第53話 アの実
「差し入れはどう? アタシが作ったものじゃないけど」
「おいしいです。ユーナさんの家にいるときは、お兄ちゃんから受け取った材料でいつもお料理してくれるから、豪華な味付けに慣れてきちゃって」
おんぼろアパートの二階で留守番をするユミエラに、ユーナが家で作った肉料理を差し入れていた。
ヴァンパイアハーフのユミエラは、栄養を優先すると野菜より肉になる。
そしてなによりも、血の味を欲していた。
だが、今日はルクスが二つ目の実を持ってくる日だ。
ユミエラも、どこかそわそわして落ち着かない。
それでも、前回の実は効果があった。
今回のものも、きっと効果があるはず。
「……ユミエラも大変ね。動けないのはつらいでしょ」
「自分のことより、お兄ちゃんの負担になってることが辛くて……。ユーナさんにもですけど」
「十二の子が、変な遠慮しないの。こっちは成人してるんだから」
ユーナは、ルクスには見せたことのない慈愛の表情で笑う。
ユーナにはきょうだいがいないので、ユミエラを妹のように思っていた。
「ユーナさんは今日お仕事いいんですか?」
「ネオは探索者に誘われてダンジョンだし、アタシは回復の糸の納品が立て込んでたから、休みよ」
実際、ユーナは今日だけで十本の回復の糸を作ってきた。
糸一本で100万円するが、どんな重症化も回復する。
多少の毒や、麻痺などもこれ一本で解決するので、外傷相手ならばハイポーションよりも効く。
城石深玲のときは、内面的な弱りだったので使わなかったが、ハイランカーの探索者によく売れている。
「は~……おいしかった……すごーく贅沢なこと言うと、ブラックバーニーに慣れてきちゃって」
「ふふふ、ワイバーンは高級肉よね。でもルクスがまだワイバーンは持っているはずよ」
「えー! 楽しみです」
深玲救助のあと、ルクスは帰りもユーナを背負って走った。
深玲のことはネオが背負った。
ルクスいわく、推しをかつぐのはさすがに他のファンに殺されると言って。
行きは急いだものの、一行は帰りは高級素材を取りながら帰った。
炎熱きのこや、火の玉サボテンなどの珍しい素材も手に入ったのだ。
ハーフエルフほど数はいないが、ハーフドワーフに人気の素材でもある。
ワイルドイエロージャッカルや、ワイバーンを倒しつつ、デザートスコーピオンを多く採取した。
デザートスコーピオンは、それでデザートスコーピオン用の薬が作れるので役にたつ。
「……ユミエラは偉いわね」
ユーナはしんみりと呟いた。
隣の部屋からの音漏れ、外の人の声。
騒々しいこの部屋は、ぽつんと留守番をするには寂しいだろう。
十二の子供が、学校にもいけず家で一人、兄を待つ。
ユーナは想像して胸が痛くなった。
「なにがですか? なにも偉くないですよ。偉いのはお兄ちゃんです。働いて、グランディアにも行って……」
「まあまあ、アレはそれくらいでちょうどいいのよ。気にせずに働かせなさい」
下手な言い方をすると、ユミエラがもっと気にしてしまう。
ユーナは適当にルクスを雑に扱いながら、仕事の話をすることにした。
野菜ダンジョンで、恐怖の虫モンスターが出たことや、ルクスがどうやら迷子の中学生と仲良くなった話。
そして、熱くて寒かった砂漠ダンジョン。
救助者のことは本来伏せるが、相手はユミエラだ。
ユーナはルクスの推しだったことも含めて、おもしろおかしく語った。
ユミエラは食べ終えたお皿をベッドのサイドテーブルに置いて、笑う。
「それで、お兄ちゃんやたら浮かれてたんですね? 夜中に変な声だしてると思ったら」
「そうなのよ。アイツ、奇声あげてたの? 迷惑なやつね」
二人で笑っていると、勢いよく玄関があいた。
「ユミエラーーー!! 次の実はいちごだよーー!!! ……あれ、ユーナ先輩?」
ユーナとユミエラは、大いに笑った。
なにがおかしいというより、ルクスのタイミングが完璧すぎた。
「じゃ、アタシは失礼するわ」
「え、お茶くらいだしますよー! ああー、差し入れに来てくれてたんですね。ありがとうございます!」
ユーナが断る暇もなく、ルクスはお湯を沸かしだす。
一度たったユーナは、また座りなおした。
「ユミエラ、はい。これがアの実だよ。ネーミングセンスはおやじを呪ってね」
「これが、二個目の実……!」
ユミエラは、見るからに甘そうな大粒のイチゴを受け取る。
ルミリの実と同じく、濃厚な血の匂いがまじってひどく美味しそうだった。
へたを取って、口の中に放り込むと、芳醇な香りが口中に広がった。
「おいしい……」
父オーデュインは予想していたのか。
それとも母の死をまだ、悲しんでいるのか。
じょじょに収まる飢餓感が薄れていくのを感じながら、ユミエラは祈った。
病気が治りますように。
もっと、ずっとよくなりますように。
「……乾杯」
ユミエラを見ながら、ルクスとユーナは紅茶でそっと乾杯する。
あと、たった三段階。
ルクスは、まだ、いくらでも頑張れる。




