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仕事7

 馬族から鞍替えして、鳥族の下へ。何とも魅力的なお話だ。マシューさんの姿を見る限り、少なくとも衣服くらいはまともなものを用意してもらえそうだし。卵を温めるって言うくらいだから、もちろん巣があるんだよね? ならば住居もオーケー。あとは食だが、羽があるんだからお願いすれば買出しに行ってくれるだろう、多分。まさに諸手を挙げて歓迎すべきお申し出だった。

 ちらりとディディエスさんを横目で見ると、彼は眉間に皺を寄せてマシューさんを睨んでいる。私は胸の内で溜息をついた。どうもこの人のことがよくわからない。愛している愛していると事ある毎に述べてくれるが、何でこんなに好かれているのだろう。私は彼に何かをした覚えはない。そして、今後もその想いに返してあげられる気持ちなど、私にはないのだ。謹んでお申し出を受けようじゃないか。

 ……けれども。

「お気持ちだけ、ありがたく頂いておきますね」

 首を振ると、意外そうな顔。

「何故だ? 馬族の生活は大変だろうに。俺達の方が手厚く保護してやれるはずだ」

 きっと、本当にそうなんだと思う。雨の日に不安になりながら、天幕に当たる雨音を聞かなくて済むようになるだろうし、日中は部屋の掃除とか洗濯とか、乗馬なんかよりももっと普通のことができる。毎日毎日、平凡で退屈な、けれども穏やかで優しい生活が待っているだろう。それは私が何よりも望むことだ。

「ふん、所詮貴様は敵ではなかったということだ」

「何だと……!」

 ああ違う、そうじゃないよディディエスさん。

 私は後ろめたい気持ちで彼を見上げた。

 明日兎の国へ行くからね。今この時に鳥さんの所へ行ったら、余計な大回りだから。だから、マシューさんについて行かない。でも、ごめんなさい。私は貴方のことよりも、明日家に帰ることの方が大事なの。

 もう一度溜息をつく。嫌ってくれればこちらも事務的に淡々と過ごせるのに、馬族ときたらどいつもこいつもユキノユキノと私に甘い。くそう、そういうところが憎らしい。

 私がいつまで経っても手を取らないと見るや、マシューさんは引っ込めた手で頭をがしがしと乱暴に掻いた。

「悪い話じゃないと思うんだがな」

 頷いて肯定する。

「とてつもなく魅力的なお話ではありましたけど、タイミングが悪かったんですよ」

 せめてこの世界に来て数日の内に出会いたかった。そうしたら尻尾を振ってついていっただろう。

「そうかい。……そうだな、俺があと三年若ければ、いけたかもしれないな」

「ちょっと謙虚過ぎやしませんかね」

 せめて二十年にしとこうよ。三年程度じゃ何も変わらんよ。まあ、そんな昔には私はここにいないけど。

 苦笑しつつ互いの目を見て、さてこの話はこれでお仕舞い、それじゃあお元気でと言って踵を返そうとした。あと少しで夜が来る。そうだ、確か門の近くにパンの間に肉を挟んだハンバーガーのような物を売っている出店があったはず。あれを買っていこう、一個で足りるだろうか――そのようなことを考える私の背に掛けられる声。

「ユキノ、少し待て」

「ちょっと待ちな」

 はて、何か忘れ物でもしただろうか。振り返ると、睨み合いを続ける両者の姿。マシューさんがディディエスさんを見据えたまま私に言う。

「こいつをお忘れだ。責任取って引き取ってくれ」

「俺は証明してみせる必要がある。俺はこんな鳥に負けるわけにはいかない。完膚なきまでに叩きのめしてやらねば気が済まない」

 はい?

「鬱陶しい野郎だなおい……。嬢ちゃん、こんな大きな物道端に捨てていくな。ちゃんと持って帰ってくれ。それが礼儀ってもんだ」

 おおおい……。私は頭を抱えた。ディディエスさん、自分から積極的に問題を作らないでよ……。両者の温度差が凄い。ディディエスさんは勝手にやる気になってるし、マシューさんは迷惑そうだ。でもちょっと視線を外してくれればいいのに、目を逸らした方が負け、とでも言わんばかりに固定したまま動かさない。だからディディエスさんがますますやる気になる。

「貴様に勝負を申し込む。俺が勝ったら今後一切ユキノに手を出さないと誓ってもらおう」

「勝負ってあんた。もうすぐ夜だが何の勝負をする気なんだ」

「早駆けなどどうだろうか」

「おいおい、俺が誰だか忘れてないか? このマシュー、馬に負けるような翼は持ってないつもりだがな。それに、障害物がない分俺が有利だがいいのかい?」

「翼? 別に羽ばたいても構わないが。その代わりちゃんと走れ、地面を」

「無茶言うな!」

 うん、鳥に向かって走れってないよね。兎と亀並みの勝負だ。もし負けたら馬として……というか動物としてどうかと思ってしまう。話にならないとわかりそうなものだが、彼は何を考えてこんな勝負を申し出たのだろうか。

 拒否されたディディエスさんはムッとしたようだった。

「何故だ。貴様にも地を駆ける足があるだろう」

「足はあるが、走ることには使わないな」

「…………ダチョウじゃないのか?」

「違う!!」

 怒鳴られて彼はぱちぱちと瞬きした。予想外のことを言われた時の反応だ。私はマシューさんが猛禽類だと思っていたのだが、彼はダチョウだと思ったらしい。ダチョウ族なんているのか。一つ勉強になった。

「そうか……それはすまない。ずっとダチョウ臭がすると思っていたのだが……。では貴方は何だろうか。禿鷹か? 極楽鳥か?」

 いきなり態度が軟化した。ダチョウに何か思うところでもあったのかもしれない。マシューさんも毒気を抜かれたようで、少しだけ目元を緩めて呆れた眼差しで彼を見た。

「何でいきなり禿鷹と極楽鳥なんだよ……。まあ、ダチョウ臭ってのはあながち外れでもない。昨日まではここに同業のダチョウもいたからな。ちっとも売れねえってんで、先に移動した」

「そうか、災難だったな。そいつのガラの悪さに客足が遠退いたのだろう。これからは思う存分売るといい」

 ダチョウがガラが悪いかなんて私は知らないけど。お客さんがつかないのは多分、ダチョウさんのせいじゃないと思う……。

「……あんた……これまで俺の話ちゃんと聞いてたか? いや、聞いてるわけないな。いいか、俺も明日には移動するつもりなんだ。だからここでは日没まで――と、そうだ」

 マシューさんは何かを思いついたように一つ頷くと、私達を見比べる。何だろう、私とディディエスさんは顔を見合わせた。相手がダチョウではないとわかった彼の目は、普段の穏やかさを取り戻しつつあった。どうでもいい豆知識、ディディエスさんはダチョウが嫌い。

 マシューさんはニヤッと唇を吊り上げた。嫌な予感がする。

「その勝負、受けてやるよ。ただし、内容は……一つでもこの中の商品を売ったらあんたの勝ち。売れなかったら俺の勝ち。時間は日没まで。どうだ、受けるか?」

 私は思わず口を開けた。何だそれは。日没までって、あとそういくらもないんじゃない?

 私は彼の袖を引っ張った。

「ディディエスさん、接客の経験は?」

「ない」

 やっぱり。これは先にディディエスさんが出した駆けっこと同レベルで不平等な内容だ。マシューさんが一週間いて売れなかったものを、ディディエスさんが売れるはずがない。当然、断るだろうと思った。嫌いな相手でもなかったわけだし、わざわざ勝負する必要はない。しかしディディエスさんは何を考えているのか、「いいだろう」と頷いてしまったのだ!

 マシューさんは実に楽しそうに破顔すると、ディディエスさんの肩を叩いた。

「いい度胸だ! そういうやつは嫌いじゃないさ。俺が勝ったら……そうだな、あんたの尻尾の毛を貰おうか。馬の毛を装飾品に使ってみたいって言ってたやつがいてな。丁度いい」

「ならば俺が勝ったら、先程の約束を守ってもらおう」

「いいぜ、金輪際嬢ちゃんには手を出さないと誓う」

 実にあっさりとしたものだった。無粋だとは思いつつ、私は横から口を挟むことにした。最初からマシューさんは、私にそれほど強い興味を示していたわけではなかった。それが維持されるというだけの約束。このままではディディエスさんが勝負する意味がない。

「それじゃあつまらない。そもそもこちらが不利な状況なんです、他に何か特典を付けてくれてもいいんじゃないですか?」

 男二人は私を見て反論した。

「ユキノ、俺はお前の安全が保障されるならそれでいいんだ」

「嬢ちゃん、男同士の話し合いに首を突っ込んじゃいけねえな」

 マシューさんが嫌な笑みを浮かべて、私はイラッとした。ディディエスさんは交渉事に致命的に向いていない。無欲だし、元から叶っている願い事を改めて条件に出してしまうような人だ。その上マシューさんが私を連れて行こうとしてみせたことで、必要以上に警戒してしまっている。マシューさんはそれに気付いていて、あえて勝負を申し込んでいるのだ。勝てるなら重畳、勝てなくても何も損をしない。そんなこと私がさせるか!

 ディディエスさんの袖をそっと握り、鳥肌が立ちそうになるのを我慢しながら上目遣いで彼を見上げた。できるだけ可愛く見えるようにもじもじしてみる。

「私……ディディエスさんが勝ったら、記念に何かプレゼントが欲しいです」

「ぷれぜんと。何が欲しいんだ? 肉か?」

 何で肉になるんだよ。気付け。

 私はちらっちらっと控えめに、そしてこれ見よがしにマシューさんの絨毯の上に視線をやった。ディディエスさんはそんな私の顔を穴が開くほど見つめていたが、ようやく私の視線の先を追ってあるものに目を落とす。「あぁ」と呟きを漏らした。

「雪の花。そうか、気に入ったか」

「欲しいなぁ~」

「おい嬢ちゃん、何度も言うがこれは俺達の問題だ。あんたは引っ込んでいてくれないか」

 マシューさんが私の口を塞ごうと手を伸ばしたが、さっとディディエスさんが盾になった。

「俺が勝ったら、ユキノに手を出さないことと、この雪の花をくれないか」

 マシューさんは口をへの字に曲げたが、空を睨んで時間がないことを悟ると渋々頷いた。

「いいだろう、では、始めるとしようか」

「その前に」

 ディディエスさんが待ったをかけ、マシューさんはギラリと光る目を彼に向けた。

「まだ何かあるのか? 早いところ始めないと、あんたがどんどん不利になるだけだと思うんだがな」

「わかっている。だが準備がある、少し待て」

 すぐ戻る。ユキノに手を出すな。

 彼はそう言い置いて駆け出した。門のある方向だから、アカンザさんへの報告だろうか?

 残された私とマシューさんは顔を見合わせる。彼はしかめっ面で大げさに溜息をついてみせた。

「あーあ。あんた、余計なこと言うなよ」

「ふふ、ディディエスさんが相手で良かったですね。もし私が相手だったら、賭け事はもっと大きくやってますよ。絶対マシューさんの売り物全部と賭けてましたね。そうするように示唆したつもりだったんですけど……まあ、根が素直ないい人なんで」

「はっ、言うねえ。怖い怖い。だが、あの馬の御仁に商売ができるとは思えないがな。負けて泣きを見るのはあんたらの方だ」

「多分ね」

 あっさり肯定した私を、彼は不思議そうに見下ろした。

「おいおい……いいのか、仮にもあんたを好いてる相手だろ」

「良くはないです。でも、多分ディディエスさんは負けるでしょうね」

 他族に向ける無表情と冷たい視線。元々口数が少ないのに、人見知りなのか更にマイナス方向に修正がかかるから、接客業には致命的に向いてない。笑顔の一つもなければ集客からして難しい。

「貴方は商品が売れた方が嬉しいでしょうね? 負けてもそれほど痛くはないでしょう。もしそれを上回る利益が出せれば」

「それはそうだが」

「じゃあ、私達にハンデを下さい」

 私はせかせかと動き回る大通りを見つめたまま、いくつかの条件を提示した。


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