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皇帝陛下の猫  作者: 縞白
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第二話「皇帝陛下の猫」




 いくつかの部位に稀少金属(レアメタル)を使い、魔力を高純度に精製、さらに高密度に凝縮させた魔石を動力源とする機械人形の製作には、莫大な金がかかる。


 私の身体の製作者であるエーデルシュタイン博士は、東方を支配する帝国の皇帝陛下に認められた優秀な魔術師であり研究者だったが、莫大な額の帝国の金を注ぎ込んだ機械人形の製作に十回も失敗した為、進退窮まっていた。


 と、いうのは立場的な話であり、研究にしか興味のない博士自身は、自分の評判がどれほど落ちようとまったく気にしていなかったのだが。

 そんな博士でも、資金提供を止められるのは困るようだ。


 皇帝陛下から直々に「今後も研究を続けたくば何らかの成果を見せよ」と命じられ、何らかの成果さえ見せれば今後も帝国の援助を受けて研究が出来る、という言外の言葉に一考して、今、唯一動いている私を献上する事にしたらしい。



「これよりあなたの主は皇帝陛下です。忠実にありなさい」



 博士は最後の命令を下し、私の身体に組み込まれた規則を書き換えた。


〈 帝国皇帝の命令には絶対服従 〉

〈 帝国皇帝に従っている状態でのみ、自律機能の維持を許可する 〉


 「命令以外の動作をしてはならない」という一文が外された事で、私はようやく自律式らしく動けるようになった。

 しかし、命令された時にのみ動くという生活に慣れてしまっていたし、「命令に絶対服従」する為には自由に動き回る事など許されないので、さして何も変わらなかった。



 博士は皇帝陛下に仕えるのならば必要だろうと、私の知識に対暗殺者用の戦闘術と、武器だけではなく日常生活で使用される道具を使った戦い方、その他、宮廷作法や貴族名鑑などを追加。

 身体の部品もいくつか、より耐久性に優れた物へ換えた。





 そして、数日後。

 豪奢な謁見の間で、私は皇帝陛下に献上された。


「それが戦闘型の自律式機械人形か。エーデルシュタイン、なぜ子供の姿にした?」

「深い意味はありません。これは試作機として製作しましたので、素材を無駄に使わず済むよう小型にしただけです」


「それだけの理由で美しい子供の姿をした殺戮人形を作るのか。幾多の戦場へ行き、醜悪なものなど見飽きたと思っていたが。お前の頭の中だけは見たくないものだな」


「お言葉ながら、陛下。これがどのような人形となるかは命令する人間しだいです。何も命じなければ、これが自ら生き物を屠る事などありません」

「ほう? 命じる者の意思を映す、鏡だと申すか」


 玉座に在るのは他者を従える事に慣れた壮年の男性。

 低い声には聞く者の心を引き寄せる力があり、その眼差しには強烈な威圧感がある。


 皇帝陛下はエーデルシュタイン博士から私へと視線を移して問うた。


「機械人形、名は何という」

「はい、陛下。零と呼ばれております」


「零?」


 この名は気に入らないようだ。

 博士がそれは仮名ゆえ、いかようにもお呼び下さいと言うと、皇帝陛下は側近に一人息子である皇子を呼ばせた。


 暫くして現れた皇子殿下は、父皇帝によく似た顔立ちの落ち着いた少年だった。

 皇帝陛下は彼に、「この人形をお前に与える。名を与えよ」と命じた。

 少年は私をじっと見つめてから、言った。


「では、わたしはこれを“猫”と呼びます」

「猫だと? それが名だと言うのか」

「はい。これの眼は猫のような形をしていますから」


 機械人形は主の命令に絶対服従する。

 その点で言えば猫より犬と呼んだ方が相応しいだろうに、皇子は眼の形だけで私の呼び名を「猫」と決めた。



 私はふと、前世でアビシニアンという種類の猫を飼いたいと思っていた事を思い出した。


 母が動物アレルギーだった為、猫も犬も最初から飼えないと諦めていたのだが、ある時何気なく読んでいた雑誌でアビシニアンの写真を見て一目惚れし、いつか飼いたいと思ったのだ。

 その願いに手を伸ばさないでいるうちに前世は唐突に終わり、今に至るのだが。



 皇帝陛下は跡継ぎである皇子を不思議そうな目で眺めてから「ふむ」と頷き、奇妙な名を受け入れた。


「猫。これより後は、我が息子に仕えよ」

「はい、陛下」


 私はそうして、皇太子殿下の“猫”となった。





 ◆×◆×◆×◆





 皇太子殿下は賢いが故に気難しい、動物好きな少年だった。

 見事な漆黒の毛並みをした大型の狼犬ザードを常に傍らに置き、鋭い爪を持つ鷹を可愛がり、人々からは一定の距離を取る。


 私は動物ではないが、皇帝陛下直々に与えられたせいか、あるいは“人でないもの”として分類されたのか、側にある事を許された。

 皇太子殿下は一日とかからず私の使い方を理解した。





 気難しくも優秀な皇太子殿下は侍従や侍女たちを困らせる事などほとんど無く、数十人の家庭教師たちから毎日様々な学問を習って過ごしていた。

 しかしどうにも優秀すぎるらしく、鋭い質問で家庭教師たちを口ごもらせるのが日常茶飯事。

 その上、言葉を選ばず考えた事をそのまま口にして質問攻めにするので、家庭教師たちは答えられない自分のなんと愚かで知識の浅い事かと自信を失って嘆きながら、短期間で城を去っていくのが常だった。



 そうして日が経つごとに皇太子殿下のそばには穏やかで優しい人間など寄りつかなくなり、必然的にとても独特で癖の強い者達が集まってきた。

 皇太子殿下は個性的な人物を好むらしく、彼に友人と認められた人々には奇人や変人と呼ばれる者が多かったが、皆それぞれに得意分野を持つ天才や秀才や努力家でもあった。


 皇帝陛下は時折、公務の合間に皇太子殿下の元を訪れ、息子の友人の顔ぶれの多彩さにおもしろい連中を見つけたものだなと笑った。



 残念ながら、私には笑う機能も余裕もなかった。

 皇太子殿下の側仕えとして、彼の奇人変人な友たちが巻き起こす騒動の数々に、否応無く翻弄されるはめになったからだ。



 特に魔術師のクォーツは毎回ひどい騒動を起こす厄介な少年だったので、彼が魔術の実験の失敗に皇太子殿下を巻き込んで行方不明にした時、私は排除しておくべきものであると判断してその首に手をかけた。

 寸前で皇太子殿下の乳兄弟である近衛騎士のオルブラントに止められてしまったのだが。

 殿下の友人たちは癖も強ければ悪運も強い者ばかりで、殺されそうになってもなかなか死なないのが共通した特徴だった。


 幸い、皇太子殿下が転移させられたのは帝都の内で、賢い彼は身に付けていた最高級の衣服を目立たない平民の物に替え、ついでに小金を入手して自力で城へ戻ろうとした所をザードに発見され、狼犬の後を追ってきたオルブラントと私に保護された。


 ちなみに城でのんびりと待っていたクォーツは、「やあ、お帰り~。小旅行は楽しかったかい?」と笑顔で迎えたところを皇太子殿下に命じられた私の手によって捕まえられ、縄でぐるぐる巻きにされて城で一番高い塔の上から逆さに吊された。

 「んぎゃ~!」と情けない悲鳴をあげるクォーツに、「良い機会だ。わたしがお前に反省という言葉を叩き込んでやろう」と言った皇太子殿下は、意外にもそれなりにこの突発的な外出事件を楽しんだらしく、整った顔立ちには珍しく笑みが浮かんでいた。





 まだ幼い皇太子殿下の、穏やかとは言えないがそれなりに平和な日々。

 私は時折、警備をすり抜けてきた暗殺者を捕えたり、友人に手引きされて密かに城下へ遊びに行く皇太子殿下を影から護衛したりしながら、その成長を見守る。


 それは数年続き、やがて終わった。





 ◆×◆×◆×◆





「猫、部屋で休め。お前も共に戦場(いくさば)へ行くのだから、今夜のうちに入念に整備しておけよ」


 かろうじて青年と呼べないこともない程度に成長した皇太子殿下は、初陣を明日にひかえて緊張しているらしく、いつもより口数が多かった。





 未だ戦乱の続く世界の東方を支配する大国の次期統治者として、軍の手綱を取る事は必須。

 皇太子殿下は幼い頃から書物や軍の練兵場でそれに必要な事を学んでいたが、「実践無き知識に価値無し」という考えを持つ皇帝陛下が、先月十五歳になってようやく成人を迎えた跡継ぎの息子へ出陣命令を下されたのだ。


 この世界は随分前から各地で戦乱が繰り返され、国境線がころころ変わっているのだが、今回、まだ幼さの残る皇太子殿下が行くよう命じられたのは、南方にある同盟国の応援である。

 その国は大きな河を挟んで西隣にある国から突然攻め込まれ、首都まで侵攻されそうになるのに慌てて助けを求めてきたらしい。


 香辛料や珍しい鉱石の取引などで昔から親交のある同盟国だった為、皇帝陛下は要請に応じて軍を動かす事を決め、その将として皇太子殿下を選ばれた。





 今の私は皇太子殿下の猫だ。

 何があろうと彼が行く所へともに行き、その側にいて仕えるだけ。


「はい、殿下」


 命じられるまま部屋から下がり、整備部品が置いてある自室へ戻って身体の点検をしておこうとした。

 その、途中。



「あなたが猫さん?」



 今までに聞いたこともないほど美しい声に呼び止められ、振り向いた瞬間にその声の主が黄金の髪と瞳を持つ美女である事に気づき、さっと廊下の端へ移動して片膝をついた。



 神の愛娘。

 地上の女神。

 黄金の薔薇。



 人々から尽きることのない称賛の言葉を捧げられるこの絶世の美女は、皇帝陛下の妻であり、私が仕える皇太子殿下の母である。


 皇太子殿下のお産で体調を崩された為に長く離宮で静養されており、私は今まで一度もお姿を拝見したことはなかったが、噂に聞いた称賛の言葉はどれもただの世辞ではないと一目で解った。

 成人を迎えた息子がいるとは思えないほど若々しく美しい、たおやかな女性だ。



 皇后陛下は片膝をついて深く頭を垂れた私に立つよう命じ、子供の姿をした機械人形に、穏やかな眼差しで微笑みかけた。


「あなたの事は、皇帝陛下からお聞きしています。わたくしたちの息子のそばにいて、ずっと守ってくれていると」


 感謝していますよ。


 優しい声で言われるのに何と答えるべきか解らず沈黙していると、皇后陛下は気にしたふうもなく小首を傾げて、唐突に訊ねた。


「猫さん。あなたがお生まれになったのは、いつごろ?」


 なぜそんな事を訊かれるのかさっぱり解らなかったが、答えなければならない。

 研究所で身体が製作され、目覚めてから博士の元で過ごしたのはだいたい八年ほど。

 それから皇太子殿下の猫となり、七年。


「十五年ほど前です、皇后陛下」


 そういえば皇太子殿下の年齢と同じ稼働年数だな、と思いながら答えると、皇后陛下はどうしてか嬉しそうな笑顔を浮かべていきなり私を抱きしめ、何かを祝福するように体温のない額へ口づけを落として言った。


「ああ、やっぱりあなたね。待っていたの、ずっと待っていたのよ」


 意味不明だったが、相手は皇后陛下で、周りには側近と近衛騎士たちがいる。

 私はたおやかな腕の中で、ただ解放されるのを待った。

 幸い、皇后陛下はすぐ腕をといてくれた。


 そして。



「あなたがどうして機械人形の身体で現れたのかは解らないけれど、神の御業にはすべて深い理由があるもの。きっと、あなたが今のあなたでなければならない理由があるのでしょう。

 人の身にすぎないわたくしたちにできるのは、ただ祈ることだけ……

 ああ、猫さん。猫さん、どうかずっとあの子のそばにいてね。あなたさえいれば、あの子はきっと大丈夫だから」



 また意味不明な事を言って、雲の上を歩くような足取りで私の前を通り過ぎ、側近たちを廊下へ置いて一人で皇太子殿下の部屋へ入っていった。


 初陣を明日にひかえた息子の為に、わざわざ遠く離れた離宮から帝都まで出てきたのだろうか。

 そう考えるとごく普通の母親のように思えるが、さすがは“地上の女神”。

 たいへん浮き世離れした方だった。


 そんな感想を抱いて、不思議なものを見る目で私を眺める皇后陛下の側近たちに背を向け、自室へ入る。





 それが皇后陛下のお姿を拝見した、最初で最後の時だった。





 ◆×◆×◆×◆





 翌日、帝都の民の盛大な声援を受けて出立した皇太子殿下の初陣は、予想外の方向へ転がった。


 彼が同盟国を支援して侵入してきた隣国の軍を追い払っている間に、突然帝国の周辺が騒がしくなり、同時に幾つもの争いが起きたのだ。

 帝国は軍を出して争乱を鎮めようとしたが、そうして人が出払い、警備が手薄になった帝都が空から急襲された。


 西の大国、王国の空挺部隊による襲撃。

 帝国の周辺で連続した争乱は、帝都の兵を削る為に巡らされた王国の策略によるものだったらしい。


 遠く離れた地で状況がうまく掴めず苛立っている皇太子殿下に、伝令兵が悲鳴のような声で最悪の報せを伝えたのは夕暮れ時の事だった。



「皇帝陛下、崩御! 皇后陛下も共に逝かれたと……!」



 皇太子殿下の顔から、幼さが削ぎ落とされた。





 その日の夜。


 月も星も見えない闇の空の下、煌々とかがり火の焚かれた野営地の中心で、これからどうするのかと深刻な顔で囁き合う兵士たちを集め、彼は言った。





「これよりは我が帝国皇帝である」





 敵は王国



 帝都を荒らし

 我が父母たる先代皇帝と皇后を殺した愚か者どもを


 一人残らず踏み潰す



 さあ、兵士たちよ

 我に続け



 帝国は王国を喰らい、大陸の覇者となろうぞ!





 燃えさかる炎に照らされて爛々と輝く男の眼が兵士たちに狂気的な熱を与え、絶対的強者として傲慢なほどの自信に満ちた声が強烈に彼らの心を捕らえる。


 自分たちの居ない間に家族や妻や恋人のいる故郷を荒らされた男達は怒りに燃え、若き皇帝に従った。





 それが西の王国対、東の帝国。

 二つの大国が正面衝突するという、かつてない大戦の始まり。



 私は“皇太子殿下の猫”から“皇帝陛下の猫”となり、彼の傍らでその行く末を硝子玉の眼に映す事となる。





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