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羊の国の贈り物

さくらさくらさくら様の「羊の国から明けましておめでとうございます!」への

お礼話となっております。ありがとうございましたー!

 依頼を受け、馬族一同が向かった先は、厳しい寒さも跳ね除けるふわもこ……もとい羊の国だった。当初目的地を聞き喜んで騎乗したユキノだったが、次第に口数が少なくなり、やがて。

「何この寒さマジ寒いくそ寒い凍え死ぬ……」

 もうずっと前からディディエスの首にしがみ付いたまま、ぶつぶつと呟き続けている。到着しても一向に背から降りる気配のない彼女に困って、彼は軽く首を揺すった。

「ユキノ、着いたぞ」

「んなこたぁわかってますよ。寒いから動けないんです。何ですかここ。前来た時はここまでじゃなかったですよね?」

「冬だからな。多少は仕方あるまい」

 霜が降りてパリパリになった土を、確かめるように踏みしめる。ユキノは寒い寒いと連発するが、それでも今年はこちら側にまだ雪もなく、例年と比べ暖かい方だった。あの前方に見える山脈を越えてしまうと景色は一変し、全ては白銀に埋め尽くされる。山が雪雲を遮ってくれているお蔭だが、その分下りてくる風は容赦ない。

「多少? これが多少ですって? 神は私に死ねと仰るか……」

 門番に来訪を告げに行っていたアカンザが、戻ってくるなりユキノを見て笑った。

「熱いねえ、そのうち溶け合っちまうんじゃないか?」

「長」

 畏まったディディエスとは裏腹に、ユキノは不機嫌そうに眉を寄せた。アカンザの格好は襟元の開いた白いワンピースに薄い外套。足元はサンダル。見ていると余計寒くなってくる。

「暖が取れるならこの際何でもいいです。暑苦しいのは嫌いでしたけど、今私の中で人肌の需要が猛烈に高まってるんですよ。何というか……離れたら死ぬ? ラブじゃなくって、デッドオアアライブ? ふ、ふえっぐしゅっ!」

 ずび、と鼻を啜ると、ユキノはディディエスのたてがみに顔を埋め、汗臭いと文句を言いながらも離れない。

「うう、耳が痛い。手もいたぁい。防寒具って絶対必要ですよねぇ……」

 けれども周囲にいた馬達は一斉に首を傾げた。

「えー、そーお?」

「別に俺ら、全裸でいいけど」

 衣服の重要性を説くと、周りはいつもこの反応である。軽く殺意を抱いたユキノだったが、殴りに行くにも熱源から遠ざかるのが嫌で、大人しく貼りついていた。アカンザはそんな彼女を見上げて問う。

「どうする。中に入るには人の形を取るのが礼儀だ。他はともかく、日頃世話になってる手前、勝手をするわけにもいかねえが」

 アカンザと共に行きたいのであればディディエスを置いていくか、あるいは彼に人型になってもらう必要がある。すなわちそれは、彼と離れることを意味する。

「ううん……芽衣ちゃんとノルディ様の顔は見たいですけど、ディディエスさんと離れるのは死活問題ですし……」

 手を繋いで歩いたところで、今よりずっと寒い状況になることは目に見えている。

 離れたくないと悩むユキノに、ディディエスは嬉々として口を挟んだ。

「ならばここで長を待っていよう。何も無理をして会いに行くこともあるまい」

「てめえが行きたくないってぇなら、あたしだけ行ってくるか? 別にそれでもいいけどな」

「でもせっかくここまで来たんだから、挨拶くらいはしないとですよねえ。私はともかく、他所の落人さんに会うのは向こうは久しぶりかもしれないし。期待させてたら申し訳ないですし」

「止めておけ。俺から離れるな」

「うーん、行きたいけど、寒い……」

 ユキノはしばらく頭を悩ませていたが、唐突にぽんと手を打つと、笑顔で行きますと返事し、ディディエスを落胆させたのだった。


 門番に案内され、辿り着いた屋敷の玄関に、その二人は立っていた。

「雪乃さーん! お久しぶりで――あれ?」

 馬族代表を見付けるなり大きく手を振った彼女は、くりんと首を傾げた。ユキノも小さく手を振り返すが、心境的には一緒だった。落人仲間である彼女達の頭に、はてなマークが浮かぶ。

 顔が見える距離まで近付くと、アカンザは明るく声を掛けた。

「よお! 元気にしてたか、羊。来てやったぞ」

 アカンザさん……とユキノが額を押さえ、羊族の長ノルディは苦笑した。

「相変わらず貴女は……。元気そうで何より。明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」

 流れるような優美な所作で、さらりと白銀の髪を揺らして軽く頭を下げるノルディに、ユキノは来て良かったと内心でガッツポーズをきめた。ノルディは長としての貫禄がありながら、その振る舞いはいちいち洗練されていて、本人は物静かな性格だが見る者を惹きつける華やかさがある。そしてその顔立ちは整っているとくれば、もう眼福である。

 対するアカンザはお世辞にも優雅とはいえないが、粗野でありながらも下品には感じさせない会釈をすると、にやりと口角を上げた。

「ああ、うちのチビ達共々、今年もよろしくな! そういや、チビ達は元気にしてるか?」

 大人の馬族のスピードについていけない仔馬達は、大きくなるまでは羊の国に厄介になっている。とはいっても世話をお願いするほど厚かましいことはできないので、基本は放置だ。身重の女、あるいは幼子の母親達が彼らを指導し、厳しい環境で生き抜く術を学んでいる。そのくらいで音を上げるようでは、今後群れの中で生活することなどできやしない。

 ノルディは長い睫毛を伏せ、口元に薄らと笑みを浮かべた。

「羊を追い回して川に落ちたり、癇癪を起こして木を薙ぎ倒したりするくらいには元気にしてますよ」

 手に負えない腕白坊主はどこの世界にもいるらしい。

「そりゃーいい。将来が楽しみだ!」

「ええ全くですよホントに……」

 苦笑が引き攣りに変わっていく様を目撃してしまい、ユキノは慄いた。しかしアカンザはカラカラと笑い飛ばすばかり。どこかでフォローしないと、とユキノは密かに決意する。

「うん? 明けましておめでとうって、つまりはもう新年ってことか? 早いねえ、あっという間じゃねえか」

 ノルディは疲れたように溜息をつくと首を振った。

「そうですね。立ち話も何ですから、どうぞ中へ」

「おう、邪魔するぜ」

 ノルディが扉を開けると、アカンザはさっさと中に入っていった。またしても苦笑したノルディは、優しい青の瞳を巡らせると、ところでと切り出した。

「雪乃、貴女のその格好は一体……」

 隣でメイが激しく頷いて同意した。頭上の耳がぴょこんぴょこんと揺れる。

 対するユキノは、ディディエスの外套の下からピースを繰り出した。

「馬族的、防寒対策でっす。オネーサンは二人羽織にだって挑戦しちゃうよ!」

 とはいっても、ディディエスにおんぶしてもらい、それから二人を包むように外套を巻き付けただけであるが。

「足を怪我した……とかじゃないんですか?」

 目を丸くして見上げるメイ。

「いやいや、怪我はないんだけどね。あ、遅くなったけど芽衣ちゃんお久しー。今年もよろしくね」

「あ、はい! 今年もよろしくお願いします!」

 ガバッと頭を下げると、遅れて耳も前に倒れる。ディディエスがぼそりと呟いた。

「珍妙な姿だ」

 瞬間、刺さるような青の視線が向けられ、ユキノは慌てて彼の頬をぺしぺし叩いて合図した。自分だって遠目から見た時、何だろうあの生き物、とは思った。だが近付いてみれば、ウサギ耳の付いた毛糸の帽子に、獣型の手袋とルームシューズ。白のウサギさんグッズに身を固めた可愛い女の子だった。だがディディエスにはそれを見たままでしか捉えられなかったらしい。ユキノからの合図も全く理解した風もなく、されるがままになっている。

「……馬族の目に、これはどう映ります」

 低い声で問われ、ユキノはヒヤリとした。しかしそんな空気など当然察するはずもない黒髪の男は一言。

「妙」

「わあ可愛いなあ! 超可愛いなあ! 私が今まで見た中で一番イケてる格好じゃない? 凄い、これもしかして全部手編み!? わあー、いい奥さんぶりじゃない、このこの。ノルディ様羨ましーッ!!」

 最後はほとんど絶叫していたが、その甲斐あってか、ノルディはふんと鼻を鳴らすとメイの肩を抱いて中に入っていく。お気に入りの少女の力作を妙と評されるのも不快だが、恐らくディディエスが賛辞を送っていたらそれはそれで不機嫌になっただろう。

「め、面倒臭い……」

 幸いなのは、馬がウサギを食べることはないと知っているがゆえ、ノルディに多少の余裕があることだろう。

 ぐったりと脱力していると、男が首を巡らせた。

「帰るか?」

 ユキノは黙って元凶の後頭部に頭突きを食らわせた。


 居間の暖炉には火が灯され、爆ぜる音を立てて薪が燃えていた。下ろしてもらったユキノは早速その前に陣取ると、両手に息を吹き掛けた。先程までディディエスの首に回していたため温かかったが、炎には敵わない。カイロの役目を免除されたディディエスは、手持ち無沙汰そうに室内をうろうろと歩き回り始めた。

「雪乃さんて寒がりなんですか?」

 隣で同じように絨毯の上に座りながらメイが尋ねた。

「冬生まれの一番好きな季節が、冬とは限らないってことだねー。寒いの大嫌い。……ところでこれ、凄いね。本当に芽衣ちゃんが作ったの?」

 手を伸ばし、長い耳をむにむにすると、メイははにかんで頷いた。

「羊の国の常識なんですって。年末に来年への想いを込めて編み物をするそうなんです。今年は卯年だから、こうなりました」

「へえー、そんな風習があるんだ。羊さん器用なんだねえ。じゃあ、次も楽しみだね。辰でしょう? ……辰……」

「子丑寅卯辰……辰、ですね……」

 辰って龍のことだっけ?

 二人は互いの目を凝視した。そしてメイはアカンザの正面のソファに優雅に腰掛ける主を振り返る。

「どうしましょう、ご主人様。実物を見ないで作れる自信がありません」

 ノルディは乾いた笑みを零した。真実を告げるべきか、否か。メイの苦労を考えればここらで話してあげるべきとは思うのだが、来年がどうなるのか、ちょっと見てみたい気もする。

 葛藤中のノルディの思考を妨げるように、彼の正面のソファに偉そうにふんぞり返っていたアカンザが声を上げた。

「で? あたしらをわざわざ呼んだってことは、用があるんだろ。話せよ」

 ノルディは視線を戻すと居住まいを正した。

「ええ。貴女方を呼んだのは、芽衣の愛らしさを見せ付けるためでも、はた迷惑な仔馬達を引き取って欲しいとお願いするためでもなく。そこに積まれている箱を届けて欲しいと思ったからですよ」

 はた迷惑な、をやけに強調しつつ話すノルディに、ユキノは頭を抱えた。穏やかに話す羊の長だが、内心は色々と複雑そうである。

「えー、ご主人様、話が違いますわ! 私も一緒に行って渡したいんですって、前からお願いしていたじゃないですか」

「芽衣、それは諦めておくれ。お前がいなくなってしまっては、誰が私達の毛を梳いてくれるんだい?」

 身支度くらい自分でしろよ、とツッコんではいけないのだろう。ユキノは自重した。触らぬバカップルに祟りなし。他人のことながら恥ずかしくて頬が熱くなってきた。

「ちょっとの間でも駄目ですか?」

「芽衣が側にいないなど耐えられない。私にそんな苦痛を与えるつもりなのか?」

「どうしても?」

「どうしても」

「そう……ですか……。ああ、とっても残念です。ご主人様、後でもふもふさせて下さいね」

 それを聞いたノルディは実に鮮やかな笑顔を浮かべた。

「私で良ければ、いくらで」

「そんなことより」

 ぎゃああ、とユキノは内心で悲鳴を上げた。ノルディは言葉を途中で遮られ、ムッとしながら発信源を振り返る。ディディエスは拳の裏でコツコツと積み上がった箱を叩いていた。

「先日より運搬方法の見直しに伴い、中身を改めるようになったのだが。これは一体何だ?」

 何もこんなピンクの空気の時に水を差さなくても!

 同じような内容の応酬が続いたため、話を変えるのは今だと思ったのだろうが。

 慌ててディディエスの元に駆け寄り、口を塞いでみるがもう遅い。部屋の中を温めていた何かはすっかり流れ去り、寒々とした冷気が漂っている。けれども、その空気に気付かなかったのは何も馬族だけではないようだった。

「あ、それはですね!」

 メイは顔を輝かせながら側にやってくると、箱の一つを開け、ユキノに差し出した。

「私とお揃いなんです」

 照れたように笑う。ユキノは渡された帽子とブルマーを見て、一瞬何ともいえない表情をしたが、本人の手前ともあっていそいそと装着した。

「あ、これいいかも」

 使ってみると、予想を裏切らない暖かさ。ユキノは目を丸くした。

「いいわ、これ。もしかして、貰っちゃって良かったりして……?」

「どうぞ。使って貰えたら嬉しいです」

「…………!」

 ユキノはメイの手を握り締めた。白い手袋に包まれた両手は、温かい。

「天使! 天使がここにいる! ノルディ様、この子を私に下さい!」

「あげるわけがないだろう」

 ノルディから冷たく却下されるが、テンションの上がったユキノは彼女に抱きついた。あっ、こらと怒られるが、メイ本人から拒絶されなかったので気にしない。

「やだ芽衣ちゃんごめんねー。マジ嬉しいわあ。防寒具が欲しいと思ってたところだったんだ。使うよ勿論。私変温動物だからさあ、身体が温まらないと動けないんだよねー。異世界補正恐るべし」

「えっ、嘘!」

「嘘だけど」

「~~~~もうっ!」

 きゃっきゃと女の子同士でしばし戯れると、ユキノは彼女を放して腕組みをした。

「困ったなあ。こんなことなら、こっちも何か用意しておくんだったよ」

「え、いいですよそんな。私から皆さんにあげたくて作っただけですもの」

「何だこの天使。うーん、じゃあ、仕方ないから特別に、芽衣ちゃんにはユキノさんをあげようじゃないの!」

 胸を叩いてするアピールすると、強い力で肩を引かれた。くるりと方向を変えられ、目と鼻の先には浅黒い顔があった。

「それは駄目だ。ユキノはやれない。もしどうしてもというのであれば、俺をやる」

「それは却下です」

 ノルディから再び駄目出しが出る。ユキノはディディエスを押しのけるとメイと顔を見合わせ、吹き出した。二匹のウサギ達の笑い声に、ノルディもやれやれと呆れたように笑い。アカンザとディディエスは視線を交わして、片方は肩を竦め、もう片方は首を傾げた。すると、部屋の外からうずうずと様子を窺っていたらしい小さき者達が、我慢しきれずになだれ込み――。

 もこもこの国の、雄々しい長様の屋敷には、いつまでも明るい笑い声が響いていた。

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