第十七話
胡桃指をさした方に居たのは――。
「……☆」
見事な無表情を保ったまま、こちらへとゆっくり歩みを進めてくる黒髪ストレートの魔法少女だった。
魔法少女との距離はまだまだあるが、胡桃が教えてくれなければ先制攻撃を受けていたかもしれない――胡桃がどんなにバカだとしても、たまには役に立つもんだな。役に立つと言えば、胡桃は黙っていれば可愛いので、目の保養にもなるかもしれない。
にしても何で気が付かれた……てのは愚問だよな、あれだけ騒げばバレるに決まってる。
「ったく、どっかのクソババアが騒いだせいで」
「あぁ? それはあたしの事だよな? そう言いたいんだよな?」
俺とクソババアが再び言い争いを再開させようとすると、今日は少しまともな胡桃が介入してくる。
「はい、やめやめ! 今は魔法少女との実戦なんだから、そういう事を止めて」
いやいやいや! ちょっと待てよ!
「最初に騒ごうとしたのは胡桃だろ!?」
「わ、わたしは騒がなかったらセーフよ!」
セーフだかアウトだかは知らないが、そろそろ魔法少女の攻撃範囲内に入るだろう。ここらでお喋りは止める時だ。
「クソババア、今回の作戦は俺達だけでやればいいんだろう?」
「そうだ、メスガキの初の実戦だからな」
クソババアは言うと、俺達に背を向けて少し離れた位置にドカっと座り込む。そしてそのまま、どこからか酒ビンを取り出し、こちらに手で「行って来い」と合図を送ってくる――どうでもいいことかもしれないが、戦闘中に酒を飲むクソババアは最強だと思う。何が最強って……それはもちろん、頭の腐り具合に決まっている。あそこまで常識外の行為をする奴はそうそう居ないだろう。
俺は、隣で魔女狩『黒点』を持ちながら、魔法少女を睨み据えている胡桃に声をかける。
「じゃあ、行くか」
危なくなればクソババアが助けに入るとのことだったが、無傷で万全のコンディションのエクスが二人、これなら楽に倒せるだろう。
二人なら楽勝だ。
俺はそう思っていたのに、
「一人で十分だわ」
「は?」
何言ってんだコイ……っておい!
「何やってんだ、胡桃!?」
俺が声を上げた理由は、胡桃が単身魔法少女に特攻を仕掛けたからだ。
ちぃ! あいつは本当のバカなのか!? 二人で行動するってのが任務の前提条件だってのに、それを無視して勝手につっこみやがって!
「……☆」
俺が追いかける間もなく、魔法少女は胡桃に向ってビームを撃つ。
攻撃は胡桃めがけて真っ直ぐに進み、当たるかに思われた直前。
「雑魚がわたしに攻撃を当てようなんて、百年早いわ!」
胡桃はその攻撃を空中へ避けながら躱す。しかも、彼女の行動はそれだけにとどまらなかった。
「……当てるっ!」
空中へ避けた直後、胡桃は魔法少女の頭部めがけて銃弾を放っていたのだ。
大型のスナイパーライフル型の魔女狩、黒点。心臓が二つ付いたそれは、そのまま弾数が二発という意味に変わる。
なぜならば、黒点は一発につき一年の寿命を喰う燃費が非常に悪い魔女狩だからだ。しかし、その分威力は並の魔女狩とは比べ物にならないほど強い。
故に、頭に当たれば黒髪ストレート……いや金髪ポニーテールくらいならば、一撃で殺せただろう。だが、
「胡桃、避けろ! 次の攻撃が来るぞ!」
胡桃が放った銃弾は、魔法少女が常識外のスピードで避けたため外れていた。そして、俺は言ってから気が付いた。
駄目だ、避けられない!
胡桃は魔法少女の最初の一撃を、上空へとジャンプする事で躱している。それが失策だった。地上では力をかけられる物があるため自由に動くことが出来るが、空中ではそれがない。よって、空中に居る彼女はいま回避行動をとることが出来ないのだ。
「胡桃!」
「……☆」
魔法少女は無慈悲にも、胡桃に向けてビームを放とうとし、
「言ったでしょ? 『当てる』って……わたしはそう言ったらね」
魔女狩、黒点が怪しい輝きを放ちだす。
魔法少女の後方、命を失った銃弾にもう一度命が吹きこまれるのを感じる。
「絶対に当たるのよ!」
魔法少女の後方から放たれた銃弾は、魔法少女の意識の外側から正確に頭を打ち抜く。
「っ……☆」
静かに音を立てながら倒れる魔法少女。
それを静かに見下ろす胡桃。
同じ「静か」でも、後者には如何ともし難い勝者の風格が滲み出てていた。
「やっぱり、あたしだけで余裕だったわね」
俺は勘違いしていた。
彼女の魔女狩はスナイパーライフルではない。
彼女の魔女狩はスナイパーライフルと、銃弾……二つで一つなのだ――そして、寿命を消費する時は「射撃時」ではない、「動作時」なのだ。さっきの場合だと「射撃」という動作で一年分、続く「銃弾の方向転換」という動作で一年。
計二年。
燃費は異常に悪いが、銃弾の向きを変えられる魔女狩……控えめに見ても最強クラスだ。そして、
俺はもう一つ勘違いしていた。
人間の眼では追い切れない銃弾、それを自由に操作し、狙ったところに着弾させる技能を持った胡桃夏音は、
紛れもない天才なのかもしれない。