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小夜歌  作者: 齋藤十二
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第九話

第九話



何がきっかけで、その疑念に辿り着いたのか?

実のところ、それは、よく分からない。


今、俺がいる医療施設は、しっかりした情報統制が行き届いており、俺のような能無しに漏れたり、気取られる重要な情報などあるはずもない。


だが、俺の勘、いや、俺の奥底に植え付けられた「何か」は、「彼女」こそが、本当は追われる者だと・・・微かだが、確かに、そして残酷に、その密かな真実を告げ続ける。



強いて、確信のきっかけがあるとすれば、あの夜、あの悪夢を体験したからだろう。

気が狂っていると思うだろう?俺だって、こんな事を言う自分がマトモだとは思えない。


以前の俺なら、まるで想像もつかない事だが、先に言ったとおり俺は、生物として特別貴重な存在らしく、その恩恵故に、抱く女に不自由しなくなった。


そして外観の美しさは、化粧や装いによって、取り繕えることも、今では醒めた目で見ることができる。


マーカラに惹かれたのだって、その美しいすがたが「きっかけ」だ・・・と。




いや・・・彼女こそが、類稀なる・・・いや 唯一の

・・・・・・?

俺は ・・・何を 言って? 


いや そんなことはどうでもいい。

俺は、女を外観で判断する。

心の美しさなんぞ、俺に分かるはずも無いだろうが!


その『夢』を見て、俺は記憶に残る、さして欲情もしなかったマーカラの姿を思い出し、自慰を試みた・・・な? 俺は下種だろう?


・・・だが、果たせなかった。

そして、きっとそれは劣等感と罪悪感故だ。


そう思えると、不思議と深い眠りにつき、彼女の姿を思い出すことは無かった。



だが何故か、その夜以降、他人の噂に病的なほど、神経質になった。

それには、「あの時の出来事」も含まれている・・・。


俺という存在は、この体質にだけ、価値がある。

そして、その価値は、ある者の存在にかかわる。

本当に、連中が欲するのは・・・俺という下種ではない、その黒髪の優しすぎる魔女だ。



   クスクス クスクス クスクス


   惨めだね・・・このクズは、何も知らずに。

   みっともない独り善がりさ。



そんな、音にならない悪意が聞こえた気がする。


それでも、まぁ・・・そこまでは良かった。

ムカつくが、耐えられない話じゃない。

コケにされるのは、どうせ、慣れている。




だが、突如自分の心の奥底から、「お前が彼女を殺すのだ」 

・・そう声がした。最初は低く、そしてだんだんと大きく。

それは、あまりにもリアルで、強引で、断定的だった。

掻き消そうとしても、声は消えない。



最初、激しい怒りと反発を覚えたが、声に抗う事が出来ず、猛烈な恐怖にいつしか変わった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

悲鳴を上げて俺は飛び起きる。



そして、そのどこからが夢で、そのどこまでが幻なのか、俺には区別がつかなかった。



***



「アンノーさん、アンノーさん、大丈夫ですか?」

その日の担当の職員が声をかけてくる。


「・・・すみません、大丈夫です」

「環境が大きく変わったせいで、変な夢を見たのだと思います」

「お騒がせしました」


決して嘘ではない見解を、その職員に伝える。

だが、全てを伝えるつもりなど、毛頭ない。俺の心の奥なんぞ見せてたまるか。

本当は、まだ胸が苦しく、呼吸が上手く出来なかったが、見栄を張って平気な顔をする。


その後の医療機器による検査の数値は、悪くはないようだから、心因的なものなんだろう。




少し落ち着いた後、俺に個人的な連絡が入っているという報せが届いた。


いったい誰だろうと思いつつ、返信先に連絡を入れると、心の奥で、ずっと求めていたものが、そこにあった・・・少しぶっきらぼうな、でも優し気な声。



「喜べ、お前たちの好きな、あの肉が手に入った」

「ショーは不在だったが、お前は当然食べるだろう?」


彼女の物言いには、迷いがない。


買ったのか、わざわざ捕獲したのかは知らないが、あの時、旅の途中で捕えて焼いて食ったトカゲのような動物の肉を手に入れたらしい。空腹だったそれを、俺たちが美味そうに食っていたように見えたのだろう。だから、さして美味くもないその肉で、俺たちが喜ぶと・・・。


妙に達観しているように見え、そのくせ、案外世間知らず・・・そして、子供のような無垢な善意だった。



へへっ・・・何だよ、それ。

いっつも 想像の斜め上だな

その姿と行動が全然合わないんだっつーの・・・。

そんなパサパサした野生動物の肉なんぞ・・・。




なぜ俺は泣いている?

・・・しまらねぇ、どうやら精神が、まだ不安定らしい。

きっとあの不気味な夢のせいだ・・・クソッ




       マーカラ


       俺は・・・ ごめん

       あいたい


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