第56話 闇との遭遇②
ひりつた空気を壊したのは、バルガンの笑い声だった。
「ぶわーはっはっは!! シュラ、貴様フラれたのか。そうか、厚顔無恥の貴様でも、そういうことがあったとはのう。ゆかい、ゆかい!!」
「ああーー、こっちもそっちも煽ってどうするの……」
「いやでも、あれだけドヤ顔で登場しててユーナさんに過去に、そうとう手ひどく振られたって面白いですよ」
「アリアちゃん、しかもあのひとそのあと、事務所のホームページを匿名で荒らしまくったらしいよ? ださいよねー」
シュラの顔色は、どんどんどす黒くなりはじめる。
チートを誇る自称勇者は、こんな扱いは初めてだった。
「ホームページ荒らし……なんか聞いたことがあるような」
「荒らしの対応したの、ケニー先輩でしょ。ユーナ先輩言ってましたよー」
「ああー。二十四時間、ずっと荒らしてたアレかぁ……」
「ぶひゃひゃひゃ……! シュラの恋心もそうとうウブだったんじゃのう!」
わからないなりに、ルクスの話にのっかるバルガン。
シュラは、バルガンの笑い声に止めを刺されて姿を消した。
「覚えていろ、貴様らクズども」と言い残して。
シュラが去ったあとも、コーネルの郷は笑い声が反響していた。
「覚えてるわい、こんな愉快な話!」
「いっちゃったね……ルクスくん、こんなことして大丈夫?」
まだ、腹を抱えているバルガンとは打って変わって、ルクスは真顔になった。
実際、かなりの無茶だった。
ぶち切れて、コーネルの郷をめちゃくちゃにされもおかしくなかった。
「思ったこと、素直にいいすぎました……。俺、あんまり人に対してストレスもったことなかったんですけど、あの人はちょっと……」
「でも、立ち去ってくれてよかったですよ。たぶん、あの人うちの兄貴より強いです」
「やっぱり? そうだよね……危険なことしてすみませんでした!!」
ルクスは、ケニーとアリア、バルガンに向かって頭を下げる。
しかしそれは、背後からの歓声と指笛でかき消された。
「よくやったぞ、あんちゃん!」
「加勢するつもりが、おもしれえもん見せてくれたな」
「よくやった!!」
家の窓から、炭鉱から、ドワーフが大勢顔をだしている。
ルクスをはやし立てる一団は、皆にやにやと笑っていた。
「あの、僕もはいっていいんですか?」
「あのシュラにたてついたんじゃ。いまさらハーフエルフもなにもないわい」
バルガンは腹をさすりながら、ケニーの背を押す。
三人が連れていかれたのは、一番大きい建物だった。
百九十センチのルクスは、入るのに苦労した。
「この郷の居酒屋じゃ。来た要件を聞こうじゃないか」
家の中は、大きな暖炉に薪がくべられて暖かい。
そして、酒の匂いに満ちていた。
匂いに酔いそうになりながら、三人はバルガンに自己紹介をした。
「それで――デーモン・ロード、オーデュインがこの地に、ヴァンパイアの病気を治す実を植えていったと思うんですけど――」
「ああ、ルクの実か。あれで作る酒はヴァンパイアによく売れる」
「ルクの実……?」
ルクスは嫌な予感がした。
フォルン村の実が、ルミリの実。
ティルノア港町が、アの実。
そして、ここコーネルの郷がルクの実ならば――。
「次のヴァシリカでは、もしや、”ス”の実……?」
「おお、ヴァシリカにある実も知っておるのか、さすがオーデュイン卿のせがれ」
父オーデュインの意図が知れた。
回復の実に、家族の名前を付けているのだ。
しかし、ルクの実に、スの実はあんまりである。
アの実の時点で、ネーミングセンスの死滅は分かっていたものの、ルクスは顔を覆った。
感謝はしているが、一撃くらいは殴ってもきっと許される。
ケニーもアリアも、持参した飲み物を飲みながらそっとルクスをいたわった。
「実は妹のユミエラにルクの実……が必要で。どうしたら譲ってもらえますか?」
「買うがええ」
バルガンはあっさりと言った。
背後のドワーフたちも、頷いている。
「他国のもんにも、そうして売っておるわい。一個、30万ディニーで売っておる」
「30万ディニー……」
マナアシのお陰で、ルクスは日本円には珍しく困っていない。
しかし、グランディアの通貨はこれまで物々交換的にしてきたので、最初にバーニーを売ったお金しかなかった。
ユーナが、現地通貨の為にキマイラやグリフォンの素材を残しておけと言ってくれて助かった。
「ここで、グリフォンやキマイラの素材とか売れますかねえ……?」
「ドワーフの郷じゃ。武器武具、あらゆる装備を作っとるわい。素材はいつでも歓迎じゃい」
「ああ、良かった……」
ルクスたちが倒したワイバーンの素材なども、残っている。
お金に困ったときに売ろうと思って取っておいたのだ。
テーブルに、素材を並べるとバルガンは熱心に鑑定する。
「どれもいい素材じゃ。125万ディニーってとこかのう」
「三個か……ルクスくん、足りると思う?」
ケニーの質問に、ルクスは頭を抱えた。
ユミエラに回復の兆しがでたのは、間違いなく一個目を食べたときだ。
それでも、ルミリの実を取った一月七日から、アの実の三月三日までは調子の悪い日は、残ったルミリの実を食べてしのいでいた。
できれば、数は欲しい。
「ルクスさん、遠慮なくおっしゃってください! ここまできてるんですから、私たち」
アリアの静かな目の色に、ルクスは頭を下げた。
「もう少し欲しいです……でも、どうしたらいいか」
バルガンは、ぐいっと酒を飲むと笑った。
酒くさい息が、三人の前に広がる。
「働いてけ。幸い、あっちこっち手が足らないんじゃ」
ルクスはいい。
ユミエラのためだ。
地球でもグランディアでも働くことは構わない。
「いいよ、やろう。ルクスくん」
「そうですよ、私たち、そのためにいるんですから!」
二人の仲間は、頼もしく言い切って笑顔を見せる。
こうして、ルクの実のための仕事が始まったのだった。




