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魔法少女マジカルでぃすぺあ  作者: アカバコウヨウ
第三章天才である事の意味
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第十三話

「ミスったわね」

 胡桃夏音は焦っていた。

 奴隷である巻坂に泣き顔を見られてしまったという点でも焦っていたが、いま彼女が焦っているのは全くのべつ問題だ。

「わたしとしたことが逃げ……戦略的撤退をしてしまったけど、取るべき選択をミスったかもしれないわ」

 簡単に言うなら現在、

「ここはどこかしら?」

 道に迷っていた。

 真理から逃げるためとはいえ、知らない街を適当に走り回ったのだから迷うのも無理はない。常識的に考えれば、人間はここで軽率な行動だったと反省するのかもしれない……しかし、天才である夏音は普通じゃなかった。

「奴隷のせいで焦っちゃったわ! そのせいで、わたしとしたことがこんな失敗を……っ!」

 夏音は首を左右に振りながら呟く、

「ダメよ、ダメ。今はあんな奴の事なんて考えてる場合じゃないわ」

 もしも真理に自分が迷った事が知られたら、それこそ恥ずかしくて死んでしまう。と、夏音は考えていた――この時、天才である彼女の頭脳は大切な事を忘れていた。すでに死ぬほど恥ずかしい目に会い、真理の目の前で泣いてしまったという事を。

「全く……なんで案内する側の奴隷が、案内される側のわたしから逸れてるのよ?」

 彼女の中ではもはや迷子になったのは、自分ではなく真理であるという事になっていた。天才の頭脳は実に都合がよく出来ているのだ。

 そうして夏音は、迷子の真理を探すために仕方がなく歩き出した。

「もう、何でわたしがこんな事しないといけないのよ」

「全部あいつが悪い、あいつが逸れるのが全部悪い! そういえばあいつ、わたしにバカって言わなかった? 天才であるこのわたしに向って……あ~もう! ムカつく~~~~!」

 そんなこんなで目の前をよく見ないで歩いていた夏音は、目の前から背の低い少女が歩いてきていたのに気が付かなかった。少女の方もダンボールに入った荷物を山ほど抱えているため目の前が見えていない。となれば、導き出される結果は一つだろう。

「きゃっ」

「あわっ」

 二人の可愛らしい悲鳴の後に聞こえてきたのは、ドタタタタというダンボールが崩れ落ちる音。しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。二人がぶつかった場所がやや傾斜だったのが災いしたのだろう。崩れ落ち、横倒しになってしまったダンボールの中から球形の物がいくつも転がりだして行くのだった。

「…………」

「…………」

 しばしその光景を茫然と見つめる二人、人間と言う生き物はとっさに事態には反応出来ないものなのだ。

 さながら昔話や童謡のように、緩い坂道とも言えないような傾斜をコロコロと転がって行く球形の何か。二人はしばらくその様子を見ると、突如スイッチが入ったように動き出す。

「ご、ごめんなさい!」

「あ、あわ! 真夜まやの材料が~」

「わたしが言うのも何だけど、手伝うわ!」

 夏音は出会ったばかりの少女の手を取ると、鍛えられた体の性能を全開にして走り出すのだった――入れ物であるダンボールを回収し忘れたのは彼女が天才である所以だろう。なんせこういう言葉が伝わっているくらいだ。

 バカと天才は紙一重。


「お姉ちゃんのおかげで助かったよ~」

 周囲を歩いていた人にも協力してもらい、ダンボールの中身を何とか回収し終えた二人は現在、真夜の自宅へとやってきていた。

「お姉ちゃんが居なかったら、本当に大変だったよ~」

「ふん、もっと感謝しなさい!」

「お姉ちゃんありがと~」

 二人が居るのはリビング……ではなく、怪しげな物が大量に配置されている、これまた怪しげな部屋だった。心なしか部屋全体に緑色の煙が充満している気がする。

 夏音と真夜はそんな部屋の片隅に置かれたテーブルを挟み、優雅にお茶を飲んでいるのだった。このお茶会はもちろん、先ほど手伝ってくれた夏音への感謝の気持ちという名目で行われている。夏音自身も平然と感謝の気持ちを受け取っているが、彼女は科根本的な事に考えが及んでいない――そもそも、真夜とぶつかったのには夏音にも非が有るのだ。その点を考えれば、決して自分は一方的に感謝されるべき立場ではないと気づきそうなものである。

「このお茶、美味しいわね」

 夏音は香りを楽しむようにしながあら、お茶の入ったコップを口元へと運ぶ。

 よくよく考えれば、こんな怪しい部屋でお茶会に参加できる精神をしている夏音だ。そんな非凡な精神をしている彼女が、「今回の事は自分にも非がある」などと言う凡人の思考には至らないのかもしれない。

「そのお茶はね、お兄ちゃんに買ってもらったんだ~」

「お兄ちゃん? え~と、真夜……だっけ、真夜にはお兄さんが居るのかしら?」

「う~ん、そういう事じゃないんだけどね~」

 夏音は真夜のその反応を見ると、興味がなくなったのか、

「それより自己紹介がまだよね? わたしの名前は胡桃夏音、エクスキューショナーよ」

「やっぱりエクスさんなんだ~、お兄ちゃんと一緒だね~! あ、真夜の名前は真夜中真夜まよなかまや、錬金術師だよ~」

「錬金術師……なるほどね」

 夏音は少し驚いたような顔をするが、すぐに納得したような顔し辺りを見回す。

「それでこの部屋ね……少し変わってたインテリアだと思っていたけど、錬金術師なら納得だわ。あそこにあるドクロとかも錬金術に使うんでしょ?」

「あ~あれ~? あれは違うよ~」

「違う?」

「あれはインテリアだよ~」

「そ、そう」

 夏音は少し恥ずかしそうな顔し、照れ隠しのつもりか俯きながらお茶を飲む。夏音は昔から間違ったことが嫌いだし、自分が間違うのも嫌い……そして、恥をかくのは許せない女の子だった。

「むしろね~、この部屋に有るのは殆どインテリアだよ~」

「ぶっ」

 真夜の爆弾発言に吹き出してしまう夏音。それも仕方がないだろう、なんぜこの部屋は文献に出てくるような錬金術師然とした部屋なのだ。もしそれの殆どがインテリアだと知ったとしたら……夏音のこの反応も納得である。

「ちょ、ちょっと待って。と言う事は何、あそこにある大きな鍋、釜? とにかくアレもインテリアなの?」

 夏音が指差した方にあるのは大きな釜、中には緑色に輝きながらボコボコと不気味な泡を立てている液体が入っている。どうやら部屋に充満している緑色の煙は、この釜の液体から発生しているらしい。

「そだよ~」

「あ、あなたって本当に錬金術師よね?」

 当然の疑問である。

「うんとね~、エクスでもよく誤解している人がいるんだけどね~。真夜たち錬金術師の役目は殆どが賢者の石の作成なんだ~。さっき運んでもらった石あるでしょ~? アレが賢者の石の素なんだ~」

 そこでいったん席を立ち、どこかからガスコンロと調理用の鍋、そして賢者の石の素を五つ持ってくる真夜。彼女はテーブルの中央に鍋に置くと、その中に真っ赤な色をした液体を注ぐ。

「何をするの?」

「ま~ま~、見てからのお楽しみだよ~」

 続いて真夜は、鍋の中の赤い液体が沸騰してゴポゴポを音を立て始めて頃合いを見計らって、持っていた賢者の石の素を入れると、彼女はどこからか取り出した棒で、鍋の中身をゆっくりと丁寧にかき回す――時々混ぜるスピードが変わるのは、錬金術師にしかわからない何かを見極めているのだろう。

「…………」

「…………」

 そうしてしばらくが立った頃、

「出来た~」

 言って真夜が鍋の底から取り出したのは、夏音もよく知っているものだった。

「賢者の石?」

「そうだよ~」

「え、でも待って。賢者の石ってこんな簡単に出来る物なの?」

「簡単じゃないよ~、簡単そうに見えるだけ~。でもね~、錬金術師なら材料が揃ってれば、お鍋とコンロが有れば出来るよ~」

「それはマジかしら?」

「マジだよ~」

 夏音はしばし鍋の中を覗き込みながら言うのだった。

「飲みましょうか?」

「飲も~飲も~」

 夏音はけっして賢者の石の精製方法にツッコムのが面倒になった訳ではない、あまり深く知らない方がいい事もある――彼女はそう考えただけなのだ。

 二人のお茶会はまだまだ続く、

「……何か忘れている気がするわ」

 先ほどまで一緒に行動していた人物の存在を忘れて。


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