第二十一話
「オルフォンス……っ」
結論から言うとマンガだった。
普通にマンガだった。
もっとも、マンガというものが手に入りにくい世の中であるため、そういう意味では参考になったし、面白くもあった。有ったんだけどさ……、
「え、あいつこれで錬金術勉強したの?」
確かに面白くは有ったけど、これで錬金術を学べるかと言ったら疑問がある。作中で使われていた錬金術と、現実の錬金術は毛色が違いそうだったしな。
「…………」
俺はふと右手をグーパーしてみる――なんとなく不安になったのだ、何がとは言わないが不安だ。
真夜という錬金術師について深く考え始めようとしたところで、扉の開く音がした。
「よく待ってたわね、褒めてあげるわ」
「お待たせ~」
検査を終えたのであろう。夏音と真夜の二人が出てきた。
「何偉そうに言ってんだよバカ女!」
「誰がバカよ!?」
俺は無言で夏音を指差し、ついで真夜に問いかける。
「んで、検査結果はどうだったんだよ?」
「別に問題なかったよ~、偉い人たちは心配性すぎかな~」
「だろうな」
寿命を喰らう魔女狩だが、寿命が減る以外の実害が出た例なんて今まで聞いたことがない。真夜の言う通り、お偉いさん方は少し心配し過ぎだ。
まぁ、実際に夏音の能力を見れば心配したくもなるかもだがな――このまま夏音が順調に成長していけば、俺を遥かに超越することはもちろんの事、最強の存在であるクソババアにも匹敵しかねない。いや、下手をすれば最強という冠が移り変わることになる可能性すらある。
「ちょっと、勝手に話を進めないで! わたしを無視していいと思ってるの?」
「別に無視してないだろうが」
「した! 真夜と話してたもん!」
「はぁ? ただ話してだけだろうが?」
なんだこの愚か者は? バカなのか?
「わたしと話し中だったのに……むぅ」
夏音は頬を膨らませる――まるでフグみたいな顔だ。
「ぷっ」
「何よぉ!」
「別に」
「~~~~~~~~~~~~~っ!」
おっと、そろそろ夏音が怒りそうだから、しばらく放置して熱を冷ましておこう。
最近の俺は夏音が怒るタイミングだけは掴めるようになってきた、他の誰よりも夏音が怒るタイミングがわかる自信がある。
いっその事、夏音マスターでも名乗ってみようかな。そうすれば、俺にもステータスが出来る。『夏音マスター巻坂真理』……あぁ、うん。
「これはないな」
「何がないの~?」
無邪気な顔をして聞いてくる真夜。
「たいしたことじゃない、ちょっと……」
ちょっと夏音について考え事しただけとか言ったら、真夜と夏音が煩くなりそうだから止めた。それに正確に言うのなら、夏音について考えていたのではなく、夏音マスターを名乗る俺について考えていただけだからな。
「ちょっと何よ?」
真夜と話していたはずなのに、割り込んでくる夏音。
こいつはアレか? 構ってもらえないと駄目なタイプなのだろうか?
「聞きたいか?」
「べ、別に! そんなに聞きたい訳ではないけど、聞かせてくれるなら聞くわ」
「…………」
こいつ面倒くせぇ。
「お姉ちゃんはツンデレさんだ~! あはははは~~~~!」
「なっ! わたしはツンデレなんかじゃないわ、待ちなさい!」
リビングの中を「ツンデレさん」と連呼しながら無邪気に走り回る真夜、それを追いかけるのは夏音。
非常にうるさい。
今更だが、俺はうるさいのが好きではない。うるさい奴は別に嫌いではないが、うるさい場所は嫌いだ――これは断言できる。
そして、俺が居今いるここは、
「うるさすぎる」
俺は二人を置き去りにして、リビング……真夜の工房をを後にするのだった。
散歩でもしよう、せっかくの休日なのだし……公園があるエリアにでも行って、池のほとりで木漏れ日に包まれながら、優雅に癒しの一時でも送ろう。
とか考えながら、真夜の工房からどれくらい歩いたころだろうか?
「ちょっと真理! わたしを置いていくってどういう事よ!? 非常識だわ!」
「…………」
神よ。
居るか知らないが神さんよ、俺に平穏な休日を送ることは許されないのですか?
半ば強制的に合流してきた夏音と共に歩いて数分、
「んで、何の用だよ? 何で追いかけてくるんだよ? ちゃんと案内してやっただろ?」
「あなたってバカでしょ? 何のためにリビングで待たせてたと思ってるのよ?」
少し聞いただけでこの罵倒!
いやぁ、今日も夏音さんは元気がよろしいようで何よりだ。
「上層階にある公園に行きたいわ、案内しなさい!」
「…………」
夏音が行きたい場所は、奇しくも俺が先ほど行きたかった場所と被っていた。
上層にある公園は地下とは思えないほど空気が澄んでいるだけでなく、人口太陽もまるで人を癒すことが目的かの様な、暖かな光を注いでくれるシュプレンガーにおける人気スポットなのだ。
現に俺や真夜もしょっちゅう暇つぶしに……いや、癒しを求めてふらふらしに行っている。大方、夏音も誰かにあそこの公園のうわさを聞き、是非とも自分も行ってみたいとでも思ったのだろう。
公園くらい一人で行けるだろと思わなくもないが、「こいつを一人にするとヤバイ」そう俺の勘が告げている。それに夏音はうるさい奴だが、なんだかんだで悪い奴ではない……おまけに黙っていればハイレベルの美少女だ。
「なに? 奴隷の分際でわたしを凝視するのやめてくれる?」
黙っていれば本当に美人だ。
黙っていれば「夏音様は美人でございます!」と叫びながらシュプレンガー中を走り回ってもいいくらい美人だ。いまあらためて思った、心底そう思った。
「聞いているの?」
今まで道も知らないのに先頭を歩いて夏音が、気づけば隣にいた。彼女は俺の服の裾を引っ張りながら、
「ねぇってば」
などと、不貞腐れた声で自己主張をしてくる――俺は騙されない。どんなに可愛く見えたとしても、俺は絶対に騙されない。そうだ、俺が騙されるわけには如何のだ。
「……行くぞ」
「え?」
頭にクエッションマークでも出そうな程、テンプレートに首をちょこんと曲げる夏音。
「行くんなら、さっさと公園行くぞ」
「あ……それでこそよ、さすが私の奴隷ね!」
さっきの不貞腐れた調子はどこへやら、一転して満開の笑みを浮かべながらはしゃぐ夏音。
断ったら怒るくせに……半ば命令じゃねぇかよ、面倒くせぇな。
と、内心で悪態をつきつつも、こんなに喜んだ顔を見せてくれるなら、付きやってやるのもやぶさかではない。そんな二律背反な感情を抱く自分に戸惑いつつも、俺は夏音を連れて上層へと向かう。




