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仕事3

 その気のない人に話を聞いてもらうにはどうするか。何かインパクトのある話でも最初に持ってきて興味を引くか……。

「あのですね、ディディエスさん」

「何だ」

「もう目の前にアカンザさんがいるんですけども」

 ディディエスさんはそれがどうしたと言わんばかりに私の背をぐいぐい押してくる。

 目前の集団の中に彼女はいた。というか、手前にいた栗毛の馬が脇に退いたら、そのすぐ先が真っ白な馬、まぎれもなくアカンザさんその人だったのだ!

 彼女を探しながら考えるかと思っていた私の読みは見事に外れた。歩き出してから発見、そして到着するまで、その間たったの30秒。こんな短時間で有効な手段が思い付くような頭なら、とっくに高笑いで衣食住全て揃えている。何とか時間を稼ごうと、地面に突き立てるようにして足を踏ん張っているのだが、相手も容赦なく、崖から突き落とそうとする犯人の如く押し出してくる。

 メリメリ、と草が地面から剥がれる嫌な音が。やめろ、押すな、落ちないけど落ちる――!

「おう、どうしたディー、ユキノ。新しい遊びか」

 そうか、傍から見ると遊びに見えるのかこれは。

 急に馬鹿らしくなって力が抜けた。すると身体は素直に前に飛び出し、アカンザさんの立派な胸筋にぶち当たる。いたっ、鼻打った。

 やりすぎたと思ったのか、我が相棒殿は慌てて私をアカンザさんから引き剥がした。ちょっと、そんなに強く肩掴まないで。

「い、いえ。用っていうか……ねえディディエスさん?」

 ちょっと回れ右して、超大回りしてきていいかな? この集団の周りを回れば、数十分は考えられるんじゃないかと。確かにね、時間は早ければ早い方がいいと思ったよ。でももう少し時間をくれてもいいんじゃないですかね、神様? まだ何にも思い付いてないよ!

 覚悟を決めて来たくせに、本人を見た途端、頭の中は真っ白になった。ただインパクトという文字だけが、ぽつんと空っぽな思考の海に浮かんでいる。

「長、ユキノが長を説得したいと」

「ちょ、ディディエスさん!」

 おわあああ後に引けなくなったああ!

「さあ、存分に長と話し合え。……どうした」

 固まってしまった私をいぶかしんで、彼が顔を覗き込んでくる。多分今の私は顔中に冷や汗を浮かべているのだろう。私は物事を始める時、十分に考えてから動くタイプだ。どうしたいのか、どうすべきかがわかっていないと動けない。考えている間は周囲にはぼーっとしているように見えるらしく、のんびり屋だねとか、暢気だねとか、牛みたいとか……そう言われてしまうこともあった。最後のは余計だ、丑年ですが何か?

 違う方向に思考が流れそうになり、慌てて言葉を探した。でもどんなに手を伸ばしてもその先にあるのはインパクト。たった一つの単語しか浮かばない頭で、何を話せばいいというのか。誰だ、笑顔と元気さえあれば何とかなると思ったやつは。

「ア、アカンザさんっ!」

「何だよ、もったいぶって」

 私は大きく息を吸い込み、ギュッと目を瞑った。ええい、こうなったら奥の手しかない! さあおいでませ、アドリブの神様!

「わ」

「わ?」

「私と」

「てめぇと?」

 私と、私と、私と。アカンザさんと、私で。

 脳みそがかき回されるような、眩暈にも似た感覚に。私は束の間、自分が何をしにここにいるのかを忘れてしまった。

「私と――私と一緒に、知らない世界の扉を開いてみませんかっ!?」

「…………!!」

 自身でもびっくりして目を開け、ついでに口を閉じるのを忘れた。アドリブの神様は見事にご光臨下さったが、本気で意味不明である。ディディエスさんの前振りも合わせて十分インパクトはあったと思うけど、脱線具合も半端ない。一体何の説得に来たんだっけ。アカンザさんに旦那になってもらうとか……あ、鼠さんの所に謝りに行くんだっけ? 私が忘れるほど驚いてどうする。

 ブルルと誰かが鼻を鳴らす音だけが、静まり返った場に響いた。金色の双眸がまじまじと私を見つめ、白い絹糸のような尻尾がゆらゆら揺れる。

 何か反応して欲しくて、私はディディエスさんに助けを求めた……のだが。何故か彼は額に手を当てて、一人苦しそうな顔をしていた。

「ディディエスさ~ん? どしたんですか?」

 下から覗き込むと、ふいっと顔を逸らされる。

「それほどまでに……白馬が好きか……!」

 またか。またその話題に戻るのか。貴方も大概、頭の中が同じ所をぐるぐるしてますよね。

 思わず半眼になっていると、ようやくアカンザさんが口を開いたので彼女に向き直った。

「知らない世界の扉を開けるってえのはつまり……次の目的地は兎の国にしろっつーことか?」

「はい?」

 何でここで兎の国の話?

 ぽかんとする私を見たアカンザさんは「違うのか?」と首を捻った。

「兎の国には、どこの国にも通じる扉があるって話だが」

「何ですって!?」

 少し前の話だが、私達は兎の国の館主、ルイさんと三連続で遭遇したことがある。一回目は立ち寄った町で。二回目は目的地で。三回目は依頼主の地で。この男、常に先回りしておるな……と喉をごくりとさせたものだが、そういう仕掛けがあったとは! 兎が馬に足で勝てるとか凄いわと感心してた私が馬鹿だった。この爆走馬共に勝てる足を持つ動物は滅多にいない。

「マジですか。そんなどこでもドアがあったら……どこでもドアがあったら……」

 もしかして、日本に帰れちゃったりする?

 私は脳内を荒れ狂うしつこい文字を隅に追いやり、代わりに兎の国をぐりぐりと刻み付けた。そうだよ、来れたんだから帰り道だってあるものじゃない。何だ、案外あっさり見付かったな。ああ良かった、ずっと水に浸した布で拭くだけで、お風呂に入ってなかったんだ。服だって下着以外は同じもの着続けてるし。うんざりしてたんだよね。

 どんどん膨らむ期待。何かもう、今すぐ兎の国へ行きたい。無責任かもしれないが、鼠さんとのやり取りなんてどうでもよくなってきた。馬族の人達にとっては多少の諍いは日常茶飯事みたいだし? 私が出しゃばる必要なんてなかったんじゃないか。

「じゃあアカンザさん、私、次の目的地は兎の国希望なんですが」

 彼女はあっさり頷いてくれた。

「いいさ。何だよ、もったいつけてねぇで最初から言えばいいものを」

「すみません。なかなか言い出せなくて……出来ればすぐにでも向かいたいと思っていたんですけど」

 口から出任せは私の悪癖の一つである。でも、上手く渡っていくための技法だと思えば小さな嘘も気にならない。誰かを傷つける嘘は大嫌いだが。

 内心小躍りしていると、敵は意外なほど近くにいた。

「……ユキノ、鼠族の話が残っているぞ」

 うっ、ディディエスさん……。

 見上げれば、曇りのない黒い眼差しが静かに注がれていた。まるで逃げることを許さないと言われているようだ。彼の無言の訴えは常に私を非常に後ろめたい気分にさせてきた。今回も絶好調ですね。威力が半端ないです。

 先にあれほど彼に語ってしまったので仕方がないか。面倒臭いなあと思いながら、努めて真面目な顔を作ってアカンザさんに向かい合った。

「……アカンザさん、移動する前に聞いてもらいたいことがあるんです」

「まだ何かあんのか」

 ごめんなさい。本当はこっちが本題でした。

「さっきの鼠さんとのことなんですが……。考え直してもらえませんか? そもそも、報酬ってどの程度だったんでしょうか」

 答えに、思わず眉を寄せた。店で見た酒瓶三本分の値段だ。くそぅ、アルコールが入っているだけで無駄に高い水め。

「割った数が三本以下である可能性は……低い、ですよね……」

 何箱も運んだのだから、絶対もっと割っている。そうでなければ報酬から差し引いて、という交渉もできたのだが……。現代日本にいた頃は、通信販売を利用する度、送料なんて無料にしろよと憤っていたものだった。あの頃の私を殴ってやりたい。もっと高くていいはずだ。まあ、この提案は後でするとして。

「じゃあ、誠意だけでも見せましょう。そうですね、できれば弁償と、お詫びのお品でも付けて」

 アカンザさんは最後まで話を聞いた後、首を振った。そうだよね、その気がなければはいそうですかって頷くわけがない。溜息が出た。

「……これは私の世界の話ですが。鼠算式に増えるっていう言葉がありまして。鼠の繁殖能力の高さから来る言葉なんです。いいですか、鼠は一ヶ月もあれば子を産むんです。一年経ったらどれほどになるかわかります? ええと、十匹ずつ増えたとして……200億くらい?」

 数字は適当。正確さは必要ない。ただ話を聞く気になってくれればいい。

「あの一家を放置して一年経ったら、200億もの馬族嫌いな鼠さんが増えてる計算になるんですよ。200億ですよ!? 今たった一回謝るだけで、200億匹の鼠さんから嫌われなくて済むんです。絶対今しかありません!」

「そ、そういうもんか?」

「そーですよ! ちゃっちゃと謝ってしまいましょう! ちゃっちゃと!!」

 そして兎の国にレッツゴーですよ。こんな世界とはおさらばさ!

 200億という数字に動揺を見せた彼女はディディエスさんに目配せした。この世界の鼠がどの程度の速度で繁殖するかなんて私は知らない。でもさすがに一年でこれだけ増えたらねぇ。この国の人口ってどうなってるの?

 あれだけ真剣に考えた30秒で何も思いつかなかったくせに、やる気がなくなると途端に口からスルスルと出てくるのだからやってられない。でもどうやらいい方向に流れていきそうで良かった良かった。多少なりとも恩返しになればいいな。馬族のことを好きな鼠さんが増えてくれれば私も嬉しい。

 しかしである。またしても、またしてもここで立ち塞がったのはディディエスさんだった。彼は首を横に振ったのである。お前はラスボスか何かか!

「どうしてですかディディエスさん。協力してくれるって言ってたじゃないですか」

 私は早く移動したいんだよ。出すもの出して終わりにしようよ。

 落人である私と彼ら馬族では食べ物からして違ったので、私専属でついてくれているディディエスさんには、一族のお金全てが預けられていた。でも長の決定なのに出せないと判断するのはどういうことなの?

「すみません、長」

「どうしたディー。何があった」

「配分を誤りました。報酬を得られると油断していた俺の責任です。今持ち金は底を尽き……ついでに、ユキノに食わせる食事代も出せない状態です」

 ………………………………何ですって?


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