェはクソガキ連れて下がってろ……ここらはあたし一人でやる」
どこかいい加減だが、その実とても頼りになる声が聞こえてくる。
先ほどまで魔法少女が立って居た場所に居たのは、
「叢雲……隊長?」
ペタンと夏音はその場に座り込んでしまう――その時、夏音は自分がどれほど極限の精神状態にあったのか気が付いた。
「何座ってんだよ……っとにうぜぇな。さっさとクソガキ連れて逃げてろ」
「っ……でも一人でじゃ」
「ごめん、あたしが悪かったな。ハッキリ言う、周りにすぐ死にそうな雑魚が居ると邪魔だ」
「そんなっ…………わかり、ました」




