第58話 寒い日は、しゃぶしゃぶを
ジャケットに鬼哭丸を装備したルクスは、ミスリルホースの一撃を避けた。
宝石のように輝く馬の体は、文字通りミスリルをまとっている。
「ルクスさん、首を狙ってください!」
アリアから弱点を教わりつつ、ルクスは回り込む。
ミスリルホースは二体。
一体はアリアの打撃で倒れて、地面に転がっていた。
「鬼哭烈刃!!」
ルクスが必殺技を放つと、ミスリルホースは連撃をかわそうとして一撃をよけそこねた。
走る速度が落ちたところを、ルクスがさらに追撃する。
鬼哭丸が首を刺し、血が舞った。
「もう一撃!!」
怪我を負わせたところと同じところを狙って、ルクスが剣を振るうと、ようやくミスリルホースは倒れた。
「こ、これで三体目……」
「ミスリルホースは一体10万ディニーなので、これでルクの実一個分ですね」
ルクスは、腰に手をあてた。
モンスターの頑丈さは、Aランク越えだ。
アリアはともかく、ルクスには苦戦する相手だった。
「ケニー先輩、一人で大丈夫かなぁ? 相手はクマだよ」
「エルフにしか倒せないといってましたから、おそらく弓矢しか効果がないのだと思いますですけど」
「道が遠いなぁー」
「そうですか? ルクスさん、ずいぶん回避がうまくなったと思いますですよ?」
ルクスは、汗をふいた。
この気温だと、汗をふかないと一瞬で冷たくなる。
さすがのルクスでも、放置し続けていたら風邪をひく。
「そういえば、よけるようになってきたかも……?」
「前は、攻撃されっぱなしでしたもんね」
そういわれると、進歩の手ごたえを感じる。
ミスリルホースをしまうと、ルクスはスマホの時計を見た。
「げ、こんな時間。一回、おひるごはんにしよう? いや、夜かな??」
時計は五時半をさしている。
昼というには、遅すぎだ。
「ケニー先輩、どこまで行ったかな」
「いま、降りてきましたね」
アリアのドラゴンアイによって、やや青ざめたケニーと合流する。
ルクスは、あつあつのコーヒーをアイテムボックスから手渡した。
「ありがと、ルクスくん。あったかいもの、何も持ってきてなくて……これは寒すぎるね」
「ごはんも食べ損ねてますからね、まだ鍋の材料がありますよ」
「私もお腹すきました……」
バルガンの家を再び借りて――バルガンいわく職場か居酒屋以外にはいない、家は寝るだけの場所だという――窮屈ながら、ルクスはマナ石コンロのスイッチを入れる。
野菜が煮えるまで待てない三人は、レッドバーニーの肉を薄切りにしてしゃぶしゃぶを始めた。
レッドバーニーはいわゆるジビエなうさぎとは違って、脂身がある。
鍋用のポン酢とごまだれをそれぞれ小皿に入れて、ルクスたちは湯気のたつ肉を口に運び出した。
「あったかい……はふ……おいしいなぁ」
「ケニー先輩、これインスタントのお味噌汁ですけど」
「ありがと……そうそう、アーマードベア、二体倒したよ。一体50万ディニーだから今日で100万ディニーだね」
「すごいです!!!」
アリアも、カブの味噌汁をすする。
体の芯からあたたまった気がした。
ただ冷たいのではなく、ここは体の内側から凍り付きそうな冷え方をする。
ほっかいろやヒートテックを借りているが、体を動かさないと体がつららになりそうだ。
「ドワーフさんが強いお酒を飲むのは、あったまるためですかねぇ」
「そうかもしれませんです」
「こらこら、同意しないの未成年」
肉を咀嚼しながら、三人は地球産のお酒がきかないドワーフに思いをはせた。
ルクスたちは日本から用事のためにきているが、ここに永住するドワーフたちはこれが当たり前だ。
お腹が満ちてくると、ルクスは明日以降用の料理を始める。
しょうがのきいた味噌鍋に、ホワイトシチュー。
肉はすべてレッドバーニーだが、仕方がない。
食用だというアイスブルも倒していたが、料理をするルクスの横でケニーが解体した結果、とても食用とは思えなかったのだ。
簡単に焼いてステーキソースをかけたのだが、固い。おそろしく固い。
歯と引き換えにして食べろ、という圧を感じる。
ケニーには噛めず、ルクスとアリアはなんとか一口噛みちぎったが、さすがのルクスすら「おいしい」とはいわなかった。
「なんというか、フランスパンが土下座しそうなかたさだね……」
「ドワーフの方って歯が強いんですね……」
「これのおいしさは、ちょっと理解できないかも……」
虫歯のひとつもないケニーが、歯茎から血がでるのも仕方ないレベルだ。
三人の心は一つになる。
アイスブルは、売る専用だ。
自分たちの食用ではない。
「日本で、なにかお肉買おうか……」
「生肉となると、半妖業務スーパーだね」
「わたし、家の冷蔵庫から何かしら持ってきます」
焼いたアイスブルは、バルガンが陽気に引き受けてくれた。
居酒屋で、ドワーフたちがむしゃむしゃしているのを見届けて、改めて歯の違いを見せつけられた。
レンガの家の窓から、ルクスたちの湯気がのぼる。
月が、静かに三人を見下ろしていた。
災難は、まだこれからだった。




