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皇帝陛下の猫  作者: 縞白
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第一話「試作機の零」

 残酷表現が多く出てきます。流血描写等が苦手な方はご注意ください。





 享年二十六歳。

 短くも長い一生を不慮の事故によって終えた私は、なぜか記憶を失うことなく、気がつけば次なる世界へ降り立っていた。


 そこは魔術と科学が混在する戦乱世界。

 見おろせば我が身は機械人形。


 しかも何故か、戦闘型の自律式機械人形。



 頭の中には既にこの世界についての知識と多種類の武器を扱う戦闘術、製作者たる魔術師エーデルシュタイン博士の情報が入れられ、絶対に守らなければならない二つの規則が定められている。



〈 製作者の命令には必ず従い、命令以外の動作をしてはならない 〉

〈 製作者の命令に従っている状態でのみ、自律機能の維持を許可する 〉



 つまりは「製作者に絶対服従せよ」という事だ。

 アイザック・アシモフの小説に登場するロボット三原則より単純だな、というのがそれを理解した時の感想である。


 その他には、「命令以外の動作をしてはならない」などという規則を入れるくらいなら自律式になどしなければ良いのに、と不思議に思った。





 嗅覚と味覚と痛覚が無く、表情を変化させる機能も無い機械人形という器に、私の意識はさほど時間をかけずなじんだ。

 飲食も睡眠も排泄も必要無く、壊れた部分を修理すれば半永久的に動作する金属製の身体に宿っているという現状は、微睡みに見る泡沫の夢のようだった。


 どうも、ただ甘いだけの夢ではないらしいが。





 人間の娘として生まれ、鷹揚な両親のもとで「元気でいてくれればそれで良い」と自由気ままに育てられた前世とは違い、今生では既に存在理由が定められていた。


「あなたはわたしの作った試作機です。これから皇帝陛下へ献上する正式な作品を製作する為の、手伝いをしてもらいます」


 「わたしの言葉が理解できたら返事をしなさい」と命じられ、私は初めて声を出した。


「はい、博士」


 それは記憶にある自分の声とはまったく違う、まだ幼い子供の声。

 色素の抜けた白髪と、奇妙なほど澄んだ琥珀色の眼をしたエーデルシュタイン博士は、ひとかけらの表情も無いシワだらけの顔で「よろしい」と頷いた。





 ◆×◆×◆×◆





 老齢の博士は仕事熱心で、私の身体が正常に機能していることを確認すると、様々な試験で能力値を測定した。


 私は博士の命令に従って動きながら、今生での自分の身体が性別の無い子供の姿をしている事と、人間を軽く超える運動能力を持っている事を理解する。

 そうして試験を受けるなかで、痛覚が無い為か、身体の限界が解からず腕や足や関節を壊しやすい、という事も学んだ。

 特に指の破損率が高く、足の親指や小指を失った事に気付かないでいると、うまく体勢が維持できず転んでしまう。


「ふむ。正式な作品を製作する時には、身体の管理機能を強化すべきですね」


 博士は手元の紙に何かを書き付け、部品交換が面倒だから身体を壊さないよう力を制御しなさい、と命令した。

 私は「はい、博士」と答えた。





 命令された事だけをする生活は私に適していた。

 何よりも存在理由が定められている事が、私を安堵させた。


 鷹揚な両親のもとで生まれ育った前世、なぜ自分が今ここで生きているのか解らず、家族を愛してはいたものの、ただ生き続けなければならない事に息苦しさを感じていた私にとって、エーデルシュタイン博士が迷いなく下す命令は心地良いものだった。

 その命令に従っている時、私は定められた存在理由の為にあり、必要とされているのだと感じられた。


 そして命令が無い時、一切の動作を止めた機械人形の中で、私の心は己の役目を果たしている者だけが味わえる充足感にひたった。





 ◆×◆×◆×◆





 数か月かけて研究所での試験が行われた後、私が己の身体となった機械人形の能力と耐久限度を把握した頃に、試験場所が変わった。


 (ゲート)と呼ばれる大型の魔道具を使った空間転移の魔術によって、研究所から遠く離れた所へ移動。

 かつては交易で賑わう街だったという戦場を見おろす小高い丘の上、帝国の紋章付きの天幕の一つへ入ると、そこで待っていた博士の助手から周辺地図を渡されて記憶せよと命じられた。


 機械人形の頭は記憶力に優れているというか、一度見れば忘れるという事がない。

 地図を見て覚えましたと報告すると、別の助手が来て銀の皿にそそがれた水に魔術をほどこし、今度は水面に映し出された男の顔を記憶せよと命じられた。


「これがビスマスの将軍です。行って首を取ってきなさい」

「はい、博士」


 味方から攻撃されないよう左の上腕に帝国の紋章付きの紅い布を結びつけられ、右手に標的を狩る為の大きなナイフを持たされた私は、黒煙立ち昇り、爆音轟く戦場へ飛び込んだ。


 嗅覚や気温を感じる能力が無い為かやや現実感に欠けているが、ここが危険の多い場所である事は確かだ。

 人より遙かに頑丈な機械人形の身体でも、極度の損傷や重要な部位の破損で機能停止してしまうので、物陰に隠れながら周囲に注意して進む。



 博士の命令に従って動く身体の中で、ふと、思った。


 機能停止は今生での私の死。

 けれど機械人形の機能停止が、人の目に“死”と映る事は無いだろう。



 瓦礫の山を越えていくつもの屍の横を通り過ぎ、ようやく最前線へ辿り着くと、私の腕に結ばれている紅い布を見たビスマスの兵士から攻撃された。

 中距離にいる間は銃やボウガンで、近距離へ行くと剣や奇妙な形をした斧で。


 前世では逆上がりさえできなかったが、現在の私の身体は動体視力も運動能力も人外級。

 弾丸も矢も刃も軌道を見極めて避け、兵士たちの間をすり抜け、物陰に隠れながら標的を求めてひたすらに疾駆する。

 小柄な身体が幸いしたのか、誰にも捕らえられる事無く軍の奥深くまで侵入すると、兵士達に囲まれて馬上から指揮をとる将軍を見つけた。



 瞬間。


 ナイフを構えて機械の身体を低く沈め、力を溜めて跳躍。

 凄まじい勢いで跳んだ私は、すれ違う瞬間に標的の首を刎ねた。



 唐突に噴出する血を浴びて将軍の周辺にいたビスマスの兵士達が驚愕し、混乱の悲鳴をあげる。

 私は血飛沫の届かない場所へ着地して空を見ると、将軍の首が落ちてくる位置を見極めてもう一度跳んだ。

 空中でそれを受け止めると潰さないよう注意して片腕に抱き、着地すると同時に再び走り出す。

 誰かが何かを叫ぶ声を背に、身体を壊さない程度に全速力で走り、博士の元へ戻った。



 博士は帝国軍の中で一番大きな天幕の下にいて、高位の軍人らしき男が猛烈な勢いで怒声を浴びせるのを、いつもの無表情で聞き流していた。


 私は速度を落とし、博士の横顔を見つめながら近付いていく。

 博士は助手に耳打ちされてこちらを振り向くと、私の片腕に抱えられた標的の首を見て一言命じた。


「戻りました、と報告しなさい」

「はい、博士。戻りました」

「よろしい」


 命じられるまま答える私と、何でもない事のように頷く博士を、先まで怒鳴っていた軍服の男が化け物を見るような目で凝視している。

 私は博士の指示で彼のそばにある机の上へ首を置き、ナイフを助手に渡した。


「では、我々は研究室へ戻ります」


 博士が言って歩き出すのに、それまで声もなく私たちを見ていた軍服の男が「待て!」と大声で止めた。

 立ち止まり、無言で振り向いた博士に、私を指さして男が問う。



「それは一体、何なんだ!」



 私は何なのか?


 博士はどう答えるのだろう。

 耳を澄ませて待っていると、低くしわがれた声は淡々と答えた。



「戦闘型の自律式機械人形の試作機。それ以上でも、以下でもありません」



「馬鹿な! 自律式機械人形は戦闘に耐えられない、それが常識だ!」


「戦闘に耐えられないのではありません。そうした定説が出来上がるほど、過去に作られた物が戦闘に耐えうる機能を持たなかっただけの事です。

 しかし、技術は進歩するもの。その進んだ技術によって、わたしは戦闘型の自律式機械人形の開発に成功したのです。

 そこにある首は、その証拠だと思いませんか?」


 男は博士の言葉がまったく気に入らない様子で、ふん、と荒々しく鼻を鳴らした。



「たった一度の成功で早合点しない事だ、博士。その人形も、いずれ原因不明で壊れるだろう」





 ◆×◆×◆×◆





 西の王国と東の帝国。

 その周辺に小国が乱立し、小競り合いや戦争を繰り返す。


 敵は星の数、戦場は常に近くに。



 そんな世界で、私は戦場へ連れ出されて数十回の“試験”を受けたが、壊れはしなかった。

 三回ほど指揮官たちの首を取ると顔が売れてしまったらしく、どこへ行っても相手が私を警戒し、姿を見られると最優先で攻撃されるようになったのには困ったが。

 今のところ幾度か身体の一部を破損しただけで、行動不能や機能停止にまでは至らず済んでいる。


 そして行く先々で奇異なものを見る視線を受けながら、博士は標的の首を持ち帰る私に「よろしい」と頷き、渋面の軍人たちの目前にそれを置かせた。





 博士は私に様々な命令を下して細かに情報を収集し、必要量が蓄積されたと判断すると、それを活用して正式な作品の製作にとりかかった。

 私は博士が設計図を引くのとは別の部屋で助手から全身点検を受け、彼から軽度の損傷は自分で修理するようにと言われて、その方法を教えられた。


 この世界の知識や多種類の武器を扱う戦闘術は組み込んであるのに、肝心の己の身体についての知識が欠けている、というのは考えてみれば不思議な事だったが、質問を許されていない私に訊くすべはない。

 助手の言葉を聞き、自分の身体の修理法を学んだ。





 数ヵ月後、一体目の作品が完成した。



 博士は成人男性の姿をしたその機械人形を「壱號(いちごう)」と呼び、私を「(ゼロ)」と呼ぶようになった。

 私は与えられた名の通り“存在しないもの”となり、博士の研究室の片隅に置かれた硝子(ガラス)製の円筒型容器(カプセル)に入れられ、保存液に抱かれて眠りについた。



 平和な世界で幸福に暮らしていた前世の記憶の隣に、今生で命じられるまま殺した名も知らぬ人たちの顔があり、手が彼らの首を刎ねた時の感覚と腕に抱いた時の重みを思い出している。


 ぷかり、ぷか、と浮かんでは消えていくそれらを眺めながら、夢うつつに聞こえてくる研究所の人々の声に耳を澄ませていた。





 完成から数日後、壱號が壊れた。


 原因は戦闘術についての試験中に起きた事故による重度破損。

 しかし、なぜ頑丈な機械人形が致命的に破損するほどの事故が起きたのか、その理由は不明なようだ。

 博士は珍しく声を荒げて怒りを露わにしたが、数時間で落ち着きを取り戻し、次の作品に活かすべく失敗原因を考え始めた。





 数日後、博士は次の作品を作り始めた。

 壱號より長い時間をかけて制作された「弐號(にごう)」は、順調に試験を終えて戦場へ連れて行かれ、穴だらけの金属の塊と化して戻ってきた。

 博士は苛立ち、手に触れた紙すべてを破り捨てるなどして荒れたが、また数時間で落ち着きを取り戻すと、次なる作品の設計図にとりかかった。





 寝食を削り、命を捧げるようにして博士は作品を作り続けた。


 そうして作られた“作品”たちは、どうしてかすべて、壊れ続けた。



 「参號」は壱號とは違う試験中の事故で重度破損し、「肆號」はどうしてか起動せず、「伍號」は戦場での初試験で破壊され、「陸號」はまた試験中の事故で重度破損。

 「漆號」はようやく戦場での初試験を突破したが、研究所に戻って数時間と経たないうちになぜか機能停止してしまい、それきり動かなくなった。

 「捌號」は試験中の事故で重度破損、「玖號」は戦場での試験を易々と突破したが、標的以外の人間を大量に殺した上に味方である帝国兵にまで刃を向けた為、博士が緊急時用に設定していた鍵言葉(キィ・ワード)を使って強制的に機能停止させた。

 「拾號」は戦場での初試験で破壊された。



 博士は七体目以降、動かない金属の塊を見ても怒らなくなった。





 ◆×◆×◆×◆





 拾號が壊れて十数日後、円筒型容器から保存液が抜かれ、私は何年ぶりにか外へ出された。

 博士は私の全身点検をしながら、しわがれた声で言った。



「零。あなたはなぜ今、ここに在るのでしょう?

 試作機にすぎないあなたが壊れず、なぜ全力を尽くした作品たちがことごとく壊れるのか。どれだけ考え続けても、答えが見つけられません」



 それぞれが宿した魂の影響ではないかと思ったが、発言を許されていない私には答えられない。

 しかし、それでかまわないのだろう。


 博士は私の脚から歯車を一つ取り出して窓から差し込む陽射しに当て、目を細めて角度を変えながらその金属部品を見ると、近くに置いてあった布を取って丁寧に拭きながら言葉を続けた。



「あなたが試験を易々とこなし、実戦にも耐えうる事を十分に証明してくれたおかげで、わたしは戦闘型の自律式機械人形の製作難度をひどく見誤ってしまったようです。

 これはわたしの感覚的なもので、何ら根拠のない仮説ですが。

 おそらく壊れた十体の人形たちの方が正常で、壊れないあなたが異常なのでしょう」



 壊れた彼らの方ではなく、壊れない私の方が異常?

 よく理解できないでいる私の事など気にもとめず、博士は話し続ける。



「先人の残した言葉にはそれなりの理由がある。故に「自律式機械人形は戦闘に耐えられない」事にも理由があり、わたしはそれを機能が戦闘に耐えうるものではなかったからだと判断した。

 しかし、その考えは間違いだと、十体の機械人形が証明している。

 ならば正常であるが故に壊れた彼らと、異常である為に壊れないあなたはどこが違うのか、それを探るのが次の道。


 そう、思っていたのですが」



 脚の歯車を戻し、それを磨いていた布を机に置くと、エーデルシュタイン博士は不機嫌そうな顔で言った。





「あなたを皇帝陛下へ献上する事にしました」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 始めからラストまで、主人公から見た物語の流れがすごく良かったです。くどくなくスラスラと話が進みかつ、魅入る部分はしっかりと描かれていて、ラストが特にとても素敵でした。 [一言] 初めて続…
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