お味は如何?
例によって例の如く。あれが食べたいと言われるまま買い与えてしまったディディエスは、満面の笑みで口を開けるユキノをじっと眺めていた。黄色いそれを回しながら端の方をかじっていく様は、木の実に歯を立てているリスを連想させた。
ふと、彼女が視線を上げる。
「ディディエスさんも食べます? クレープ」
甘い匂いだけで胸が詰まるような感覚を覚えていた彼は、断ろうと口を開いたが、不意に頬を緩めた。ユキノの鼻頭に白いクリームが付いている。彼女は気付いていないようだ。
「美味いか?」
ユキノは親指を立てて変わった合図をした。
「そりゃもう! なんか生き返ったって気がします」
不思議なことを言うものだ。一度だって彼の前で死んだことがないのに。
彼女の唇から紡ぎ出される言葉の数々は、ディディエスを感心させると同時に惹きつけた。大抵の言葉を聞き流してしまう彼――これは馬族全体に言えることだが――にしては珍しいことに、きちんと最初から最後まで意識して聞いている。頓珍漢な返答をすると即座に鋭い言葉が飛んでくるのだから、気を緩めることも許されない。だが、それが何故か心地良く思える。
それはきっと、ユキノだから。
ディディエスは自身で出した答えに満足して目を伏せた。
「はい、どうぞ?」
食べ掛けで申し訳ないんですけど、と彼女が手に持ったクレープなる食べ物を差し出してくる。彼が首を振ると、ユキノは不思議そうに首を傾げた。
「私の世界の馬は甘いの好きなんですけど……ディディエスさんはお嫌いですか?」
「好きか嫌いかと問われても答えられないな。求めてそういう物を食べたことはない」
「だったら、尚更どうぞ。美味しいからびっくりしますよ~きっと」
そう言って悪戯っぽく笑ってみせる。彼の目にも、とても美味しそうに見えた。だから。
「では」
ディディエスは差し出された手をそっと除けさせると、彼女の鼻を一舐めした。
「ふわっ!?」
一瞬にして両者の距離が開く。
「な、ななななな!?」
「…………妙な味だ。だが不味くはない。慣れれば恐らく、好ましい」
感想を述べると、ユキノは真っ赤になって空いた片手でぽかぽかと彼の胸を叩き始めた。
「クリームですか! 定番の相手の顔をペロリですか! おのれ、まさか私の身に起ころうとは一生の不覚!」
恥ずかしいっ! と叫んでしゃがみ込んでしまったので、彼も付き合って隣にしゃがんだ。顔を覗き込もうとすると伏せられる。仕方なくあやすように髪を撫でた。
ユキノはうーうー唸りながら葛藤していたが、やがて顔を上げると拗ねたように唇を尖らせた。
「鏡。鏡がある所で食べる」
子供のような言い方がおかしくて、彼は少しだけ口角を上げた。
「今、とても顔が赤い。耳まで赤くなっている」
「実況せんでいい!」
「…………ユキノ」
「何ですか……」
地を這うような低音が返ってくる。それに構わず、彼は希望した。
「また、食べたい。お前の顔と一緒に」
ユキノは情けない顔をして、生々しい、と呟いた。生モノだから当然だろうとディディエスは思う。嫌がっていたらもっと激しい抵抗があるはずなので、彼はそれを了承と取り、まだ残っているぞと続きを促したのだった。