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あしたを見上げた夏の終わり

作者: しょこら

まだ暑さの残る夏の終わり。車の入り乱れる音、いろんな人の喋り声や雑踏。それら全てが鳴りひびく東京の真ん中。歩道で一人だけ立ち止り、他の通行者の迷惑になっている者がいた。雨野(あめの)(きり)だ。

「はぁ……」

いつも変わらない仕事の連続で精神的に疲れ、会社を休んでしまっていた。しばらくその場でたたずんでいたが、周りからの視線に耐えかね霧はあてもなく歩き始めた。

ここら辺の地区はしばらく歩くと急に人気がなくなる場所がある。そこは山々に囲まれた地域が広がっており、霧が昔通っていた高校の校庭が一望できる場所だ。

しばらく歩いていると、霧の母校に辿りついた。一人また立ち止り、人のいない殺風景な母校を眺めていた。

――何年先も笑っていられる魔法だね。

昔なつかしいその景色を見ていたらふと、高校三年、夏休み最終日の夜に聞いた言葉が頭をよぎった。

これは確か、ゆっくりおだやかに時が流れる爽やかな夏の日の夜……


                  ☆


「あ、流れたね」

 ツーサイドアップの髪を風で揺らしながらそう言ったのが天体観測部、部長の夕原ゆうはら弥生(やよい)だ。(そら)が好きで一番に流れ星を見つける才能(?)を持っている。

「写真撮りました?」弥生が流れ星を見つけ、それに続くように(いずみ)亜姫(あき)が聞いてきた。カールを利かせ、ロングの髪型に凛々しい顔、そして頭脳系の美少女だ。

当たり前のように何気なく、また今日もこの場所、この三人で学校の校庭で夏の宙を見上げていた。

霧は流れ星を見つけられず

「え、嘘、見逃した」

ごめんとジェスチャーで伝えた。

ちなみに霧はシャッターチャンスを毎回逃す写真係だ。

「いつも通りだね」

クスッと弥生が笑うと

「そうですね」

とクスクス亜姫も笑った。

なんだか急におかしくなってきて、霧もつられて笑ってしまっていた。

 次の日もその次の日も毎日流れ星を撮ろうと宙を三人で見上げたが、霧だけ見逃してしまっており、撮影は毎回失敗に終わっていた。写真を撮るだけなのだから、いつも見つけられている弥生や亜姫に任せればいい。しかし、任せてしまうと霧だけやる事がなくなってしまう。それに弥生も亜姫も「めんどくさい」と言ってやらないので霧が仕方なく撮影係をやっている。

今日も宙を見ようと、学校に向かっていた。その途中さびしそうに弥生が()った。

「今日こそは撮れるといいね……」

「今年が高校生活最後の夏休みですものね」

 夏休みも終わりにさしかかり、高校三年生の僕たちにはどこの大学を受験するのか決定しなければならない。

 僕は……

「大丈夫! 今日こそは撮るよ」

 自分の気持ちが伝えられないまま、二人を励まそうとした。すると弥生に

「ほんとにぃ? 頼むよ、霧っ!」

と言ってバシッと背中を叩かれた。

「痛っ!」

 いつもと同じようなやりとりに、弥生と亜姫の二人に笑顔が戻った。

 二人が笑ったが霧だけは少し寂しそうに微笑んでいた。

 学校に向かう途中から雲行きが怪しくなり、学校に着いた頃には宙が分厚い雲の壁におおわれていた。

「なんで」

「天候ばっかりは仕方ないよ」

「そうですね」

「そうだな」


                 ☆


 今日はいつもの集合場所で解散となった。

 霧はベットに横になりながら、さっきの亜姫の言った事に頭を悩ませていた。

「僕はいつまでも三人でいたい……」

 学校へ向かう途中に言えなかった言葉をこぼした。叶うはずがない。と分かっていながらもそう願ってしまう。弥生にも亜姫にも進むべき道がある。その道は真っ暗で見にくいかもしれないが、それでも前に進む道がいくつも広がっている。その道は他の誰かが決める事は出来ず、自分自身が決めていかなければならない。無論、霧にも同じ事が言える。しかし、それだけわかっていながらも霧は後ろばかりを見て、過去の事ばかり思い出して、考えてしまう。弥生や亜姫はどう思っているのだろう。

 いくら考えても結論が見えてこなかったので今日は寝ることにした。

 見えていないのじゃない、見て見ぬふりをわかっていないだけだ……


                 ☆


 朝起きてカーテンを開けると、どんよりしたセカイが広がっていた。ニュースによると台風が近づいているらしく、通りすぎて晴れ間が広がるまで一週間はかかると予報された。

 携帯で時間を確認し、まだ十時前だったのでもう一度寝た。次に起きた時は午後の三時を回っていた。飛び起きて、メールの通知が来ている事に気付いた。確認すると、二人からメールが届いていたが二人ともこの雨の期間は何をするのか、などの似たような内容だった。

『二人には今は楽しい話でもしよう。天気のことを考えても仕方ない。』というような内容で返信した。するとその数分後に弥生から返信があり、これからの事を考えたいらしく、今から弥生の家に亜姫と一緒に行く事になった。


                 ☆


 弥生の家では自分たちの将来について話した。弥生は天文学を学ぶため大学へ、亜姫は成績が優秀であったため有名大学への進学をすすめられたが、親と教師の意見に反抗し、昔からの夢だった保育士になるため短大へ進学するらしい。霧はまだ決められていなかったので、悩んでいる最中だと伝えた。

 こんな言い方では、進路に選択肢があり、そのどちらか悩んでいるような言い方になってしまう。選択肢がないわけではない。三人で一緒にいたいと思う事が強すぎて決心できていなかった。きっと弥生も亜姫も自分の将来を言いたくはなかっただろう。それでも必ず別れは来る。だからこそ覚悟を決めて二人は話してくれた。それがわかっていたのに霧は答えになっていない答えを二人には返してしまっていた。

あれから数日がたち、メールのやり取りばかりしていた。始めの数日間は暗いメールばかりだったが、残りは少しの不安はあるものの気楽に連絡がとれた。しかし雨は一向に止まず、不安は募るばかりであった。しかし夏休み最終日。

あの日から一週間。夏休み最終日、台風は無事に過ぎ去り、今日は雲一つない快晴が広がった。

 約一週間の間、宙が見られなかったのでその鬱憤をはらせるように今日は、お昼から集まり校庭に場所を取った。

 まだグラウンドは湿っており、更には水たまりも数え切れないほど小さなものから大きなものまであった。それでも、水たまりが少なかった校庭の中央にビニールシートを広げ、星座早見板などの観察道具を置いた。

昼の間は缶けりや、かくれんぼなどで夜まで時間を潰した。久々の三人だけの時間に酔いつぶれ、どの遊びをしても飽きずに遊べていた。

 夜ごはんは近くのコンビニ弁当で済ませて、すぐに星の広がる宙を見るため部長の弥生を真ん中に寝転がり宙を見上げた。

 宙を眺めはじめて間もなく弥生が見つけた。

「あ、流れた」

「え、どこ?」

「またですか」


 …………


 いつものように笑いは起きなかった。

 今日で最後、これで最期。

 三人の間には、こんな様なワードが脳裏をめぐりに巡ってしばらくの静寂が三人をおそった。

 しかし、その静寂を弥生が破る。

「ねえ……」

「なに?」

「はい?」

 弥生の方に目を向けると弥生の頬からは涙が寂しそうにひとつぶ一粒ゆっくりと落ち続けていた。

「なんでもない一瞬は、本当に一瞬で届かない空や雲や星みたいだけど、手を伸ばし続けると意外と近いものなんだよね……」

 弥生が涙混じりに僕たちにポツリと呟き、そして手を差し出してきた。俺はその手を握りまた宙を見上げた。

「そうだな」

「そうですね」


「「「あ、流れたね」」」


 初めて三人の声が揃い笑いあった。

「この景色はきっと忘れないね」

「そうだな」

 何年先も笑っていられる魔法だね――

 それだけでほら、強くなれる――

 この瞬間は永遠になる。


 いつかそれぞれの道に進む日が来ても、それまでみんなといられたらそれでいい。そんなふうに明日を見上げる――


               ☆


 ふと、現実に返り「スー ハーーと一つ大きな深呼吸をした。霧はポケットに手をいれて携帯を取り出し

「もしもし雨野です。課長、今から出勤してもよろしいですか……はい。ありがとうございます。今から行きます。すみませんでした」

 ポケットに携帯をしまい、前を向いて今までよりも、強く一歩を踏み出した。


『――今日は宙を見ようよ。星の跡なぞるように校庭で見たこの景色きっと忘れないよ。それだけでほら、強くなれるよ。何年先も笑っていられる魔法だね。永遠のような気がしていた、夏の終わり――』


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