仕事12
怪訝顔のマシューさんを手で制し、時間を稼ぐ。さっきの彼の話の中で、強烈に引っかかる点があった。
安物、はどうでもいい。質はそこそこ……これも違う。彼は何と言っていた?
『制限時間を伸ばしてまで手に入れる価値があったかどうかはわからない――』
制限時間……伸ばしてまで……。
っ、そうか、ここだ!
「マシューさん!」
「何だ。今更、約束を果たしたくないと言うわけじゃないだろうな?」
眼光鋭く問う彼に、とんでもないと頭を振った。
「まだ勝負は終わっていません!」
「……何?」
「……ユキノ……?」
ディディエスさんまで、何を言うんだという目で私を見る。
「ユキノ、もういい。勝負に負けたのは、全て俺が至らなかったせいだ」
堂々としているが、重い空気を背負っているように見えるのは気のせいだろうか。普段のあのどこから湧いてくるのかわからない自信は鳴りを潜め、彼には珍しい溜息なんぞを吐いている。似合わないなと思った。
「嬢ちゃん、気持ちはわかるが、潔さっていうのは何事においても必要だぜ」
ふふ、と笑ってやる。
「まだ私達、負けてないですよ? だって勝負はまだ終わっていませんもん」
「……何だって?」
ぴっと人差し指を立てて振る。
「だって、『いつ勝負が終わるか』決めてませんでしたし。私、まだ続行する気満々ですけど?」
マシューさんがしまったと呟いて大きく顔を歪めた。
「ユキノ? どういうことだ?」
「ディディエスさん個人の勝負は、確かに日没までという制限がありました。でも、貴方がこのワンピースを用意しに行っている間、私は密かに条件を増やしていたんです。ランプを差し出した瞬間から、これはもう貴方だけの勝負じゃなくなっている。ここまでは、わかります?」
首を捻る彼に、苦い声が説明を足した。
「嬢ちゃんは、初めからあんたが負けると予想していた。その上で、日没までという時間制限を延長する代わりにランプを譲るという取引をした。勝利条件も変更されている。あんたが最低一つ売る、から、この髪飾りの代金を稼ぐ、へとな。あとは、嬢ちゃんもあんたに手を貸していいということになっている。他にはもうないな?」
頷いた。ディディエスさんは目を見開いて絶句している。こら、また放心するんじゃないでしょうね。仕上げがまだ残ってるんだからしっかりしてよね。
「だが、嬢ちゃんにできるのはあくまで兄さんの補助だ。それは条件に入れていたはず」
「確かにそうです」
私が主体となって動くことは許されていない。だからディディエスさんがお客さんを探していた時も口を挟まなかったし、おばちゃんの接客で手一杯そうだったから、代わりに二人を接客した。屁理屈みたいな話だけど、そういう建前を作らないと動けない。そもそも、接客下手のディディエスさんのハンデとして条件を受け入れてもらったわけで。
「でも私ができるディディエスさんのお手伝い、まだあるんですよ。さあ、今度はマシューさんも一緒に来て下さい!」
「俺も、か? どこへ行く?」
「まずは私達が行った場所へ。さっきは時間がなくてできなかったことをやりに行きます。残った商品も全部持っていきましょう。……ほら、ディディエスさんもぼうっとしてないで!」
「……ああ……」
反応の鈍い彼を揺すって促した。どうしたんだろ、まだ理解できていないとか? でも今はとにかく動かないと。
その後。仕事を終えた男達でごった返すバーに私達は再びやってきた。そこでディディエスさんがコーディネートしてくれた"マネキン"を存分にアピールする。謳い文句は『アクセサリーを付ければ、こんな服でも見栄えが……』というあれだ。ターゲットが女性じゃないのが不安ではあったけど、いい感じに酔っぱらっていた皆様方には、さっさと家に帰らずにお酒を飲んでいることをチクチクと攻撃しつつ、もし買って帰ったら奥さんや娘さんはきっと喜ぶと言って回った。その結果、小さくて可愛い物を中心に、およそ半数の売り上げを出すことができた。
大通りに戻ってくるまでにも、夜道でいちゃつくカップルに指輪をお買い上げ頂いたりなどし、勝負の行方はマシューさんに聞くまでもなかった。
「魔女。あんたは魔女だ、そうに違いない」
「褒め言葉として受け取っておきます」
残った商品を大事そうにしまうと、マシューさんは額に巻いていたバンダナも外して言った。
「なあ、しつこいようだが……俺と組まないか?」
「あはは。勝負に勝ったんです、勧誘は申し訳ないんですが、ディディエスさんのお願い通りに、また今度にしといて下さい」
「金輪際手を出さないってやつか。ああくそっ、そんな約束しなきゃよかったかもな……」
次勝負する時は、条件は文字に起こしてからやると言って、マシューさんが苦笑した。そしてすっと真面目な顔になり、右手を差し出す。
「じゃあな、元気でやれよ」
「マシューさんもお元気で。またお会いできるといいですね」
「どうせそのうち嫌でも会うだろ。いつになるかはわからないがな」
「鳥族の落人さんにも、会ったらよろしく言っておいてもらえますか? いつか貴女のウマウマダンスを見てみたいですって」
「わかった、伝えておく」
握り返した手は固く大きく、そして温かかった。マシューさんはディディエスさんにも握手を求めたけれど、やっぱりというか彼は一歩引いて応じなかった。ふふ、マシューさん、すっかり敵認定されたかもね。
大きな鷲が夜空を滑るように飛んでいく。鳥には詳しくないけど、確かマシューさんも『夜は飛ばない種類が多い』って言ってなかったっけ。彼は夜でもちゃんと目が見えてるんだろうか。そう隣に立つ人に問えば、「今夜は月が出ているから、ユキノが思うほど暗くはない」と返ってきた。ふうん、そういうものなのか。
毎夜頼りにしていた灯りがなくなってしまったので、ディディエスさんに手を引いてもらいながら歩いた。
「ユキノ……」
「はい?」
見上げた顔は暗くてよくわからない。
「俺は………………いや、いい」
「はぁ、わかりました」
それきり会話が途絶えてしまい、気まずい空気のまま、足を動かすことに専念することにした。
何なんだろうな、言いかけて止められると気になるんですけど。せめてもっと明るければ、目を見て話すことができれば、ある程度考えも読めるのだけど。ランプを手放してしまったのが今更惜しく思える。
馬族的ぶっとんだ発言を珍しくしないディディエスさんと、二人きり。普段はツッコミに忙しくて余計なこと考えてる余裕はなかったけど、無言になられるとちょっと堪らない。二人の距離とか、繋いだ手の温かさとか、そういうことを考えそうになり、慌てて思考から締め出した。
思考といえばそうそう、今日は私にしては本当に、切羽詰まった状況下であれこれ考えたりして、かなり頑張ったんじゃない? アドリブの神様のご加護満載って感じだった。こんな疲れるのはもうごめんだ。今夜はゆっくりテントで休もう。
門を潜ろうという時、気を抜いていた私は、背後からの叫び声に驚いてつまずいた。腕が引っ張られて厚い胸板に抱き留められる。勝手に頬が赤くなるのを感じ、慌てて首を振った。馬鹿バカ、変に意識し過ぎ!
「そこの二人、待ちなさーい!」
門番として門の両脇に立っていたネズミさん達が顔を見合わせた後こちらを見た。え、何、私達が言われてんの?
「何かあったんでしょうか……」
「さあ」
ディディエスさんは素っ気なく答えると、再び外に向かって歩き出そうとした。
「そこの二人、ちょっと止まりなさい」
今度は門番に邪魔をされる。一体何が起こっているの? まさかとは思うけど、さっきの勝負、実は違法販売だったり? それで今更警察官のお出ましとか?
駆け寄ってくる足音。面倒事の多かった今日という一日は、まだ終わってくれないらしい――。




