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仕事9

 私は結構な気分屋で、その場のノリで行動しては反省を繰り返すタイプだ。社会人になってからは、さすがにそれではいかんだろうと自制に自制を重ねて、出来るお姉さんを目指してきた。でも締め付けすぎるとストレスで胃が破裂しそうになるので、気心の知れた友人だけの集まりの時は、反動でついはっちゃけてしまうのである。

 …まあつまりはだ。

「ホーッホッホッホ! 次持ってこぉーいっ!」

 反動なのだ。ついついはっちゃけてしまうのだ。職場の人間がいない場所では。特に酒が入った時だけは。断じて私のせいではない。全ては酒場なんつーとんでもない場所にエスコートして下さったディディエス様が悪いのです。最高!

 ジョッキをテーブルに叩き付けるように置くと、周囲がどよめくのが辛うじて聞こえた。

 うっふっふ、身体がぽかぽかしていい気持ち。雲の上を歩いているような高ぶりと開放感が私を包んでいる。ほら、今なら踊ってあげたっていいよ! リンボーでもウマウマでも何でもさ!

「おおい嬢ちゃん、そんなに一気に飲んで大丈夫かい」

「ああん?」

 この場にディディエスさんはいない。彼は着いた途端に用があるとか何とか言って、私を置いて店の奥に入っていった。好きな物頼んでいてくれと言われたけれど、ざっと見たところ空席はなかったし、むさ苦しい男ばかりの場所で優雅にお食事なんぞできるかっての。案の定、髭面のおっさんに絡まれてしまった。でもね、ご愁傷様でした、この私に飲み比べを提案してくるなんて馬鹿じゃないの? その馬鹿な御仁はテーブルの上でおねんねしてますよ。

「何よぅ、あんた私の言うことが聞けないの? 酒持って来いっつってんのよう!」

 おずおずと話しかけてきた小太りのおじさんは、ひっと情けない声を上げて、仕事仲間っぽい人が飲んでいたワインボトルを奪って寄こしてきた。そうよ、素直に聞いてくれたら文句はないのよ。

「あ、それ、僕の……」

「あ゛あ? 今なんつった?」

「ななな、な、何でもないですはい……」

 声が小さくて聞こえなかっただけなんだけど、何か勝手に解決したようだから、気にしなくていっか。

 ……それにしても男って気が利かない生き物だよねえ。何で私だけ立って飲んでるの。女の子一人立たせておいて、自分達だけ席に着いてるってどうなのよこれ。

「あ、いいこと思い付いちゃった」

 鼻歌を歌いつつ、おじさん達が食べていた料理の皿を端の方に寄せた。そうよ、席がなければ作ればいいじゃない。私頭いい~。

 空いた空間に腰を下ろすと、おじさん達が何か言いたそうな表情で口を開け閉めしていた。はっはっは、残念、私はエスパーではないのだよ。心の声なんて聞こえないね! 言いたいことは口に出してもらわなくちゃ。

 あれ、そういえば何か忘れてる気がするけど、何だったっけ。まあいいや、思い出せない時に何を考えたって無駄だ。今はただ、この場にある全ての酒を味見しないといけない。私の中のお酒の神様がそう言っている。

「ユキノ……ユキノ!」

 赤くて透明なお酒を飲んでいる途中、肩を叩かれた。

「うるっさいな……何よ!?」

 邪魔すんな! と舌打ちしながら振り向けば、最近見慣れた黒髪のお馬さんが感情表現に乏しい表情で立っていた。ああ、そうそう、一緒に来ていたんだっけね。

「あ~。で、何か用ですか?」

「待たせた。客を連れてきた」

「客……」

 あ、まだそんなことやってたんだっけ。いっけない、お姉さんすっかり忘れてた。で、どんな人を連れてきたのやら……。

 彼の後ろに立っていた三人を見た瞬間、私は思わず大笑いしてしまった。いやいや、さすがディディエスさんだね、としか言えない。お酒の勢いもあって、なかなか笑いが収まらない。

 販売っていうのは一見簡単なようでいて案外難しい。何を売るのか、どの時間帯に誰に売るのかはある程度事前に予測を立てて、その上でするものなのだ。それを踏まえてのセールストークももちろんだし、お客を引かせるような押し付けがましさを発揮してもいけないし。要望と違う商品を売り付けた日なんざ、後から悲惨なクレームに合うこと間違いなし。さまざまな計算と状況を読む力をフル動因させて、いかにその商品に価値を見出してもらうかっていうのが販売員の課題だと私は思う。

 ディディエスさんには全く期待していなかったのだけれど、もしかしたら、とも思っていた。

「あ~おかしい。すごいですねディディエスさん。よく話聞いてもらえましたねえ!」

 現れたのは顔真っ赤で今にもぶっ倒れるんじゃないかっていう強面のおじさんに、陽気に独り言を楽しんでいる足元フラフラな兄ちゃん、髪振り乱して泣き叫びつつ独り言兄ちゃんに絡んでいるおばちゃん。もうすんごいチョイス、としか言いようがなかった。狙ってる? 私の笑いのツボを狙ってるの? 何でこんなメンツを選んだ。

「冗談じゃないわよ、あたしのどこが悪かったっていうのよーっ! 男を見る目がなかったのはあたしのせいじゃないわよおお!!」

「うん、まああれだ、朝起きたら顔を洗って、ご飯を食べて、仕事に行って。あれ、顔を洗って、歯磨きをして、ご飯を食べて、手を洗って、靴を履いて。あれれ、朝起きてご飯を食べて、歯磨きをして……」

 おばちゃん、旦那と喧嘩でもしたか。でも兄ちゃん全然聞いてないよ。兄ちゃんも途中から何言ったかわからなくなったのか、永遠とループしてるし。

「んん~、おい小僧、俺っちを一体どこに連れて行こうっていうんだ。俺っちはあれだぞ、そんじょそこらの鼠族とはわけが違う。あー、つまりはだ、大したことなかったら容赦せんっつーわけだが」

 一番まともっぽいのは赤鬼のようなおじさんだが、目が明後日の方向を向いている。

 アクセサリーをさあ。売るわけでしょう私達? あっは、お客さん全員見事に酔っ払いだね!

 名残惜しいけれど、私ももう行かなくちゃいけないらしい。お世話になったテーブルの人達にそう告げると、彼等はそれはもう喜んでくれた。

「いよーし、お客が釣れたら戻って販売やりましょうかぁ。で、皆買ってくれるっていう話はもうついてるんですかね」

「いや、とりあえず来いと言ったらこの三人だけが引き受けた」

「まさかの説明ナッシング!」

 むしろ何で付いてくるのそこで!

 またしてもツボに入ってしまった私は、ディディエスさんの身体に寄りかからせてもらいながら存分に笑い転げたのだった。


 酔っ払いの歩みを舐めちゃいけない。あっちへふらふら、こっちへふらふら。まっすぐ歩くなんて高等技術、お酒を飲むと決めた時から放棄したも同然。それが四人もいるのだ。ディディエスさんだけが素面の状態なので、傍から見たらさぞ面白いことになっていただろう。ゾンビのように身体を揺らしながら、時に千手観音の舞状態になりながら、私達は面白いくらいに時間をかけてマシューさんの元へ戻ってきた。

 夜空に星が瞬く中、彼はまだそこにいた。

「……ようやく戻ってきたかお前ら……」

 ゴゴゴゴ、という効果音すら聞こえてきそうな威圧感を発しながら、眼光鋭く言う。私が手に持っていたランプで中途半端に照らされた顔は、閻魔様って現実にいたらこんな感じ? というものだった。常であればびびってしまったかもしれない。けれども忘れるなかれ、我々は今、ある種の無敵状態だったのである。

「あーっはっはっは、マッシュルームさん素敵! 勇者も泣き出すそのお顔、ハートに直撃スナイパー! いよっ、真夏の怪談男!」

「マシューだ! ……おい、お馬さんよ、約束の時間はとっくに過ぎてるわけだが、これは一体どういうことなんだ」

 笑い転げる私に会話能力なしと見たか、彼はディディエスさんを標的にしだした。だが甘いな、甘過ぎるというものですよ!

「約束……? 客は連れてきたが、他に何か? ああ、借りていた装飾品は、この通り全部ある」

 いっぺんに何個もした約束っていうのは、一つか二つは忘れてるってもんだ。記憶力やら集中力がない人だと特にね。ディディエスさんにそれを求めるのは、読みが甘かったな。

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