第七話
第七話
野盗に占拠されていた、先の街で起った事の顛末を知らぬまま、俺たちはそこを後にした。以降は天候も含め、予想以上に順調な移動となり、目的地まであと三日もせずに辿り付けそうだという。
とあるアクシデントで遭難した俺は、たまたま偶然、旅の学者ショーに助けられ、その後出会った医師マーカラを加え、成り行きついでに、ここから一番近い空港施設のある街ニューアンカレジへ向かっている。特殊な航空機でしか行けない、新世界政府の首都であるノース・グリーン・シティに行くためだ。
夜の闇が覆うと、遥か先ではあるが、人工の明かりが微かに見える。
いわゆる地理的には、交通と軍事の要衝らしいが、今では数少なくなった、近代設備の生き残る都市らしい。そこに着いて、街のお偉いさんにでも事情を説明すれば、何とかなるだろう・・・ろくな教育を受けていない、社会の仕組みについて知識のない俺は、簡単にそう考えている。
そして、そこで二人ともお別れだ。
俺は元々、気を許せる仲間も作れず、一人勝手に生きて来た身だ。
だが、奴らに感謝はしてるし、世話になった恩義も、借りっぱなしも居心地が悪いし、こっちに返せる余裕が出来たなら、まぁ返したいとは思っている。
だが、ズルズルつるむような間柄でもなかろう。だから、連絡でもつける手段があれば聞いておこうとは考えているが、二人とも見るからに一つ所に留まってはいなさそうだ、だから、知ったところで、もう会うことはないだろう。
とはいえ、最後の野営時に、俺としては思い切って二人に連絡先を尋ねてみた。
最初、何故かそれを言い出しにくくて、俺がモゴモゴやっていると、マーカラが普段通りの淡白さで、メモ用紙に何かを書き込んで、ポンと手渡してきた。
「その時、いるかどうかは保証できないが、立ち寄るとすれば、ここらへんだろう」
この頃になると、マーカラの言葉遣いは、女性のそれではなく、妙にぶっきらぼうなものに変わっていた。
メモには綺麗な字で、数か所にもなるアドレスと有線電話番号が、びっしり書き込まれていて、俺は逆に面食らった。ちなみに今の時代、一般人ではひと昔前みたいなスマートフォンなど使えやしない。無線電話を持っているのは政府と軍だけだ。いや、有線電話だって貴重なものだ。
このご時世、俺の乏しい常識であっても、普通、若い女ってのは、どこの馬の骨とも知らない男に、そう易々と連絡先を教えないもんだという認識だ。
それが、複数個所の詳細な連絡先をびっしり書き記したメモを、何の抵抗も無く渡してくる。そして、それが変わった行為だという自覚が全く無さそうだ。
マーカラには、少し浮世離れしたものを感じてはいたが、実際は、その遥か斜め上だった。
それを見て、さすがのショーも若干呆気に取られている。
「ショー、もう一度書くのは面倒だから、必要なら、そこから書き写してくれ」
そして、ショーの様子を気にもとめず、さらっとマーカラが言う。
そう言われると、書き写さないのは失礼にあたると思ったのか、俺からメモをひったくり、妙に神妙な顔をして書き写し始める。
書き終えて我に返ったのか、ショーは軽く咳ばらいをすると
「俺はこの後、何か所か調査を続けるが、首府大学の生物学部に、俺の名で研究室を持ってるから、そこに連絡をくれれば確実だよ」
「俺もあっちこっちフラつく身だからなぁ」
と言う。
首府大学は、俺の目的地であるノース・グリーン・シティにある事ぐらい俺でさえ知っている・・・コイツ、本物のエリートかよ、なんかムカつく。
ところで、マーカラがよこした連絡先の中にもノース・グリーン・シティ近郊のものが何か所かあった。だから、もしかしたら、二人にまた会えるかもしれない、そういう淡い期待が俺の中に一瞬湧いて、強制的にそれを振り払った。そもそも、きっと生まれも育ちもあまりに違う・・・・そして、そういう関係は、俺には向かない。
ニューアンカレジに着いて、さっそく空港施設の受付に俺は事情を話したが、まともに取り合ってはくれなかった・・・そうだった、ロクな教育も受けていない俺には社会常識が無かったのだ・・・マーカラは、そもそも人混みがあまり好きではないようで、不思議そうな顔で遠巻きにそれを眺めつつ、結局、見かねたショーが大学経由で政府の担当に繋ぎをつけてくれ、ようやく話が見えるようになった・・・めんどくせぇ。
ショーに手伝ってもらい、諸々の手続きを済ませると、俺は軍の航空機で移動する事になり、ショーは陸路で次の目的地に、マーカラは民間機でどこかに移動することになった。最後に3人で食事をした後(言っとくが、俺が役人から前借した金でのおごりだ)、俺は二人に礼を言い、サラッと別れる事にする。
だが、最後に二人と目が合うと、何故か一瞬俺は半べそをかきそうになり、慌てて背を向けた。ひょっとして、気がつかれちまったか?カッコ悪いのは、たまらなく嫌だ・・・この期に及んで情が移ったなんぞ有り得ねぇだろうが。
ショーは、一瞬困ったような顔をしていたか。
マーカラが笑ったのも、きっと気のせいだろう。
なんのことはねぇ・・・・
結局、その日の俺も、最初から最後まで、カッコ悪かったということだ。