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仕事5

 大通りを真っ直ぐ進んで、門が見えてきた頃だった。心に余裕が出てきたからだろう、ひっそりと往来を眺めていたその人に気付いたのは。茶色の光沢のある髪をした、鋭い金の目を持つ男性だった。顔は悪くないが、見たところ四十代後半のおじさまで、若干男臭い感じだ。彼は地面に敷いた絨毯の上に胡坐を掻き、妙な威圧感を放っていた。

「あの人、前通った時もいましたっけ?」

 前を行くディディエスさんの裾を軽く引き、小声で囁くと、頷きが返ってきた。気付かなかったな。前は周りを見るどころじゃなかったから。

 赤を基調として、色とりどりの細かな刺繍が施された上着。ズボンは黒のブーツカット。額にバンダナをしており、側頭部に白い飾り羽根を挿している。物凄くお洒落な御仁である。特に馬族を見慣れた私にとっては。

「肉食獣系ですかね。虎族かな、獅子族かな」

 ディディエスさんは緩く首を振った。

「いや、鳥族だ」

「あちゃー……」

 猛禽類に違いない。殺気すら漂っているものだから、鼠族さん達がことごとく避けて通っている。これに気付かなかったとは、私も随分ぼんやりしていたものだ。

 赤く色付き始めた空に溶け込むような服の色合いと、けれども存在感は誰よりも放つその人に単純に興味が沸いて、私は近寄っていった。目標が私に気付き、顔を向けた途端。

「うっ」

 ギロリ。

 音がしそうなほど睨まれた。怖い、近付きたくない。足が勝手に止まる。しかし私の行動に気付いたディディエスさんは、上機嫌に鼻歌なんそ歌っているアカンザさんに一声かけるとこちらへ寄って来た。彼女は手をひらひらと振ってそのまま門へと歩いていく。

 ギンッ。

 またしても物理的攻撃力すら伴いそうな視線が馬族の青年を襲う。けれども。

「ユキノ、どうした」

 平然と視線を受け流し、私の前で首を傾げる。さすがディディエスさん、空気読まない。その様子に身体のこわばりが少し解けた。

「わあ、足がガチガチ。ディディエスさんは怖くないんですか?」

「怖い?」

「あの視線ですよ。ああ苦しかった。心臓を鷲掴みされたような心地がしました。何ですかこれ、鳥族さんの必殺技か何かですか。反則的なスナイパー能力ですね。寿命が縮みましたよ」

「何だと?」

 彼は眉間に皺を寄せるとつかつかと鳥族さんの元へ。正面に立ち、怪訝そうに見上げる男性を冷めた眼差しで見下ろしながら言った。

「貴様、誰に断って俺の女に流し目を送っている。蹴り飛ばしてやろうか」

 流し目か。随分真正面から見据える流し目だな。控えめさの欠片もなかったよ。チラリどころかギロリだったし。……って、突っ込むところはそこじゃない!

「俺の女って何ですか」

 ディディエスさんは意外、という表情を向けた。

「すまない、お前が照れるかと思って控えたつもりだが。言い直そうか。俺の嫁と」

「ランクアップした!」

 私は貴方とラブラブするつもりは毛頭ないんですよ。帰る気満々なんですよ。

「安心しろ。俺が勘違いして気持ちが離れることを恐れたのだろう? ちゃんとわかっている」

 わかってない……!

 凄まじい勘違いぶりに、どう訂正すれば理解してもらえるかと頭を悩ませていると、男性が呆れた声を上げた。

「どうでもいいがあんたら、冷やかしなら帰れ」

 野太い声だった。でもいい声だ、全体的な男らしさといい、こういうタイプが好きな人は多いだろう。あと気になるのは性格か。口を開けば馬族、みたいなのは減点対象だ。

「冷やかしだと……? 何故俺がお前を冷やかさねばならない。意味不明なことを言って我々の仲を邪魔するな」

「頼むから帰ってくれ」

 早々に白旗を挙げられてしまった。ごめんね、とっても馬族でごめんね。

 冷やかしという単語に改めて見ると、彼の膝元にはアクセサリーが並べられていた。路上販売なのだろう。皮紐のシルバーのペンダントや、ビーズの指輪、宝石の付いたブローチなどなど……ジャンルは無節操だが、小ぶりで可愛らしいものが多かった。

「これは貴方が?」

 思わず問いかけると、彼は「いや」とニヒルに笑った。

「製作者は各国の若手宝飾職人だ。熟練した職人の技もいいがな、駆け出しの若いのが生み出す荒さが気に入って、こういうのを主に集めて販売してる。俺の目に適った物なんだ、売れないはずがない」

「……その割にはお客さんいませんけど……」

「売れないはずがないんだ……!」

 手で顔を覆ってしまった。その異様なまでの鋭い視線が隠れれば、単純に彼の言動だけが残って一気に親しみが沸いてくる。案外面白い人のようだ。

「いつからここで販売を?」

「一週間前」

「一週間……。で、売れました?」

「おかしい……これは何かの間違いだ……」

「一つも売れてないってことですか」

 そんなに長い時間をずっとこうして座っていたというのか。呆れもするし可哀想にもなってくる。値札を見ると質が良い割にそこまで高くないし、一つくらい買ってあげたいとも思うが、生憎私の自由になるお金はない。仮に装飾品を買う余裕があるなら食品が欲しい。

「ユキノ、確かお前の名前には、雪という意味があると言っていたな」

 興味なさそうに品物を眺めていたディディエスさんが唐突に話を振ってきた。そういえば出会ってすぐの頃、ユキノという発音が怪しい彼に意味を教えてあげたんだった。

 私の名に特別な意味はない。生まれた日に雪が降っていた、ただそれだけ。朝方に生まれたらしく、もし日が出ていたら朝陽になっていたらしい。我が親ながら単純なネーミングセンスだと思うが、あの両親のことだ、あまり捏ね繰り回した名前でなくて逆に良かったかもしれない。少なくとも馬族的には良かったらしく、名前の由来を教えるとディディエスさんもその他の皆も正しい発音でユキノと呼んでくれるようになった。

 嘆きつつも私達の話を聞いていたようで、鳥族さんが顔を上げた。視線が合うとやっぱり背筋が伸びる思いだけど、さっきよりは随分マシになっている。

「雪? じゃああんたにはこいつがぴったりかもなぁ」

 そう言って指されたのは、小さな白い花が集まってできた髪飾りだった。花の一つ一つは百合のように花弁が外側に捲れ、中心から青い雄しべが伸びている。非常に細かい細工に目を瞠ってしまう一品だった。

「レディスノウという名の、雪が積もる地域でよく見る花だ。面白いもんでな、昼は周りに紛れるようにひっそりと咲いてるくせに、夜になると光虫を集めるんだ。だから花が光って見える。夜光花とも呼ばれるな。俺達鳥族はあまり夜飛ばない種類が多いが、上空から見てみると綺麗なもんだぜ。地上に星が散らばってるように見える」

 いいなあ、一度見てみたい。彼は見たことあるんだろうか、とディディエスさんを窺うと、肯定するように頷いた。

「馬族では雪の花と呼んでいる。この髪飾りのは花弁が小さいから、あまり積もらない地域のものだろう。本来は豪雪地帯でも育つ逞しい花なんだ。茎が真っ直ぐに高く伸びてな、花も両手を広げたくらい大きい」

 冬版ひまわりですかい。

「虫を閉じ込めて消化するまでの間は光っているから、夜道ではいい目印になる。北では道なりに植えていて、実際遭難しかけた旅人がそれで助かることも多い」

 へえ~。街灯みたいな役割があるのね。光虫万歳ってとこか……って、待って。

「聞き間違いならすみません。『虫を閉じ込めて消化』って言いました?」

 男二人は声を揃えて言った。

 食虫植物だからな。

「怖っ!」

 可愛い花が一気に何か得体の知れない物に思えてきた。

「お前に良く似合う。まさにお前のための花だ」

 そう言ってディディエスさんは髪飾りを私の頭に当てて頷いている。何か……食虫植物と聞くと複雑なんですけど……。

 鳥族さんが「ああそうだ」と幾分気軽になった口調で付け加えた。

「花言葉はいくつかあるが、一番知られているのは『私について来い』だな。男でも女でも使えるが、特に男を従えたい気の強い女に人気のある花だ」

 ディディエスさんも続ける。

「女側からこの花を贈られると、男は絶望に涙すると言われている」

 おいいいい! どこが私にぴったりだって!?

 憤慨する私の髪に花を留めると、彼はその黒い瞳に熱を浮かべながら言う。

「でも、俺は気にならない。ユキノとならどこまでも行ける」

 うっ。止めて、そんなにさらりと恥ずかしいこと言わないで。

 急にこの距離が近過ぎるように思え、私は一歩彼から離れた。こんな台詞男の人から言われたことはない。よく考えればディディエスさんは十分好みの範囲に入る人だった。喋らなければ。これほど残念なイケメンという言葉が似合う人もいないんじゃないか。

 熱くなった頬を手で隠すように押さえていると、鳥族さんから期待の声が上がった。

「どうだ嬢ちゃん、安くしておくぜ。どうせもうそろそろ違う場所に行こうと思ってたんだしなあ。俺達が出会った記念に一つ買っていっちゃくれないか」

「……そうしたいのは山々なんですけど、お金がないんですよー」

「ならそこの兄さんに買ってもらっちゃどうだ。おいあんた、可愛い彼女にプレゼントの一つも贈ってやったらどうなんだ」

「そうだな……」

 ディディエスさんは迷うようなそぶりを見せて。

「買ってやりたいが、そうするともう一度ユキノには飢えを覚悟してもらわねばならないな」

「全力でお断りします」

 アクセサリーは大好きだ。でも、それよりも夕食の方が大事だ。雑草ルートは何が何でも阻止したい。

 私は髪飾りを外すと絨毯の上に静かに置いた。

「ごめんなさい、やっぱりこれは私には必要ないものですから」

 男性は大きな溜息をついて艶やかな茶髪を乱暴に掻いた。

「そうかい。まあ馬族の女にゃ必要ない物かもしれんな」

「……私は馬族じゃないですけど」

「何だって?」

 しげしげと頭の先から足元まで視線が這った。それを不快と感じる直前、目の前に大きな壁が出現する。

「貴様、やはり蹴られたいようだな。生憎だがユキノは既に俺の嫁。いくらお前が熱い眼差しで誘惑しようとも、俺達の絆は切れたりしない」

 嫁じゃないから。誘惑なんてされてないから。ああもう、突っ込む気力もなくなってきたよ。

 呆れたのは私だけではなかった。鳥族さんも深く溜息をついた。

「馬族の女を誘惑するほど落ちちゃいねえよ」

 あまり良くない言われよう。馬族の女性は綺麗な人が多いんだけどな。怒り始めると手が付けられないけど。

「馬族は好みじゃないんですか? 健康的な美人がいっぱいいますけど」

 彼は搾り出すように、苦悩する表情で言った。

「あいつら……会話が通じねえんだ……!」

 ああ、確かに。凄く納得してしまう。

 前に彼女達に服を着ることの重要性を説いたことがある。真剣な顔をして頷いてくれたから、私もつい力が入ってしまった。語り終わった後、額の汗を拭いながら反応を窺えば、その内の一人が真面目な顔をして質問を繰り出した。


 で、ユキノちゃんは何色の蝶が好き?


 蝶の話なんてしてないでしょうが! 何なの、色とりどりの洋服を思い浮かべてそういう方向に捻じ曲げたの?

「わかりますそれ……最早宇宙人ですよね……」

「言葉自体はわかるのに、会話になるとさっぱり意味がわからん。やつら、単語単語を拾って自分のいいように解釈しやがる。男も同じだ。馬族は俺には理解できん」

 目の前に馬族代表がいるのでしみじみと頷いてしまった。彼らの中にあっては私の感覚がおかしいのかと疑ってしまうのだが、どうやら客観的に見てもそうらしい。良かった、まだ馬族に染まってない。私は少し安堵した。

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