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仕事10

 天を仰いだマッシュルームさんは深く深く溜息をつくと、私をじっと見つめた。金色の目がランプの光を反射して濡れたように光っている。

「俺は、約束したな。勝負は日没までだと」

 平凡な声だった。喚いたわけでも、特に感情がこもっているわけでもない。でも、重い。お酒の力でハイになっていた心が落ち着いていく。マッシュ……マシューさんの瞳に魅入られたように、私はただ彼を見返した。

「俺の勝ちだ」

 その言葉が耳に入った途端、カッと燃えるように身体が熱くなった。自分でもよくわからない。でも、どうしようもなく、絶対に認められないという感情が全身を支配していた。お酒の時の浮遊感とはまた違った高揚感。

「そうですね。確かに、もう日が沈んじゃいました」

 それはただの確認。

 夕日に輝いていた小さな装飾品達は、すっかり姿を消していた。彼の傍に置かれている、あの大きなリュックに仕舞われてしまったのだろう。待たせたことは確かだ。でも、制限時間に間に合わないから逃げたんだろうと思われたのは心外だ。

「もう一つ、約束があったはずですけど。覚えてます?」

 光の雫を撒いたような夜空の下、手元のランプと家々の窓から漏れる灯りを頼りに、私達は相手の出方を探っている。

 金の瞳が瞬いた。

「覚えては、いる。だが、嬢ちゃんに果たす気があるとは思えなかったが?」

「すみません、かなりお待たせしてしまったってことをまず謝らせて下さい。でも、多少酔ってはいますが、まだやる気満々ですよ。むしろマシューさんこそ、今更怖気付いてないですよね」

 すっと目が細められた。忘れていた視線の圧力が襲い掛かってくる。でも、最初の時ほどではない。こんなことで竦んでなんかいられない。勝負の神様、私は負ける気はないんです。

 睨み合うことしばし。

「いいだろう」

 嘆息したマシューさんは、再び絨毯を広げ始めた。

「そのランプと引き換えに、勝負を続けようじゃないか。あんたの頭に咲いてる雪の花の代金、決して安くはないぞ」

 それは勝負が始まる前にも聞いたよ。

 ――あの時、私が提案したのは二つ。日没後、ディディエスさんが負けた場合にのみ、手持ちのランプを譲ることで勝負を続行する。勝利条件は一つ以上売る、から、この髪留めの代金分を稼ぐことへと変更。ただし――私の手助けありで、だ。

「ユキノ」

 ずっと口を挟まなかったディディエスさんが、そっと私の肩に手を置いた。どうすればいい、とその目が静かに語りかけてくる。

「勝ちますよ、何がなんでも。私達に負けはありません」

 私の中の神様達も、ほら頑張れやれ頑張れと応援してくれている……気がする。

 にっと強気に笑ってみせると、彼は口の端を上げてそっと目を伏せた。



 さあーて、やってやろうじゃないですか!

 ディディエスさんに簡単な指示を出し、私は未だにお酒の影響が抜けない面々を見た。どことも知れぬ方角を睨み付けながら、赤鬼さんが独り言兄ちゃんの首に腕を回し、己の偉業を切々と語っているわ、おばちゃんは乙女みたいなポーズで地面に腰を下ろして、よよよと悲しみを表現している。独り言兄ちゃんは……夜空を見上げながらまだぶつぶつやっていた。マシューさんのスナイパーアイにも動じていなかったらしい。

 ディディエスさんが動いた。

「……何か、辛いことでもあったのか」

 遠慮がちにおばちゃんの近くに――といってもさりげなく距離を空けている――しゃがみこんだ。バッと顔を上げるおばちゃん。お、ディディエスさんめっちゃ引いてる。

「は、話したいことがあるなら……聞く」

 顔を逸らしながら頑張っている。正直心配だが、ここは彼の戦い、お任せしよう。

 私は残る二人を見る。兄ちゃんはちょっと攻めにくいなあ。完全に自分の世界に入ってる感じ。よし、赤鬼おじさんにしよう。

声を出しながら近付くと、おじさんは兄ちゃんを解放して私をじろりと見やった。

「んん~、おい小娘、ここは何だ。ここが俺っちにふさわしい場所なのか」

 仕事開始だ。しばらく使っていなかった極上の営業スマイルで武装する。

「もちろんです、お客様。やはり私の目に狂いはありませんでした」

 一語一語はっきりと、そして声に感情を乗せる。

販売は演技だ。いかにお客様に楽しい買い物をして頂くか。そのために私は店員という仮面を被る。

「私が見込んだ通り、鳥族の中でも一、二を争うスナイパー・マシューを前にしても、全く動じないその胆力。お客様がまさしく、鼠族の勇士でいらっしゃることは、これで証明されました」

「ん? んん、お、おお。そう、そうだとも」

「そんなお客様にこそ、見て頂きたいものがあるんですよ。そのためにこうして、他の方々にはお見せせずに隠しておいたんです」

 後半、耳元で内緒話するように囁いた。おじさんは何度も頷いている。

「みんな本当に価値のある物ばかり。様々な国の職人を見てきた、目利きの彼が選んだお品です。将来有望な職人の作品ですので、数年後に価値が跳ね上がる可能性ももちろんあります。このお値段でご提供できるのは、今、この時だけしかないんです。この後すぐマシューさんは別の国に行ってしまいますからね。お客様は本当に運がいい!」

 おじさんは低く唸った。

「むぅ……確かに、素晴らしい俺っちの目にも、あー、これらがなかなかに出来のいい品だということはわかる……。だがまさか、俺っちにこれを使えと言うんじゃーないだろうな。宝石だなんだという、チャラチャラしたものは、女が欲しがるもんだ」

「もしお気に召したものがあれば、ご自身で使って頂いて結構ですが……その必要もないかもしれませんね。お客様ほどの魅力的な方なら、女性が放っておくはずがありませんもの。贈る相手にも事欠かないんじゃないですか?」

 憎いね、このこの~とやると、満更でもなさそうに頭を掻き始めた。良かった、日本じゃ馴れ馴れしすぎてとてもできない芸当だけど、お酒も入ってるしこの辺までは大丈夫みたいだ。

 しばらくそうして持ち上げ続けると、おじさんは腕組みをして品物を選び始めた。派手でキラキラしい物ばかりに視線を動かしている。ああいうのって、ちょっと個性が強いから、使い回ししにくいんだよね。インパクトはあるんだけど。

 買ってくれるかな、どうかな。

わくわくしながら見守っていると、おじさんは品物の一つを指差した。

「ではこれを貰おう」

 銀色の鼠が葡萄に手を伸ばしている大きめなペンダントだった。葡萄の部分は暗い色のアメジストで出来ている。

 マシューさんが金額を伝えると一瞬ひるんだが、「俺っちにとっては、このくらい、大した金額じゃーない」と財布を取り出した。

「さすがお客様! お相手の方もきっと喜んで下さると思いますよ!」

 お世辞じゃなくそう伝えると、ガハハと大口で笑った。なんだ、笑うと結構いい人に見えるじゃない。

 私はついでに、安い部類の小さなペンダントブローチを手に取った。八重咲の、花弁の多い薔薇みたいな……私は花に詳しくはないので名前はわからないけれど、そんな形をしている。

「お客様、こちらもちょっとご覧下さい。これはそのままペンダントにして頂いても良し、こうして……チェーンを外せば、ブローチにもなります」

「ほおぉぉう」

「服に付けるだけじゃなく、帽子に付けて使って頂いてもいいですね。あるいは、バッグにも」

「ふむぅぅぅん」

 おじさんは何度も何度も頷いて、さも自分わかってますみたいな顔をする。あれは多分、わかってない。何だかこの人がだんだんと可愛く思えてきて苦笑してしまった。


「ありがとうございましたー!」

 結局おじさんにはペンダントとペンダントブローチ、三連ネックレスの三点をお買い上げ頂いた。最初のペンダント以外は安い物だったので、抵抗は少なかったようだ。

 お見送り後、振り返った私は無言でとびきりの笑顔をマシューさんに向けた。マシューさんからは凄い渋面で舌打ちが返ってきた。ふふん、この調子で次、行くぞ!

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