第十話
「新人エクスはどこにいる?」
俺達の目標は魔法少女を倒す事ではない、新人エクスとその他生存者の保護こそが最優先目標なのだ。邪魔をしてくる敵を排除したという点では進展したかもしれないが、根本的な部分――即ち、新人エクスの手がかりを得る事に至っては全く進展がないのだ。
そもそも生きているのかどうかも怪しい。
周囲に居た魔法少女は、ババアの所に居るのも含めて七人。ひょっとするとそれ以上の数が居た可能性も否定できない。
新人エクスが運悪く魔法少女の一団に遭遇してしまうのも最悪だが、襲われてから俺達が到着する今まで、ずっと生き残っていられる可能性も最悪だ。
「……っ」
悲観的な事を考えるな。
俺が保護しようとしている奴は、新人とはいえエクスキューショナーの一員だ。状況が最悪だかと言って、死んだと決めつけるのはいくらなんでも早計過ぎる。
……よし。
俺は胸にある消えかけていた何かに、もう一度火を入れる。
「エリス、レイナ! こんな所でグズグズと時間を潰してる場合じゃない! はやく新人エクスを……」
俺は二人の方を振り返る。
「探しに……い……く…………ぞ……」
そして、
「魔法少女らんちゃん、悲しみと勇気を力に変えて……ふっか~つ☆」
三等分されたはずの胴体が何事もなかったかのようにくっつき、黒かった髪の色が茶色に変化しているらんちゃんが立って居た。
そして、らんちゃんの足元には二人合わせて六等分された姉妹が……、
「なにやってんだぁあああああああああああああああああああああああ!」
走った。
いや、疾走した。
目の前の魔法少女にこの天魔を突き立てるために……一瞬でも早く魔法少女の心臓を止めてやるために、俺はただ無心で駆けた。
だから俺は思い至らなかった。
進行度が黒髪から茶髪に変化したことにより、魔法少女の戦闘力がどれほど増加しているのかという事に。
喪失の痛みで曇った頭は、そんな初歩的な事すら見逃してしまう。そして、良く考えればわかることだったのだ――そんな事も見逃してしまう程曇った頭では、茶髪となった魔法少女と戦えばどうなってしまか、と言う事を。
「あ……っ」
俺は魔法少女の左腕を切断することには成功した。しかし、その代償は大きかった。より正確に言うのなら、その代償は大きい様だ。
俺はこれから支払う事になる代償、それを徴収するものの姿を見つめる。
「ごめんね、れんちゃん。私はもう二度と負けない……だから見てて、私が世界から悲しみを取り除くから」
地面に仰向けに倒れ伏した俺の上に跨り、まるで何かに祈るように呟く魔法少女。幼い女の子が祈りを捧げるその姿は、神に祝福された神聖なものの様だった。
だけどまぁ、
「俺には関係ねぇけどな!」
最後の抵抗に俺が放った天魔の一撃は、
「も~う、あんまり抵抗しちゃダメ☆ め☆」
右手首を狙ったステッキの一撃により、あらぬ方向へと弾かれた――余談だが、またしても俺の右手がブランブランしてしまっている。最近、俺の右手は骨折する事が仕事だとでも思っているのだろうか? だとするならば、お願いだから止めてほしいものだ。
下らない事を考えている内に、俺の命という名の代償が支払われる時が迫る。
「私はあなたの命も背負っていく、恨まないでとは言わない……それじゃあね☆」
言って魔法少女は俺の目と鼻の先にステッキを向け、
「マジカルデぶっ☆」
はじけ飛んだ。
真っ赤なトマトが破裂するかのように、魔法少女の頭部が破裂した。きっと俺はこの時の事を一生忘れないだろう――あと、魔法少女が言いかけた「マジカルデブ」とは何だったのかと言う事も……。
「いったい何だってんだよ」
俺は顔面にもろに掛かった魔法少女の血を拭いながら起き上がる。
魔法少女は何故いきなり破裂した?
もちろん破裂しなければよかった。などという事を思っての疑問ではない――仮にあの時、魔法少女が何らかの理由によって破裂しなければ、トマトの様になっていたのは俺の方だったはずだ。
「助かったには助かったが……」
それにしても何故?
俺の中には、途中式を無視して答えだけ見せられたような、何とも言えない感情だけが渦巻いていた。
「……っ、エリス、レイナ!」
俺は弾かれたように立ち上がると、二人の下に駆けて行く。
辿り着いた先で俺の事を迎えてくれたのは、変わり果て物言わぬ体のなった二人の姿だった。
「エリス……レイナ……俺は」
豪と莉奈に続いて、お前たちまで失ってしまうのか? そう口にしようとしたが、胸が苦しくて言葉が出てこない。
俺は立って居られなかった。俺は何も考えられなかった。
人命がかかったミッションの途中だと言うのに、俺は何でこんな所で両膝をついているんだろう? いくら自分に問いかけてもその答えは出ない。
そうして、いったいどれくらいの時間が経っただろうか? 一呼吸するような一瞬にも、一生が過ぎてしまうような永遠にも感じる虚無の時間。そんな混沌とした感情の海から俺を引き上げたのは、
「あなたもエクスよね、大丈夫?」
差し出された手。
見上げた俺の視線の先に居たのは一人の少女だった。木漏れ日の様に暖かそうな栗色の長い髪を揺らし、エクスキューショナーに支給される漆黒の制服を纏った女の子――彼女は右手に大きなライフルの様な魔女狩りを担ぎながら言うのだった。
「初めまして……だよね、私の名前は」