第一部 軋む歯車 頭文 宵闇に哭く
以前某レーベルへの投稿用に書いた冒険活劇です。
ボリュームがとんでもない事になってしまった為、断念&改稿しました。
ノッキング・オン・スロープドアとは別方向の作品ですが、何卒宜しくお願いします。
頭文 宵闇に哭く
広い平原にポツリと建つ小屋の中に、二人と一頭がいる。
一人は腕を組んだ男、一人は剣を持つ幼児、一頭は怯える子羊だった。
これ以上ない程シンプルな作りの小屋の事だ。
木製の骨組みが僅かな温かみを与えるが、殺風景な室内には机も椅子も棚もなく、僅かな光源である蜜蝋は中央の柱に架かっている。
土の地面が立ち上らせる冷気が骨から足を侵す中、聞こえる音は僅かだった。
サワサワと降り続く小雨と、
屋根からの雨垂れ、
そして、所在無く鳴く羊の声。
「さっき言った通りにやるんだ。早くしろ」
ゆっくりと、冷たい男の声が空を裂いた。
それを受け、まだ少年とも呼べぬ幼児が頷く。
彼の手に握られた剣は重く、ベタベタとして、何より氷の様に冷たかった。
『さっき言われた通りに、さっき言われた通りに』
躊躇う自身を宥める様に、心の中で復唱する。
だが、剣を握る腕は他人の物の様に動かない。
躰が震える。
それは寒さから来るものだけではなかった。
暫く蟠っていると、背後から溜息が漏れる。
ビクリと身震いした幼児が振り返ると、変わらず腕を組んだ男、彼の父が、怜悧な視線と共に告げた。
「早くしろ」
今、幼児の周りに温もりはなかった。
否、全くなくはないが、彼はその僅かな温もりを斬り捨てる事を強いられていた。
『アユカ…』
幼児は視線を前に戻す。
そこにはアユカ、幼児が自身の手で育てて来た一頭の子羊がいた。
細首を震わせ、全身を委縮させ、懇願する様に、警戒する様に、アユカは恐怖を訴え続ける。
「ロード」
父の声が幼児を締め上げる。
室温も、剣も、父の声と視線も、着ている衣服も、全てが冷たい。
『アユカ……アユカ……』
幼児の脳裏に去来するのは、これまでアユカと過ごした日々。
初めて世話を任された日から今日これまでの、全ての記憶。
「やれ、ロード」
冷熱が背を炙る。
緊張が体躯を震わせる。
愛着が胸を締め付ける。
板挟みに声なき断末魔を上げた幼児は、遂に切先を、
振り下ろす。
取り敢えず序文からの投稿になります。
基本的に筆者たる私がマイペース極まりない人間なので投稿ペースはかなりまちまちになると思いますが、どうか一つ気長にお待ちください。