第51話 厄介なダンジョン仕事⑤
深玲は、沈んでいく意識の中で、徐々に世界が明るくなるのを感じた。
鉛のような体が、かすかに血が通っていく感触。
濁ったままの感覚が、目が覚めるようにはっきりとしていく。
――なにがあったんだっけ。
自分に聞いても、最初はなにも分からなかった。
オイルの海に落ちたように、脳が動かない。
――そうだ、砂漠ダンジョンでコラボ配信の話が来て……。
デザートスコーピオンに刺された痛みと、ワイバーンからの落下があって。
――私、死んだ?
それにしては、感覚がどんどんリアルだ。
足元には、砂の感覚がする。
「――やっぱり……よね。――はこれだけだから……わよ」
「うるさいな。――は――だろ。ユーナこそ……」
人の声がする。
最初は、半分聞き取れなかったが嗅覚がキムチ鍋の香りを拾った。
ぐつぐつと煮える音。
豆腐の匂い。
「いま、卵落としましたからねー。一人何個食べます?」
「ルクス、うどんはまだか?」
「ネオ先輩、それはしめです」
深玲は口を動かそうとした。
唇が渇いてくっついてしまい、なかなか声がでなかった。
「それ――私も食べたいなぁ」
「わぁぁぁ、深玲さま!! 気が付きました!?」
黒髪の青年に顔を覗かれて、深玲は初めてこの青年の膝枕で寝ていることを知った。
「あなた、は――」
「アタシたちはピースメーカー、”残業ダイスキ部”よ。あなたと連絡が取れないって、救援を依頼されたの」
――そうか、救助されたんだ。
「ありがとう、ありがとう……死ぬかと思った」
これだけ乾いていても、涙は出るのだ。
Aランクのソロ探索者として、成功が続いた。
配信も上位10位以内に入り、実力もあった。
コラボの配信も迎えにいくというのを断って、危険だと言われてもソロでやってきたのは、過信。
デザートスコーピオン用の毒消しも持っていたのに、リュックの中。
予備を惜しんでアイテムボックスに入れなかった。
そのせいで、リュックを毒で溶かされて詰み、ワイバーンにさらわれた。
意識が混濁しつつも、ポーションを飲み続けてなんとか生きながらえた命だろう。
「デザートスコーピオン用の毒消しを持ってきてくれたんですね」
「持ってきたは持ってきたんだけど、コイツの独断で使ってないの。使ったのはハイポーションだけよ」
コイツと呼ばれた青年は、困ったように笑った。
「どうも、ルクスといいます。ヴァンパイアハーフで、配信のリスナー名は”るくっくん”です。いつもお世話になっています」
卯実誠二に聞いていた、誠実で裏表のない顔をした青年――ルクスに、深玲も笑顔を返した。
いつの間にか、動かなかった筋肉も滑らかに動くようになった。
「ありがとう。私、あなたの推しの城石深玲です。助けてくれてありがとう」
「いやあ、ユーナ先輩とネオ先輩のお陰ですよぅ」
そういって、ルクスはまた嬉しそうに笑った。
***
ルクスは、マナ石コンロでおかゆを作り始めた。
ルクスの毒抜きとハイポーションの効果で、深玲は遭難した経緯を話してくれた。
ユーナやネオは、索敵に集中している。
もともと、探索者の救援の任務は、助けられても探索者がピースメーカーへと感謝の言葉は出てこない。
深玲は感謝してくれたが、慣れない感謝にネオもユーナもどうしたらいいのか分からないのかもしれない。
いつもなら、ビジネスライクに出口まで送っていくだけで終わりだったが。今回は泊まりだ。
二人がなんとなく深玲と距離を取っている中、ルクスは推しの声を聞いていた。
「じゃあ、ほんとに踏んだり蹴ったりだったんですね。でも、生きててくれて嬉しいです!」
「ありがとう、るくっくん。デザートスコーピオン用の毒消し使わずに助けてくれて。ここを出たら、お礼するね」
「いえいえいえ、いつも”仲介”で名前をお借りしてるだけでもうありがたいですよ!」
梅昆布茶で味付けたシンプルなおかゆを、深玲はおいしそうに食べた。
三日間ポーションのみで絶食だったのだ。
ハイポーションで体は回復したとはいえ、胃に優しいものを取ったほうがいい。
「事務所には電話を借りて説明したし、コラボはお預けでまた地道に配信頑張ろうかな」
「深玲さまの動画なら、なにやってもばえますよ!」
「そっかな……? ありがとう」
配信器具もスマホもない深玲は、合流ではなく出口を選んだ。
永続型ダンジョンが楽なのは、ボスを倒さなくても入ったり出たりが簡単なところだ。
明日、また一日走り続ければ、深玲を地上に返せるだろう。
ハイポーションを飲んだにせよ、安全を考えれば病院にも行った方がいい。
「深玲さまと星を見れるなんて、役得だなー」
ホットココアを深玲に渡したルクスは、防寒ジャケット一枚で空を見上げた。
つられて、深玲も上空を見る。
地球では見えない星が、きらきらと輝いている。
黄金が、空の膜に溶けたような景色だった。
「――生きてる……」
小声で深玲が呟く。
手の中のホットココアの中で、マシュマロが静かに沈んでいった。
その熱が、深玲に知らせてくれる。
生き延びた実感を。




