第8話 残業ダイスキ?
ピースメーカー「残業ダイスキ部」の事務所では、いつもの騒動が起きていた。
Sランクピースメーカーの神城ユーナのわがままである。
「あたしはお嬢なのよ! 缶コーヒーを出すなんて何考えてるの、ネオ!」
「あはは、せっかくプロテイン抜いてあげたのに」
「そんなの入れないのが当たり前でしょ! まったくゲボクがいないと辛いわねぇ」
神城ユーナは、この「残業ダイスキ部」事務所の創立者だ。長くしなやかなプラチナブロンドの髪に、金の眼をした美女である。
蜘蛛の魔族”アラクネー”の半妖で、バフ付きの糸や回復の糸などをパーティーメンバーにかけることが出来る。
敵ならば、ミスリルより硬い糸によって平気で首を落とす。手ごわい敵ならばデバフ糸も使用可能だ。
「やっぱり、お茶出しはルクスが一番かな!」
語尾にキラリという音が入りそうなほど、爽やかで甘いルックスの、桐嶋ネオが笑う。
鍛えられあげた筋肉と、整った長い手足。
ドラゴニュートのハーフで、ドラゴンブレスを放てるほかにマナで大きくなるマナブレードを所持している。
「そんなルクスが遅刻しているわけだけど……?」
「処刑ね」
単発型ダンジョンは、いつ起きるか不明だ。
日によって待機時間も異なる。
たまたま、この時間に依頼がないとはいえ許されることではない。
ただし、二人とも昨夜ルクスがダンジョンに巻き込まれたことを棚上げだ。
「遅刻遅刻ー遅刻しちゃうーー!」
「言葉は正確にしなさいよ、ゲボク! 遅刻してるわよ!」
口からもやしの袋を咥えたルクスが事務所に転がりこんできて、ユーナは内心ほっとしたのを隠した。
声が尖るのは、心配の裏返しだ。
「さっさとあたしに紅茶を淹れなさい」
「はい! ただいま作業に入りやす!」
ネオは、自分のコーヒーにプロテインをドバドバ入れながら快活に笑った。
爽やかな美貌の主は、赤い髪をかき上げながらプロテインが溶けきっていないコーヒーをガブリと飲む。
こっちは、そもそも心配すらしていない。
ルクスのゴキブリ並みの生命力なら、多分生き残っているだろうと楽観視して熟睡した男だ。
「へい毎度! こちらがセパレートティーです!」
「お茶を淹れる技術を叩き込んだのは、やっぱりこの為よね」
柑橘と紅茶の優雅な香りを立ち上らせながら、ルクスがうやうやしくユーナの足元にスライディングする。
ユーナが満足そうに紅茶に口をつけると、ルクスは事務所の端に行って持参したもやしを食べ始めた。
事務所のドアが、不意にコツコツと鳴る。
この事務所に依頼人がくることは、ほぼない。
マナスマホの事務所ホームページか、ピースメーカーギルドの掲示板で事足りるからだ。
「おはようございます~。お邪魔します」
「あら、アリアじゃない。暇なのかしら?」
「用事があるんです、ユーナさん」
顔を出したのは、ネオの妹、桐嶋アリアだった。
今年高校三年生で、十二月の今は卒業を待つだけの学生だ。
そしてネオは重度のブラコンである。
「ああーどうしたんだマイエンジェル! こんなところまで来て! お兄ちゃんに会いたかったかい?」
「んなわけないでしょ、キモ兄」
言葉の刃で兄を瀕死にさせたあと、アリアは真紅の髪を翻らせる。
口からもやしが少しはみ出ているルクスに、一歩近寄った。
「ルクスさん、昨日は大変だったとケニーさんから聞きました! お怪我は?」
「アリアちゃん久しぶりー。ケガは死ぬほどしたけど、俺治っちゃうからさー。この通りだよ」
アリアもドラゴニュートと人間のハーフなので、背が高いが、ルクスは百九十センチを超えている。
膝を曲げるようにして視線を合わしていると、アリアが微笑んだ。
「今日は、ルクスさんに差し入れにきたんですよ。三軒ほどはしごして買ったんです、ホラ」
アリアがアイテムボックスから事務所のデスクに、大量のヴァンパイアハーフ専用の食べ物を溢れさせた。
ルクスが歓喜の声をあげるのに充分な量だ。
ブラコンのネオは毎日二万円のお小遣いをあげるせいで、アリアはお金に困らない。
「ユミエラちゃんが大変だって聞いて、とりあえずたくさん買い占めました! 少しの間、足りますか?」
「ありがとう! アリアちゃんも神だったんだね!! 今度からゴッドネスアリアって呼ぶよ。これなら五日分くらいある!」
「ゴッドネスはいらないです。……この量で五日……? 私、二週間くらいの買い物をしたつもりなんですけど」
ユーナも振り返って、食べ物で埋まるデスクを見やる。
どう考えても、五日で食べ終わる量ではない。
「ゲボク、どれだけ食べるの、アンタ」
「俺じゃないですよ~、俺はもやしだけだとしてもユミエラがこの量を食べてるんですって」
「ユミエラが……?」
何かの病気らしいとは聞いていたが、こんなに食べているとは聞いていなかった。
ルクスの問題ならスルーしたが、ユミエラはユーナにとっても可愛い存在だ。
「仕方ないわね、ヴァンパイアハーフ専用の医者を呼んだげるわ」
「俺、近所の医者に通ったけど留守で……」
「だから、呼びつけてあげるのよ。あたしが」
妹の暴言で失神しているネオを放置して、ユーナが美しく笑む。
ユーナはアラクネーと人間の半妖だが、実家は大金持ちだ。
ユーナ自身も、ギルドに自分が出したバフ糸や回復の糸を売ってじゃんじゃん稼いでいる。
「うああああ、あのユーナ先輩があああ!!! 世紀末かあああああ!!?」
「勘違いしないことね、ユミエラのためよ!!」
照れ隠しにユーナが、固まったままのネオの頭を殴る。
衝撃で意識を取り戻したネオが、アリアに抱き着いた。
「どうしたんだ、アリア~~!! お兄ちゃんに何か不満があるのか? その衝動買いか!?」
「兄、うるさっ。不満しかないけど?」
「こうなったら、理想のお兄ちゃん計画を作るぞ、みんな!!」
ルクスは、騒動のあいまに貰った食べ物をアイテムボックスに仕舞った。
あとは、昨日のダンジョンのモンスターの素材を売れば今週はなんとかなる。
なんだかんだ、ルクスは自分が恵まれているのがありがたかった。
ユーナが呼びつけると言ってくれたからには、ユミエラの病状もよくなる可能性がある。
「ギルドから依頼がきたわ! 中学生の男子が登校途中で単発型ダンジョンで迷子!」
「よし、みんな行ってこい! 僕はアリアと留守を守るよ」
「行ってきて、兄。ルクスさんをちゃんと守ってよ」
ルクスは、ユーナとネオの武器をアイテムボックスに収納した。
荷物持ちの仕事はここからスタートだ。
「アリアちゃん、行ってきま~す! 本当にありがとね!!」
「行ってくるわね、アリア。あなたも気を付けて帰りなさい」
「アリア~~~大好きな兄さんが仕事にいってくるよー!! 帰りを楽しみにしておくれー!」
「兄が嫌。ユーナさん、ルクスさん、いってらっしゃーい!」
普段、仕事で見送られることはない。
ルクスは、元気よく踏み出した。
武器は、昨日壊れたことを忘れたまま。
ツンデレ、ユーナと、脳筋の先輩ネオの登場です。




