空気が微妙に読めない令嬢は、隣国からきたサバサバ系王女の謎を解決する
ナウゼン国に一人の令嬢がいた。
彼女の名前はヘンナ・アリエット。伯爵家の長女、十七歳である。
この伯爵家は、建国から続く由緒正しき家柄。誰もが一目置いていた。
彼女の落ち着いた暗めの金髪は緩く癖があり、優雅に肩の下へ流れている。
整った顔つきは人目を惹き、蒼い目尻は少し下がっているので、優しげな印象を与える。
そんな彼女は微妙に空気が読めないところがあった。
例えば、若い令嬢たちのお茶会などで、誰しも謙遜するときがあるだろう。
「私なんて全然可愛くないですから」
そんなとき、周りはすぐに察して否定する。
「全然そんなことないわよ」
「そうそう、すごく可愛らしいわよ」
そう言って、お互いに居心地の良い空気を作る。
でも、ヘンナは少し違った。
「とても可愛らしいのに、自分をそんなに否定しなくても。大丈夫ですか?」
そう言って、ただの相手の謙遜だったのに、客観的な事実と異なる相手の反応に違和感を覚え、さらに自分を貶す相手の心理状態まで心配していたのだ。
また、ある令嬢が愚痴を言ったときだ。
「婚約者の贈り物がいつも多くて、お返しを何にしたらいいのか悩んでしまうの」
その発言に対して他の令嬢たちは、
「あら、困るほど贈り物をもらえて羨ましいわね」
「あなたのことがそんなに好きなのね」
周囲は令嬢の遠回しな自慢話だと察して、相手の期待通りに反応する。
ところが、ヘンナは違った。
「あら、贈り物は嬉しいですけど、あなたが困るほどの量は大変ですわね」
ヘンナは彼女の言葉通りに受け取り、本当に困っているのだと令嬢に寄り添っていた。
他の人とは違う観点を持って心配する彼女みたいな人はなかなかおらず、そのため「いい人だけど、少し変わっているわね」くらいの印象を持たれていた。
そんなヘンナは、年頃の貴族の子供が通う王立のアカデミーに在籍しており、進級して二年生となっていた。
王都にあるアカデミーには、国内だけでなく外国からも、テストに合格さえすれば、学生を受け入れている。
そのため、新入生として、カンヨム国から王女が留学に来ても何も不思議はなかった。
ところが、事態は予想もしない方向に動く。
当初、王女マルメリベルの周りには、王女と同じように入学した高位貴族の令嬢たちが、王女のご機嫌取りで集まっていたのだ。
隣国の王女を一人放っておくことはできない。
ナウゼン国の学生たちは、隣国の王族をぞんざいに扱ったと文句を言われないために国交的な問題で気を遣ったのだ。
ところが、いつの間にか王女の周りには同じ学年の令息たちしか侍らなくなったのだ。
異様な光景である。
なぜ令嬢ではなく、令息しかいないのか。
それを見た何も事情を知らない学生は何事かと興味を抱くようになる。
伯爵令嬢のヘンナもその一人だ。
なにせ王女に侍る令息たちの一人がヘンナの婚約者だからだ。
王家の血を引く公爵家の嫡男レイン・ハーマンは、ヘンナよりも一つ年下で、彼の入学時に正式に婚約したばかり。
まだ付き合い始めたばかりで、お互いの距離感を少しずつ縮めている最中だ。
彼の美貌は広く社交界でも知られていて、彼の屋敷で開かれたパーティーには大勢の未婚女性が彼の心を射止めようと集まったこともあった。
そんな彼になぜかヘンナは婚約を申し込まれた。
ヘンナと彼の家柄はかろうじて釣り合うが、家柄だけなら条件を満たす令嬢なら他に存在していたのだ。
でも、そのレインが王女の取り巻きの一人となり、笑みを浮かべて王女のそばにいる。
王女は隣に座るレインの腕に気安く触れ、笑顔で会話している。
何かあったのか、王女は両手を胸の前で握りしめ、首を傾けて上目遣いでレインを見上げる。
彼が何かを了承すると、王女は満面の笑みを浮かべ、彼の腕に遠慮なく抱きつく。
あの二人の距離感は、恋人か婚約者くらいにしか許されない。
とても胸の奥がざわめいて、嫌な気持ちになっていた。
王女に侍っている他の令息たちの婚約者たちも不穏な心境になっている。
「あれはないですわ」
ヘンナの友人の一人であるマーサラ侯爵令嬢も眉を顰めて彼女の婚約者を見ていた。
彼女と同じ制服姿だが、裕福な貴族は制服をアレンジしているので、ヘンナと細かいところで全くデザインが違う。
「ヘンナ様の婚約者でいらっしゃるハーマン様も随分王女殿下にご執心でなくて? どうなさるおつもりなの?」
マーサラは鋭い視線をヘンナに向ける。
ヘンナはモヤモヤとした気持ちを抱えながら、おもむろに口を開く。
「まずはレイン様から話を聞いてみたいと思います。色々おかしな点がありますので」
ヘンナの回答にマーサラは目を瞬く。
「おかしな点?」
「はい、王女殿下に侍女が見当たりません。普通なら、自分の国の令嬢を同伴させると思うのですが」
「確かにそうね。でも、どうしてかしら?」
「私たちが知らない様々な事情があるのかもしれないですね」
「なるほど。それなら私も彼から話を聞いてみることにするわ。ヘンナ様のおかげで、少し冷静になれて助かったわ。礼を言います」
「そんな、大したことではございませんわ」
ヘンナは謙遜するが、マーサラの言うとおり、ヘンナと話さなければ、マーサラは喧嘩腰で婚約者に王女とのことを尋ねたに違いない。
普通なら、他の女性と親しくした男性を浮気だと責めても、全くおかしくはないからだ。
しかし、もしヘンナが話したように婚約者に何か事情があったのなら、頭ごなしに非難したマーサラに対して婚約者の心情は悪くなる恐れがあったのだ。
ヘンナはマーサラと別れたあと、婚約者のレインに話をしたいと手紙を送る。
すると、レインからすぐに返事が届き、次の日の放課後に会う予定となった。
そして、王都にあるヘンナの屋敷を訪ねてきたレインから、予想もしない話を聞くことになる。
「王女殿下の発言に他の令嬢たちが耐えられなかったんですか……?」
「ああ、そうなんだ。殿下を褒めても、そんなことはお世辞だと苛立ち、思ってもいないことを言うなんてと責めてくるらしい。自分はサバサバした性格だから、裏表のある女性は嫌だとおっしゃるので、彼女たちから泣きつかれて、僕たちが対応したんだ。すまない、君への報告が後手になってしまって」
レインは紫の目を申し訳なさそうに曇らせる。
王族特有の彼の短い銀髪はいつもは神々しく輝いているのに、今日は彼の表情に合わせて暗く感じる。
「なるほど、そういう事情があったんですね。それはお疲れ様でしたね、レイン様」
レインは公爵令息だ。王族の男子が新入生にいない以上、彼が一番身分が高い。王女の接待として、責任が求められる立場だ。
「ありがとうヘンナ嬢。君にそう言ってもらえて報われるよ。いきなり殿下が身体に触れてきたけど、こちらも相手が王女だから注意もできなくて、精神的に辛かったよ」
微笑むレインの表情は明らかに疲れている。
「レイン様に対しては、王女殿下は何もご不満はないようですか?」
「そうだね。僕の前にいた令嬢と同じように殿下の髪や目の色について褒めたんだが、特にご不快ではなかったようだ。あとは、アカデミーや授業について会話したくらいだ。それにしても、なぜ殿下は同じ女性をそばに置くのを嫌がられるかな」
レインのなにげない言葉にヘンナは引っかかる。
「殿下がおっしゃったんですか? 女性がそばにいるのが嫌だと」
「いいや、言ってはいない。でも、同じ内容を言っても女性のときは嫌がり、男性のときは特に嫌がってないだろう? それに、ご自分の国から侍女も連れてきてない。だから、僕が勝手に同性の女性が苦手なのかな?と思ったんだ」
「なるほど。確かに、レイン様がそう思われるのも当然ですわね。ところで、殿下に侍女がいない理由について、殿下は何か話されていましたか?」
「ああ、自分には侍女は不要だとおっしゃっていたよ。自分のことは自分でできるらしい」
「殿下は一般的な王女とは、少し違うみたいですね」
「そうなんだ。新入生たちは、王女殿下の対応に戸惑っている」
レインがとても困っているので、ヘンナはなんとか彼の役に立ちたいと考える。
「まずは学長にご相談されてはいかがですか? 殿下に侍女がいないので、ナウゼン国の新入生が代わりを務めることになったが、殿下が女性を嫌がるため男性が対応しているため負担になっていると。殿下はカンヨム国から侍女を連れてくるべきでしたわ」
ヘンナの言葉にレインはハッと気づく。
「確かに君の言うとおりだ。学長にさっそく相談するよ」
レインの前向きな返事にヘンナは嬉しくなって微笑む。
「あと、私もできる限り殿下のおそばにいますわ。男性しかいないのは、どうしても外聞が悪いものですから」
「学年が違うのに、気を遣わせて申し訳ない。でも、君の申し出はとても助かるよ。感謝する」
「いいえ、レイン様のお心が少しでも晴れるなら、私も嬉しいですから」
ヘンナは誰に対しても同じように相手を気遣っているが、婚約者のレインは彼女の思いやりの深さに感激して、婚約して良かったとしみじみ感じていた。
※
翌日、ヘンナは予告どおり、お昼休みの時間に食堂のテーブルで椅子に座って寛いでいた王女マルメリベルに近づいた。
「王女殿下、紹介させてください。彼女は僕の婚約者のヘンナ・アリエット嬢です」
「王女殿下、レイン様よりご紹介に預かりましたヘンナです。二学年に在籍しております。何かお力になれたらと思い、挨拶をさせていただきました」
ヘンナは椅子に着席している王女に視線を送る。
とても可愛らしい容姿で、綺麗なピンクブロンドはとても珍しく、青空のように透き通った瞳も魅力的だ。
可憐で、つぶらな大きな目に視線が吸い寄せられる。庇護欲が湧くような繊細な印象を受ける。
マーサラが警戒するのも仕方がないと思った。
王女と目が合ったときにヘンナは微笑む。
すると、王女の顔つきが強張った。
「レインの婚約者は、面白くもないのに、どうして笑うの? 愛想笑いもほどほどにしてほしいんだけど」
ヘンナは何もしていないのに王女は最初から喧嘩腰である。
他の令嬢たちにも同じようなので、王女はこういう人なのだと思い、ヘンナは特に気分を害することはなかった。
でも、何も心構えのない人が聞いたら、びっくりして二の句を失うだろうとも思った。
「承知いたしました。殿下の前では愛想笑いは不要ということですね。他の学生たちにも周知しておきます」
ヘンナは無表情を意識して返答する。レインに視線を送れば、了解の目配せをされる。彼からも笑みは消えていた。
「ところで、王女殿下の御髪は、とても綺麗でいらっしゃいますね。これほど素敵なピンクブロンドの髪は、なかなかお目にかかりません」
ヘンナはあえて褒め言葉を口にする。
他の令嬢たちが、言われたという文句の返しを是非体験してみたかったのだ。
「あら、愛想笑いの次は、心にもないお世辞なの? ほんと、女はこれだから嫌なのよ。表では聞こえの良いことばかり言って、裏では悪口ばかり。嫌になる」
なるほど。これは令嬢たちも扱いに困るわけだとヘンナは納得する。
「嘘偽りない本心でしたが、殿下は嫌とのこと、承知いたしました。今後は褒め言葉も控えたいと存じます」
ヘンナはそう冷静に返した。すると、殿下は満足そうな顔をする。
「分かればいいのよ。あなたもサバサバしていて、なかなか見どころがあるわね。心にもないおべっかにうんざりしていたら、この国でもそうなんだもの。ほんと嫌だわ」
王女はしみじみ呟く。
「殿下がお世辞がお嫌いなのは理解いたしました。ただ、実は我が国でも同じようにお世辞や褒め言葉で社交をする文化があります。そのため、殿下の対応に他の学生たちがとても戸惑っている状況です」
「あら、あなたのように私の意に沿うように対応すればいいのよ」
ヘンナは無表情のまま、王女を見下ろす。
「ある程度は、殿下のご希望に沿うことは可能でしょう。人付き合いとは、相手を理解して信頼を築いていくものですから。ただ、殿下は母国からわざわざ異国のナウゼン国に留学されたので、異国の文化を知ることは、留学の趣旨だと存じます。ですが、今の殿下はナウゼン国の文化についてご説明する側近がいないご様子。差し支えなければ、私が解説役として申し出たいです」
ヘンナは気づいたのだ。
王女は異国から来たのだから、ナウゼン国の文化に詳しくないのだと。
だから、相互理解を深める必要があると感じての提案だった。
普通なら、王女を非常識だと非難するだけだが、ヘンナはなんとか王女の問題行動の原因を推測して、解決できないか模索したのだ。
すると、王女は首を横に振る。
「必要ないわ。すでにレインたちがいるもの。彼らがいれば、問題ないわ」
「殿下、実は問題が発生しております」
王女は驚いた顔をする。
「どういうこと?」
「ナウゼン国では、女性には女性の側近がつきます。これは男女が共にいることによる醜聞を防ぐためです。ですが、現在殿下の周りには男性しかおりません。これは我が国では問題となります」
文化の違いでの認識の違いなら、説明して解消しようとヘンナは考えたのだ。
王女に提案を断られた時点で、引き下がるだろう人が多い中、ヘンナは違和感に気づく能力に長けているだけでなく、問題点の言語化にも優れていた。
「で、でも、問題なら、どうして先ほどまで大丈夫だったのよ!」
「大丈夫ではないです。殿下が同学年の令嬢たちを疎んじたため、急遽同学年の令息たちが対応しただけです。緊急の対応だったので、通常の対応ではありませんでした」
「私は全然構わないわ。周りが気にしなければいいのよ」
「令息たちは、そうはいきません。彼らには婚約者がいます。他の女性を囲むのは、問題になります」
「そんなの、王女である私のそばにいるのは光栄なのだから、そんなことくらい、婚約者が我慢すべきよ」
「いいえ、殿下。ナウゼン国では、王族もマナーや品位を守るべきとされています。それは王女殿下といえども、聞き入れられないことです。ここは留学先なので、母国のように振る舞えないことはご承知おきください」
「私に向かって説教とは無礼よ! もういいわ、下がって!」
「殿下が裏心を厭われたので率直にご説明いたしましたが、それも嫌がられるのですね。何を申しても殿下のご理解を得るのは難しいと、承知いたしました。それでは失礼します」
ヘンナが礼をして下がると、王女に侍っていた令息たちも一緒に下がろうとする。
「待って! どうしてあなたたちまで下がるのよ!」
「殿下がお命じになったので」
「この女に言ったのよ!」
「ですが、ヘンナと僕も同じ気持ちです。マナーや品位を守る気のない方に自主的に配慮する必要はないと考えました。申し訳ないのですが、今後侍女や側近が必要な場合は、母国から呼び寄せてください。では、失礼します」
レインは無愛想に挨拶すると、他の令息たちを連れて下がった。
ポツンと食堂に残った王女に近づく学生はいなかったという。
※
王女マルメリベルは理解できなかった。
アカデミーでは、隣国から来た王女だと、とても丁寧に接してもらえて、とても満足していた。
だから、いつものように自分の要求を通そうとしたら、今までの丁重さはいきなり消え失せ、手のひらを返されたように冷たくなってしまったのだ。
私は王女なのに、どうして?
もしかして、私に何か問題があったの?
誰もその問いに答えてくれない。
王女の周りには誰も近づかないからだ。
助けを求めるように周囲を見ても、誰も最初のように気にかけてくれない。
心当たりは、相手が命令に従わずにごねたから、いつものように王女が叱ったくらいだ。
でも、そんなことで?
ちょっと強く言っただけなのに。
王女は自分の意見をはっきり伝えて、いつも褒められていた。
細かいことを気にせず、サバサバしていて付き合いやすいとも言われたことがあった。
でも、ヘンナは言っていた。
王族といえども、マナーと品位は守るべきだと。
王女の好むように裏心なく。
王女は初めて気づいた事実に大いに戸惑っていた。
※
食堂から離れた廊下で、ヘンナはレインから謝罪される。
「すまないヘンナ。僕のせいで嫌な思いをさせたね。もう殿下の対応は僕もごめんだ。話が通じなかったと、学長にもそう伝えておくよ」
「いいえ、ご理解いただけなかったのは悲しかったですが、嫌な思いはしておりませんわ。むしろ、王女殿下の謎が深まって、ますます気になっています」
「殿下の謎?」
ヘンナはわがまますぎる王女に違和感を覚えていたのだ。
他の人なら、ただ単にわがままで嫌な人と思うだけで終わる話が、ヘンナには違った。
「ええ、謎です。殿下は私がダメだと言ったことに対して無理を通そうとしました。これは過去に自分の思うとおりになった成功体験からきていることが多いんです」
ヘンナは違和感に気づいたあと、それはなぜかと自然に考えるので、分析力も必然的に強くなっていた。
「つまり、長い間、甘やかされ続けていたということか?」
「そのとおりです。ですが、とても甘やかされていたにもかかわらず、殿下には一人も母国からついてきた人がいません」
「確かにおかしい。甘やかすほど大事にされてきたのなら、侍女くらいつけるだろう」
「ええ、なので、謎に感じるんです」
「確かにヘンナの言うとおりだ。気になるな。カンヨム国での王女殿下の扱いが」
「待遇については、後ろ盾によるでしょう。王女殿下の母君は、どなただったんでしょうか?」
「それについては、僕のほうでも調べてみるよ。ありがとうヘンナ。君のおかげで、理不尽にただ憤らずに済んだよ」
※
その日の放課後、ヘンナの屋敷を訪問してきたレインから、学長に相談した際の顛末を聞く。
「殿下は王女としてアカデミーに来たが、カンヨム国の国王の庶子で、王の子とはいえ、継承権のある王女ではなかったらしい。だから侍女が母国からつかず、アカデミーでも特に王女だからと待遇面で配慮する必要はないと隣国から説明があったそうだ」
「まぁ、隣国では王女といえども庶子だと、そんなに扱いがひどいんですね。侍女くらいつけるべきだと思うのですが」
王女に何か問題が起きた場合、誰も助ける者が身近にいないからだ。
警備の厳しいアカデミーにいるならともかく、彼女が単身で外出した場合まで考慮していないように感じた。
良家の子女なのに、体面は二の次だ。
「それ以上は学長も分からないそうだが、何らかの理由で殿下の待遇が変わったと考えてもいいと僕は思う」
「そうですわね」
「これで殿下の件は問題解決かな?」
「いいえ、実はまだ気になる点があります」
「まだ、何かあるの!?」
「はい。殿下はなぜ女性を嫌がり、男性は特に拒絶しなかったのでしょうか。その差が気になってます」
「陰で悪口を言っていたのが、女性だったからだと思うけど」
「その可能性が高いですよね。つまり、殿下は女性に嫌われていたと推測すると、その理由が気になります。母国で今までチヤホヤされていたのに、待遇が変わったせいで、実はわがままで嫌われていて手のひらを返されたのなら、性別は関係ないと思いませんか?」
「つまり、女性に嫌われたのが、わがままが理由ではない……? それはなんだろうね」
「女性に嫌われていただけでなく、この殿下の冷たい待遇も重なると、気になりませんか?」
「確かに気になるね」
「だから、ご本人に尋ねてみたいと思います」
「ちょっと待って。殿下本人に直接女性に嫌われている理由を尋ねるの?」
慌てるレインにヘンナは微笑む。
「殿下は女性に嫌われていると認識はされていないはずですわ。女性が悪いと考えているからこそ、喧嘩腰になっていると思うので」
「本人に自覚がないのって、すごく厄介だと思うが」
「ええ、だから、ちゃんと別の質問をする予定ですよ」
※
翌日、昼休みにひとりぼっちでテーブルに座る王女にヘンナとレインが近づいてくる。
「殿下、相席よろしいでしょうか?」
ヘンナの言葉に王女は驚く。
昨日は王女を突き放すような態度をとっていたのに、急に再び近づいてくるからだ。
何か思惑があるのかと、警戒心を抱く。
「一体何を考えているの? あなたは」
「実は殿下に興味津々なんです。気に障ったら申し訳ないのですが、殿下は随分と大切に育てられて、何でも願いを叶えられてきたのではないですか? 待遇が今のように変わるまで」
王女はズバリと言い当ててくるヘンナが怖かった。どうしてそんなことを知っているのかと、不気味に感じたからだ。
「……あなた、一体いきなり何なの?」
「殿下のことを知りたいと思っただけです。殿下はなぜこの国に留学をしようと思われたんですか?」
質問自体はとても普通だ。
拒否することもできたが、王女は密かに話し相手に飢えていた。
それに、このヘンナという女性が気になっていた。
王女に興味があると言った彼女。その目は、まるで王女の背後を探るような感じだ。王女自身を見ていない。利用しようとする気配すらない。今まで会ったどの女性の行動パターンと違った。
「別に、特に理由なんてないわ。王妃陛下に勧められたからよ。嫌な人たちから離れたかったから、ちょうど良かったの」
陛下が新たな寵妃を見つけたせいで、王女と母親の立場は一変した。
王女の母は立場のある妃ではなく、ただの愛妾だったので、陛下の興味が薄れれば、用済みとなったのだ。
周囲の手のひら返しも酷かった。
特に令嬢たちからは悪意すら感じるほどだった。
「同じ女性だから、異性に好かれるあなたが羨ましかったのよ。気にする必要はないわ」
王女の母がそう言ったから、陛下の寵を失った途端、態度を豹変させた令嬢たちの性格が悪いと思っていた。
「殿下の婚約者は、留学を悲しまれませんでしたか?」
「……今はいないから問題ないわ」
「辛いことを尋ねて申し訳ございませんでした」
「別に辛くはないわ。相手から是非にって求められたから婚約していたけど、状況が変わって婚約がなくなっただけだから。別に自慢ではないけど、私は相手には困らないのよ」
陛下からの待遇が悪くなっても、王女に言い寄る男性は尽きなかった。
みんな王女の容姿を褒めたたえていた。
王女が甘えれば、みんな喜んでくれた。
「その殿下の元婚約者は、そのあと誰かと婚約されましたか?」
「ええ、他の娘と婚約していたわ。彼女の性格の悪さを知っているから、不幸な未来しか見えないけどね」
その女は取り巻きに命じて、王女に水を上から掛けるなど、嫌がらせをしてきたのだ。
花瓶すら落とされたこともあった。
思い出すだけで、悔しくて腹が立つ。
母が寵妃だったときは、親友気取りで、いつも王女を持ち上げていたのに。
だから、王女という立場にすり寄る女性を信じられなくなったのだ。
「殿下が留学する際に同伴を申し出た人は他にいましたか?」
「ええ、いたわよ。でも、入学試験に落ちてしまったの。アカデミーには警備の関係でいないけど、外で会う予定になっているのよ」
「その方は、どんな方なんですか?」
「私に求婚してきた人よ。私を追って隣国まで来てくれるなんて一途でしょう?」
「会う日はいつなんですか?」
「一ヶ月後に来てくれると手紙に書いてあったわ」
「では、最後の質問です。王女殿下は、母君によく似ていらっしゃいますか?」
「ええ、そうよ。よく分かったわね」
若い頃の母に王女はよく似ていた。父に似ているところは、瞳の色だけだ。
これのおかげで母の不義は疑われなかった。
ヘンナは不思議だ。媚を売るわけでもなく、気になるから質問をしてくるなんて。
意図が全く読めない。
王女が希望したから、無愛想にお世辞も言わずに接してくれる。
「色々質問にお答えいただき、感謝いたします。貴重なお時間にお邪魔いたしました」
ヘンナたちは挨拶をして去ってしまう。
用済みと言わんばかりに。
確かに王女自身が望んだことだ。もう二度と利用されるために近づかれたくないと。
でも、王女自身に興味を持って色々尋ねてくれたことは嬉しかった。
ヘンナが今回気にしてくれたのは、王女という地位ではなかったからだ。
でも、着席すら許可しなかった王女は、彼女たちを呼び止める言葉をまだ持ってはいなかった。
※
「さっきの質問の意図はなんだったの?」
アカデミー内の廊下を歩きながらヘンナはレインに尋ねられる。
「留学は誰の発案だったのか、確認でした。自主的に国を出たのと、ただ単に追い出されたのと、意図的に追い出されたのは違うと思いまして」
「違いがよく分からないけど、もしかして今回は意図的に追い出されたほう? ヘンナが言っていたよね? 侍女がいないのはおかしいって。しかも、留学を勧めたのは王妃だった。寵愛を奪った妾にそっくりの王女に対して。怪しさが増してきたね」
「そうなんです。勧めておいて、侍女一人つけずに留学させたんです。それから、殿下の婚約者の存在から、交友関係を聞きやすくしました。殿下は婚約がなくなっても悲しくなさそうでしたね。先ほどの会話で、殿下が男性からモテることが分かりました」
「意中の男性はいなかったみたいだね。それに、婚約がなくなった頃から他の女性から嫌がらせを受けていたみたいだね」
「はい、嫌な人から離れたかったと言っていたので、嫌がらせはあったのでしょう。留学の同伴希望者を尋ねたのは、どこまで殿下が男性たちから好かれていたのか調べるためです」
「留学先まで来てくれるのなら、殿下のことを本気で好きなのかな? ある意味すごいよね。そんなに惚れ込むなんて」
「はい、私もそう思います。でも、殿下は誰も意中の人がいないみたいなんですよ。先ほどの会話では」
「……すごい温度差を感じるんだけど」
「何事もなければいいんですが」
ところが、そんなヘンナの願いも虚しく、王女は持ち前の可愛さで、男子と親しくなっていく。
「やだー! あなたったらおかしいわね!」
同級生の男子に無邪気に笑う王女は、特に裏心はない感じで楽しんでいる。
王女にペシペシと親しげに肩を叩かれる男子はにやりと笑って嬉しそうだ。
さらに男子が何か話すと、
「さすがー!」
「知らなかったー!」
「すごーい!」
「センスいいわね!」
「そうなんだー!」
王女は可愛らしく相手の目を見つめながら楽しそうに会話する。
容姿は抜群な王女。
話をちゃんと聞いてくれる王女のそばにいるのが楽しくて男子たちは夢中になっていく。
「殿下なんて、堅苦しい呼び方はいらないわ。ベルと呼んでちょうだい」
気づけば王女は身分を問わず男子たちに囲まれている。
しかも、近づく男子にちゃんと確認までしている。
「あなたには恋人か、婚約者はいるの? あら、それなら私はあなたとお友達にはなれないわ。この国では、相手のいる異性と仲良くしちゃダメだって知っているのよ」
さらに、王女がそれとなく男子に注意されることがあったときも、王女の反応は以前と違った。
「え? このメニューは、もう売り切れてしまったの? でも、王女の私には何とかしてくれるわよね? えっ、無理なの? それがここのルールなのね。……分かったわ。今日は諦めるわ」
なんと、前とは違ってルールには従うようになっていたのだ。
でも、王女の女子嫌いは変わらない。
同じ女性から距離を置かれるようになっていた。
※
「王女殿下、お久しぶりです。最近何か困ったことは起きていませんか?」
王女がアカデミーの建物内を移動中のことだ。王女に話しかけてきたのは、以前王女に興味があると言っていたヘンナだ。
心配そうに王女の顔色を窺っている。
気遣ってもらえて、少しだけ嬉しい。
「何も問題はないわ。友達も増えて、毎日楽しくやっているわ」
「ええ、男性の方々と随分と親しくなられたようですね。殿下は相手がいる男性とは親しくならないように気をつけられて、アカデミー内のルールも守られているご様子。殿下、私の意見を聞き入れてくださり、ありがとうございます」
ヘンナに褒められた。気づいてもらえたんだ。
王女はさらに嬉しくなる。
以前いきなりヘンナたちに突き放されて、王女はすごくショックだったのだ。
だから、王女なりに考えて、二度と人が離れていかないように気をつけていた。
ヘンナは王女に対して悪意を持って注意したわけではない。
文化の違いを考慮して、この国のルールを説明してくれただけだ。
それに対して、王女が無理を通そうとした結果、相手にされなくなったと、ちゃんと理解できていた。
「あなたは他の女子とは違うわね。前のことは謝るわ。だから、私とお友達になってくれない?」
王女なりに勇気を出して歩み寄っていた。
ヘンナは嬉しそうに微笑む。でも、すぐに悲しそうな顔に変わる。
「殿下、謝罪は受け入れます。でも、まだ今の殿下とは、申し訳ないことにお付き合いはできません」
その言葉に王女は頭に血が上る。
「どうしてよ! ちゃんと間違いを直して、謝ったのに! もういいわ! あなたなんて知らない!」
拒絶されたことが悲しくて王女は逃げるようにヘンナから離れた。
嫌がらせをしてきた女子たちとは違うヘンナ。
王女に配慮しながらも、意見を冷静沈着に述べるヘンナの姿は、堂々としていて頼もしく感じるほどだった。
かっこいい。
そう密かに憧れていたのだ。
でも、そんなヘンナに拒否されたのだ。
王女は理由も分からなくて、しばらく落ち込むことになった。
でも、もうすぐカリストと約束していた日が近づいていた。
わざわざ王女のために隣国から来てくれるのだ。
王女も隣国まで来るのに一週間もかかった。
すごく長旅だ。カリストに会うのが楽しみで、気持ちもいつの間にか浮上していた。
※
「最近の殿下の様子を見ていると、うまくやれているようなのに、どうしてヘンナは王女の申し出を断ったの? いや、責めているわけではなく、君の考えがあってのことだと思うんだけど」
ヘンナはレインの屋敷でお茶をいただきながら、アカデミーの話題で盛り上がっていた。
「はい、殿下は変わられました。元々裏表のない素直な方なのでしょう。言われたことを聞き入れてくださったのですから。それを見て、私の中で隣国の王妃陛下があえて殿下をお一人で留学させた可能性が高いと思うようになりました。悪い意味ではなく、良い意味でです」
「なぜ、陛下の冷たい対応が、良い意味になるのかな?」
「あくまで私の予想ですが、今のように成長させたかったんだと思います。一人なら、誰にも頼れないですから」
「なるほど、そういう可能性もないわけではないね」
「はい、もしかしたら、別の情報が新たに入れば、いつでも悪い意味に変わる可能性もありますが。なぜなら、まだ殿下は大事なことを理解していないので、何が起きるか分からないからです。私が殿下の提案を断ったのも、それが理由です」
ヘンナの説明を聞いたレインの顔色が変わる。
「殿下は何を理解していないんだ? それが原因で、何か騒ぎが起きると、ヘンナは予想しているんだね?」
ヘンナは頷く。
「はい、かなりの高確率で、何かが起こるはずです」
※
今日はカリストと会う日だ。
王女はこの日が来るのを待ち望んでいた。
わざわざ遠くから来てくれるのだ。
精一杯カリストをもてなそうと、アカデミーでできた友達に相談して、色々企画していた。
みんなもカリストに興味を持ってくれて、是非会いたいと歓迎してくれる。
アカデミーはどんなに良いところか、王女がルールに従って真面目に生活していることを彼に話したかった。
アカデミーは様々な身分の者たちが集まるので、最高峰の警備を誇っている。
スタッフも多く、食事や清掃・洗濯のサービスが充実し、費用については母国が負担してくれている。
侍女がいない分、面倒な手間はかなり増えているが、なんとかこなせていた。
王妃の言いつけを守って、一人で外出もしていない。
入学当初に注意されて以降、トラブルを起こさず、平穏に暮らしている自分を見てもらいたかった。
アカデミーの待ち合わせ場所にみんなで待っていたら、時間どおりにカリストが現れてくれた。
「カリスト! 会いたかったわ!」
王女は馬車から降りてきたカリストに抱きつく。
「よく来てくれたわね」
「あ、ああ、あのこの人たちは?」
カリストが怪訝な顔で王女の背後にいる男子たちに視線を向ける。
「アカデミーで親しくなった友達よ! みんなあなたに会いたがってたのよ、紹介するわね」
「この人は、ハリーよ! アカデミーでの私の親友なの!」
王女はカリストから離れてハリーの腰に腕を回して抱きつく。
「それから、この人はマイケル! いつも授業で助けてくれる秀才よ!」
マイケルの腕に王女は抱きつく。
「他の人たちは……」
「ベル様! そんな人たちはどうでもいいです!」
いきなりカリストが苛立って怒り出すから、王女は怖くなって頭が真っ白になる。
「私はあなたが会いたいというから、私だけが頼りだというから、遠路はるばるやってきました。なのに、どうして私がいるのに他の男たちと親密にしているのですか!?」
カリストに手紙を書いたときは、この国に来たばかりで、精神的に心細かった時期だ。会いに来てくれると約束してくれたカリストをとても頼りにしていたのだ。
でも、留学後、一時期ひとりぼっちで辛い時期もあったが、友達が増えて楽しくなっていただけだった。
「カリストに会いたかった気持ちも、頼りにしている気持ちも本当よ? この人たちは、留学してから良くしてくれた人なの。みんな仲の良いお友達だから、カリストに紹介したかっただけなの……」
「仲が良いお友達!? あんな距離感で!? あなたは特別だって、大好きだって、散々私に気のあるふりをして! 私を馬鹿にするのもいい加減にしてくれ!」
「違うのカリスト、誤解よ」
「触るな! 娼婦みたいに馴れ馴れしい! あなたは忠告されたとおりだった。妾の母の影響で、愛想ばかりの中身なしだと。私はそんなことはない、無邪気なだけで、私にだけは違うと信じていたが、見事に裏切られたな! 失礼する!」
カリストが乗ってきた馬車に戻って去ってしまった。
「カリスト、待って! 行かないで!」
王女が追いかけても、彼は止まらず去ってしまった。
「ベル様、大丈夫?」
男友達が心配してくれるが、みんな王女のために集まってくれたのに、カリストを怒らせたせいで台無しになってしまって申し訳なくなる。
「みんな、ごめんね」
カリストを怒らせてしまった。
でも、理由が全く分からない。いつものように対応しただけなのに。
ただショックで王女は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
あれから数日経っても王女は落ち込んだままだった。
カリストの言葉が頭の中で何度もよぎっては、消えていく。
何が悪かったのか、どうして彼を怒らせてしまったのか、王女はずっと考えていた。
また同じように相手を怒らせたらと思うと、アカデミーの男友達にもどう接したらいいのか分からなくなっていた。
気づけば王女はまた一人で食堂にいた。
そんな王女に近づく気配がした。
「殿下、ご一緒しても良いですか?」
ヘンナだ。彼女は王女の返答を待っている。
「どうぞ座って」
王女が許可すると、ヘンナは丸テーブルの空いていた椅子に腰掛ける。
「殿下が最近落ち込まれている様子だったので、お声がけいたしました。何かお困りですか?」
「そうなの。困っているの。大事な友達をまた失くしてしまったの」
王女は堪えきれなくなって泣き出してしまう。
「どうして私からみんな離れてしまうの? みんなに好意を伝えて喜んでもらいたかっただけなのに」
大好きだと、特別だと、ずっと一緒にいたいと、その気持ちは本当だった。
幼い頃から男女ともに王女は好かれていた。でも、みんなが婚約しはじめた頃、だんだんと女子がよそよそしくなって、母が寵妃でなくなった途端、女性たちから手のひら返しのように嫌われたのだ。
女性たちだけが悪いと思っていた。羨んでいただけだと。
でも、今回カリストが怒った理由は、原因が同じではない。
明らかに王女の言動に対して、憤っていた。
「どうして仲良くするだけで、怒らせてしまったのか、分からないの。みんな同じように大切なのに」
「殿下は、みんな同じつもりで好きと言っても、受け取る側は同じように受け取るとは限りませんわ」
ヘンナの言葉がすぐに理解できず、王女は彼女の顔を見つめる。
「どういうこと?」
「同性に言う好きと、異性に言う好きは、同じ意味で伝わりません」
「……違うの?」
「例えばですが、あなたが異性に好きだと言った場合、もしその人にとってあなたが恋愛関係になりうる相手ならば、告白の意味として受け取られます。殿下が友達としてとても大切と伝えたかったのならば、注意して使うべき言葉でした」
「私の言葉が悪かったの?」
「ええ、誤解される恐れがあると感じてました。あと、他人に対する距離感についても。異性に安易に触れられていたので、誤解されると感じてました」
「……」
王女はヘンナの指摘を聞いて、過去に母国で言われた言葉も思い出したいた。
「馴れ馴れしくあの人に触れないで!」
「娼婦みたい」
ただの妬みだと思っていたから、悪意ある言葉を今まで気にしていなかった。
でも、本当は王女自身が嫌われるだけの言動をしていたのだ。
気づいた途端、王女は号泣する。
これまでの価値観が間違っていたと気づいて、耐えきれなかったからだ。
「お母様の言うとおりにやってきただけなのに!」
陛下の寵妃になるくらいの母の処世術を王女はとても尊敬していたのだ。
気に入られるようにしなさい。
愛想を悪く言う人はいないわ。
ずっと褒められていたから、それで間違ってないと思っていた。
でも、ボタンを掛け違えたみたいに上手くいかなくなっていた。
「殿下のお母様と、始めから王女で身分のある殿下とではお立場が異なりますから、同じやり方で上手くいかないのは仕方がありません。でも、これからやり方を変えれば問題ありません。殿下は学ばれる方でしょう?」
ヘンナがハンカチを差し出してくれたので、厚意に甘えて使わせてもらう。
「絶対に直すわ。もうこんな思いは二度としたくないもの」
「それなら大丈夫です。殿下の友人として、私もご協力いたしますわ」
「えっ……」
落ち込んで、人生のどん底のときだったから、ヘンナからの言葉が嬉しくて、王女はさらに泣いてしまうのだった。
「殿下、留学を勧めてくれた王妃陛下にお礼の手紙を送ったらいかがですか? 今回学んだことを伝えたら、きっと安心されると思うんです」
「そうね、ヘンナが私の悪い点に気づいていたのなら、きっと陛下も心配しているはずだわ」
ヘンナの勧めでさっそく手紙を送ったら、すぐに王妃から返事が届いた。
「あなたの成長を嬉しく思います」
内容は短かったが、その言葉を見つけたとき、王女の口元に笑みが浮かんでいた。
※
後日、ヘンナはレインの屋敷に向かい、彼とお茶を共にする。
「王女の件では、本当に助かったよ。やっぱり君に求婚して良かったと自分の見る目に自信がついたよ」
王女の振る舞いは、あのときから劇的に変わった。
同級生の女子たちにも王女は丁寧に謝罪し、彼女たちからも助言を募り、男女の距離感について学んでいる。
みんなが困っていた王女ではなくなり、適切なところで人を頼れる素直な王女になっていた。
ご機嫌なレインをヘンナは見つめる。
見目麗しい彼は若い令嬢をよりどりみどりだったはず。
ヘンナでもなぜレインが自分に求婚したのかまだ分からなかった。
「あの、差し支えなければ教えていただきたいのですが、なぜ私を選ばれたんですか?」
ヘンナの質問にレインは笑みを浮かべる。
熱が込められた彼の紫の瞳にヘンナは顔が熱くなるのを感じる。
「屋敷で開かれたパーティーのときに、君を見つけたんだ。君は登場した僕に群がる令嬢たちとは違って、顔色の悪い招待客の夫人に声をかけていた。だから、印象に残ったんだ。あとで使用人から話を聞いたら、君は夫人に休憩室まで連れ添ってくれたらしいね。僕は他の人が気づきにくいような細かいところに気づける君に惹かれたんだよ。そのおかげで今回はとても助けられた。ありがとう」
その理由を聞いた途端、きちんと自分を評価してくれた嬉しさでヘンナは胸が激しく高鳴り、思わず感極まってしまう。
それに引き換え、ヘンナがレインの求婚を了承した理由は、とても自分の都合しかし考えてなかった。
「良かったら、君が僕のことを受け入れてくれた理由も教えてくれないか? 君のことだから、きっと僕の顔や家柄以外にあるんだろう?」
まさか尋ねられるとは思ってもみなくて、ヘンナは恥ずかしくなる。
でも、言わないのは、質問して答えてもらった以上、公平ではない。
ヘンナは覚悟を決めて口を開く。
「実は、レイン様が王立の図書館でお一人で本を読まれていたのを目撃していたんです」
その図書館は許可制で入館の際に持ち物検査をされるくらい警備が厳重なので、護衛が不要なほど安全なのだ。
そこでヘンナが一人で本を探していたところ、同じように本を一人で読んでいたレインを見つけたのだ。
「お一人で静かに過ごされているのを見て、自分と生活が合いそうだと思ったんです。どこかに出かけるのも好きですが、こうして二人でお茶を飲んで過ごすほうが性に合っているので、結婚するならお互いの性質が同じほうが良いと思っていたんです。ごめんなさい、レイン様の話に比べたら、全然自分の都合だけで婚約を決めてしまって」
申し訳なくて俯く。
「いや、謝る必要はない。君らしい意見だよ。言われてみれば、結婚後にそういう相性は大事なところだよね」
そう言ってレインは微笑む。
そんな彼をヘンナはますます好きになる。
気づけば二人でお茶を飲む時間に慣れている。
王女の事件は、思ったよりも大変だったが、おかげでレインと前よりも仲良くなれた気がする。
「ところで、今日案内してくださった部屋はいつもと違うんですね」
照れくさくなってヘンナは話題を変えていた。
いつも案内されていたのは、ごく普通の応接室だった。
でも、今日はもっと広い部屋で、テーブルも大きい。
窓が大きく設置されて、明るく開放的だ。
レインはヘンナの指摘にニヤリと笑った気がした。
「他に気づいたところはあるかい?」
「ええ、いつもとお茶の香りが違うので、茶葉も変えられたみたいですね。給仕の方も違いました」
ヘンナに対してレインが何か答えようとしたとき、閉じられていた出入り口のドアがノックされる。
「君と一緒なら、日常がいつも謎に満ちて退屈しなさそうだよ」
レインはそう言って楽しそうに微笑むと、扉に視線を向けて声をかけた。
《完》
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