第十四話
「あのバカ女……どこ行きやがった!」
バカ女こと胡桃夏音がどこへ走り去ってから二時間、俺はシュプレンガーのあらゆるフロアを探し回った末、最終的にこの商業区へと戻ってきていた。
ここへ戻ってきた理由は簡単、胡桃をもう一度探すため……ではない。
「あのバカにこれ以上、時間を割いていられるか」
もう知らん、迷子になったバカ女の面倒を見てやる義理まではないはずだ。仮にババアに怒られたとしても、胡桃が勝手に居なくなったのだから言い逃れは出来るだろう――そういう考え方をするならむしろ、「俺に案内をしてもらう」という任務を放棄し、無断で逃亡したあいつの方に罰則が下るはずだ。
「ったく、やってられん」
さて、俺が商業区へ戻ってきた理由だが、胡桃を探すためではないのなら何なのか? それは自分の用事を済ませるためという至極単純な理由である。
俺は自分の右手を胸の高さまで上げ、グーパーしてみたりする。
「別に違和感はないんだけどな」
最近、俺の右手は魔法少女と戦うたびに折れ、その度に錬金術師に無理やりくっつけてもらっている。そのため、錬金術師による定期的な診断が必要らしい――まぁ本来なら完治に数か月かかるところを、無理やり二時間くらいで直しているのだ。何らかの異常が出てもおかしくない……が、今の所はその異常ってのは見られないんだけどな。
「はぁ、面倒くせぇ」
俺はぼやきながら目的地である、錬金術師の工房へと歩みを進める。
一歩一歩が重い、これは体力的に疲れているから重い訳ではない。俺は仮にも元エクス、その部隊長だった人間だ。この程度で疲れたりはしない。むしろ、食糧さえあれば一週間とか余裕で歩けるんじゃないだろうか? 今度試してみるのもいいかもしれない……そんな暇があればだが。
ところで、俺がため息が出るほど疲れている理由だが、単純に精神的に疲れているだけだ。
『クソガキ!』
『あんた奴隷!』
ババアとバカ女が、脳内で口語にわめきたてている場面が脳内に浮かぶ。
本当に厄介だ。
面倒くさいのが……俺のたいして平穏じゃない人生を、より平穏でなくす人物が二名。つい最近までは一名だったのだが、バカ女が加盟してしまった事により二名に増えた。
これはゆゆしき事態と言っていいだろう。
「全く面倒な事になった……っと、着いたな」
心中でひたすら日々の不満について語っていたら、目的地である錬金術師の工房へとついていた。
見上げた先にあるのはレンガ出来た重厚な感じの一軒家、パッと見ただけでは普通の家に見えなくもないが、正面入り口の真上にデカデカと掲げられている看板が、そんな印象を完全に打ち消している。
『真夜のこ~ぼ~ ねんじゅ~むきゅ~』
「……っふ」
相変わらず何とも言えない感情を湧き上がらせる看板だ。と考えた直後、十二歳ならこんなもんなのかな? と、思い直してドアをノックする。
「真夜、遅れて悪い、俺だ」
…………。
………………。
……………………。
おかしい、返事がない。約束の時間より遅れたから怒ってしまったのだろうか? いや、それはないな――こう言うのも何だが、真夜はどんなに約束をすっぽかされようと怒るような性格ではない。だからと言ってすっぽかしていいという事ではないが、それくらい真夜は温和な性格をしているのだ。
よって、不貞腐れてドアを開けてくれない説はない。
「真夜、居るのか?」
今度は少し強めにノックするが、やはり返事は返ってこない。
こうなると、中で爆睡している可能性があるな。
「ま、こうしていても仕方ないわな」
俺はノブを回して工房の中へと入る。
最初に俺を出迎えたのは、何だかよくわからないものが大量に並んだ棚、そしてレジカウンターの様な物だった――俺がこう表現したのは、様々なものが積まれ過ぎたせいで、レジカウンターが埋もれ、本当にレジカウンターかどうかが判別不能だったからだ。
俺は更に歩みを進め、次の部屋に辿り着く。今度の部屋は小奇麗なリビングだ――何でさっきの部屋も綺麗に出来ないのだろうか? 謎だ。
辺りを見回すと、二階へと続く階段、何処かえと続く通路、そして扉が二つあった。俺は二つある扉の内、右側の扉をノックして、
「俺だ、入る……ぞ……」
そして、俺は自分の目を疑った。