第十一話
翌日、シュプレンガー日本部。
俺はエクスキューショナー総隊長室、要はクソババアの部屋に居た。
「以上です」
ここに来た目的は昨日の出来事の詳細を報告するためだ。ババアと話すのが嫌だからと言って、報告を怠るい訳にはいかない。
「なるほどな、エリスとレイナの事は残念だったな……お前とあのガキどもなら、いいチームになれると思ったんだが」
「……すみません」
俺は二人の名前が出され、何とも言えない感情が渦巻いたためつい謝罪してしまう。
「何謝ってんだよ?」
「…………」
ババアの言う通りだ、何謝ってんだよ。
エリスとレイナが死んだのは俺のせいじゃない。酷な言い方をするならば、任務中に少しでも油断したあの二人が悪い。だけど俺は……それでも、
「おいおい、ガキぃ。勘弁してくれよ、くせぇんだよお前! あたしの部屋を葬式ムードにでもする気かぁ?」
「……俺は」
「っち、うぜぇな。いいか、ガキ? あいいつらが死んだのはお前のせいじゃねぇ、あいつらが死んだのは魔法少女のせいだ……もちろん、あいつらが油断したのも悪いけどよ」
「でも、俺が二人をしっかりと」
「あぁああああ! うぜぇ!」
机を叩いたような音が聞こえた。
「……っ」
気が付けば、俺はババアの首を掴まれたまま壁に叩きつけられていた――なるほど、さっき聞こえたのは、俺が壁にぶつかった音か。
「なんだてめぇ? あたしが言ってる事わからねぇのか? あたしはこう言ってんだよ……魔法少女の髪の色が、戦闘中に変化したのは初めての事例だ。つまり、魔法少女の進行度が深まると、やつらがそれまで受けた傷が回復するのはイレギュラーな出来事だった」
イレギュラー――確かにそうかもしれない。人間だれしも、とっさの事態への対応は遅れるものだ。そして、そのわずかな遅れが今回の出来事に繋がった。
心のどこかで、俺は仕方のない事だと認めてはいる。
「わかった、お前の顔見てたら遠慮する気が失せたわ。あたしが思った事を正直に言ってやる」
ババアは俺の耳元に口を寄せ、鼓膜が破れそうになる程の大声で叫ぶ。
「あいつらが死んだのはなぁぁああああ! あいつらが雑魚だからなんだよぉおおおおおおおお! 全部あいつらのせいだ! 弱い奴の事なんかさっさとわすれちまえぇええええええ!」
雑魚?
あの二人が雑魚?
「……けるな」
俺はババアの胸倉をつかみ、
「ふざけるな! エリスといレイナは雑魚なんかじゃない!」
「はっ、元気でたじゃねぇの……ガキがぁ」
「てめぇ……ババアっ!」
「叢雲隊長だろうが、ガキぃ!」
俺とババアはお互を掴んだまま、顔面にパンチを繰り出そうとし、
「お取込み中のところ悪いんだけど、人を呼んでおいてそれはないんじゃない? 何回ノックしたかわかっているの?」
すんでのところで、俺とババアの殴り合いの喧嘩は回避された――第三者の介入と言う、あっけない幕切れによって。
「お前か……命拾いしたな、ガキ」
「どっちがだよ、ババア」
俺とババアは、どちらからともなく手を離す。ババアはそのまま自分のデスクに歩いていき、椅子にふんぞり返りながら座って、酒をラッパ飲みし始める。
一方の俺は乱れた制服の襟元を直し、今しがた入ってきた人物を見やる。
そこに居たのは俺の命の恩人であり、昨日の任務の主目標でもあった新人エクス。
「正式なエクスとしては一応、始めましてよね? 一応名乗っておくわ、わたしは胡桃夏音、あなたと同じ叢雲隊に配属になるエクスよ」
「ん、ああ……昨日も言ったが、俺の名前は……って待て! 叢雲隊ってどういうことだ?」
俺は昼間から酒を飲んでるクソ野郎に目を向ける。
「何って当然だろう? ガキはそこの雌ガキの補佐をするんだから、同じ部隊になるに決まってんだろうが」
「ちげぇよ、飲んだくれ! なんで俺とこいつが、お前の部隊なんだよ!?」
「む、人を指差さないでよ!」
と、胡桃が俺とババアの会話に入ってくる。
「ダセぇ……怒られてやがる!」
「黙れ、ババア!」
最悪だ、ババアと同じ部隊とか本気で最悪だ。
ババアと任務で顔を合わせることになるかと思うと、ストレスで意に穴が開きそうだ。
俺は無言で胡桃の方を見る――こいつも可哀そうに、エクスになって最初の部隊がババアの部隊とか……精神がポッキリ折れてしまわなければいいが。
俺が胡桃に憐れんだ視線を送っていると、まさか自分が憐れまれているとは思っていないであろう彼女が、ババアと話をし始める。
「叢雲隊長、わたしを呼び出した要件はなんですか? まさかこんな茶番を見せるために呼んだんじゃありませんよね?」
「っち、生意気なガキだな……安心しろ、要件ならちゃんとある」
そこでババアは俺に向き直り、
「おい、クソガキ! このガキを案内してやれ! まだシュプレンガー日本支部の内部に詳しくないだろうからな」
「はぁ? んなの自分でやれよ!」
「あたしは昨日、魔法少女を五人ぶっ殺したから疲れてんだよ! それとも何か? 上官命令に従わないつもりか?」
「っ」
ババア……調子がいい時だけ上官ぶりやがって! でも、ババアが一人で魔法少女五人を倒したのも事実だ、たまには休ませてやるのもいいかもしれない――ん? 待て、おかしくないか? こいつはいつも酒飲んでお休みムードじゃないか?
などと思ったところで、ババアが「さっさと行けや!」とわめき散らしてくるので、俺は胡桃の手を取って部屋から出て行った。