第十二話
「はぁ」
ババアの部屋から出て軽くため息。なんでババアは人の精神力をこんなに削れるのだろうか? 俺にはその点が不思議でならない。
「なんのため息? そんな案内するのが嫌なら、わたしは別に一人でいいけど……あと、手」
「は?」
「もう、いつまで手を握ってるのよ!」
「す、すまん!」
「……ふん!」
咄嗟に手を離すが、胡桃は何故か余計にご機嫌斜めになってしまったようだ、意味が分からない。
「案内する気があるなら、さっさと案内して! わたしは忙しいんだからね!」
「……じゃあ、まずは商業区からな。俺もそこに用が有ることだし」
「じゃあ行くわよ」
言って歩き出してしまう胡桃。
俺は彼女の後ろにつき従って歩き出すが……こいつは道順を知っているのだろうか? もし知っているのなら、別に俺が案内する必要はないんじゃ……、
「あ、そっちじゃないぞ」
「ふ、ふん! わかってるわ!」
全然わかってなかった。こいつは適当に歩いているだけだ。
「はぁ」
俺は本日何度目かになるため息をつく、今回のため息の原因は目の前のこいつ、胡桃夏音だ。
こいつの補佐とか、なかなか面倒くさい役目を押し付けられちまったな。
胡桃夏音――やたら偉そう。声がキンキンしてうるさい。人の前に立ちたがる。
「………」
うぜぇ。こういう奴とは絶対に友達になれない自身が有る。
それが俺が胡桃夏音に最初に抱いた感想だった。
常に先頭を歩く胡桃の方向修正を行いつつ、普段の三倍くらいの時間をかけて到着した商業区――天井ではいつも通り疑似太陽が輝き、人工的な空を作り出している。パッと見ただけでは、ここが屋内だという事を気が付くことは出来ないだろう。
空の下には二十一世紀の日本の町並みを再現した風景が続いている。もっとも、二十一世紀の日本の町並みを知らない俺には、この風景が本当にその時代を忠実に再現しきれているのかはわからない――特に中央付近に見える時計塔なんて、日本にあったのだろうか?
「それで? あなたの用事って何よ?」
「ん、今から向かうところだよ」
「そう、ならいいわ」
また俺の先を歩き出す胡桃、ちなみに彼女が進んで行く方向は、俺が目指す目的地とは全く別の方向だ。
「おい、そっちじゃねぇから」
彼女はピタッと止まるとこちらに向き直り、ツカツカと歩いてくる。
胡桃は俺の目の前で来ると、俺の胸に人差し指を突きつけながら、
「あなた、そういう事はもっと先に言って! こっちは仕方がなく付き合ってあげてるんだから……これ以上わたしに迷惑立てないでほしいわ」
はぁ? なに言っちゃってんのこの女?
「さっきから思ってたんだけど、だいたいあなた何なの? 私が道を決めてから正しい道を支持するんじゃなくて、事前にちゃんと指示しなさい!」
ビシッ、ビシッと音がしそうな程に俺の胸を突きまくる指先。だんだんと俺のこめかみがピクピクと痙攣しだしているのを感じる。
「あなたはわたしの奴隷なんだから、しっかりしてよね」
髪を片手でパッと払いながら、またしても見当違いな方向に歩き出す胡桃……って待て、
「誰が奴隷だ、誰が!?」
「あなた」
「あぁ、俺か……って何でだよ!!」
どうして俺が奴隷? いったいいつ奴隷になった? ってか、何言ってんのコイツ?
「何でって、そんなの決まってるじゃない。あなたは私の補佐と言う役目を仰せつかってるんでしょ?」
「あぁ? だからどうした?」
胡桃は心底あきれたと言った感じのため息をつき、「何でわからないの?」という顔つき……いや、違う。まるで俺が憐れんだような視線を投げかけながら、
「私の補佐って事は、私の身の回りのお世話をするって事でしょ? つまり奴隷じゃない」
「どういう極論だよ、てめぇ」
「わたしに何て口聞いてるのよ!? わたしは天才で、期待の新人で超新星のルーキーなのよ! 凡人がそんな口聞いていいとでも思ってるの?」
「うるせぇバカ! 『期待の新人』? 『超新星のルーキー』? 意味被ってんぞ! バーカ!」
「~~~~~~~~~~~~~っ!」
リンゴのように顔を真っ赤に染めていく胡桃。
俺に間違いを指摘されたのがそんなに恥ずかしかったのか、瞳は心なしか潤んでいる気がする――こいつにやり返せたのはスカッとしたが、万が一このまま泣かれでもしたら面倒だな。
なぁんてな、この歳になって、この程度の事で泣くわけが……、
「……うぅ、えぐ……ひっく」
「え~と」
「バカバカバカバカバカ! バカァアアアアアアアアアアア! うわぁ~~~~~~ん!」
泣きながら何処かへと走り去っていく胡桃。
「なにこれ?」
本当なにこれ?
あいつマジ? ちょっとおちょくっただけでマジ泣きしたの?
「何歳だよ、あいつ……って、どこ行く気だバカ!」
俺は逃げ出したバカを追いかけるため、一人走るのだった。